33 / 62
衛生革命編 第十三章 隣国への技術輸出
しおりを挟む
王都に下水処理場が完成してから、わずか半年。
その効果は数字となって明確に現れた。
感染症の発生率は劇的に減少し、下水が原因の下痢や赤痢、コレラといった病気はほとんど姿を消した。乳幼児死亡率も大幅に改善し、市場には笑顔と活気が戻っていた。
「……さすがエリアナ様だ」
「この国は、まさに奇跡のように生まれ変わったな」
市民たちがそう口々に称える一方で、エリアナ本人は紅茶を飲みながら苦笑していた。
(いやいや……私、医者でも土木技師でもなく、ただの元SEでオタクなのに……)
そんな彼女のもとに、一通の書状が届けられた。
---
◇ ◇ ◇
差出人は――隣国ヴォルコフ帝国。
「隣国からの正式な要請だそうです。『下水道技術を我が国にも導入したい』と」
国王アルフレッド三世が重々しい声で読み上げる。
「な、なんですって……!?」
玉座の間にどよめきが走った。
貴族たちは顔を見合わせる。
「技術を輸出するなど前代未聞……」
「国の根幹を担う仕組みを他国に与えるのは危険では……」
財務大臣ヴィクターも腕を組んで唸る。
「しかし、外貨獲得の好機でもある」
その場でディミトリ王子――例の恋愛候補の一人でもある――が一歩前に出た。
「我が国も、たび重なる疫病に悩まされているのだ。エリアナ嬢の技術は国を救う。どうか協力してはもらえないだろうか?」
真剣な眼差しを向けられ、エリアナは少し戸惑った。
(外交的な問題も絡むのよね……でも……病で苦しむ人々がいるなら、放っておけないわ)
やがて彼女は深く息を吸い込み、言った。
「……私にできることなら、喜んで」
---
◇ ◇ ◇
数週間後。
エリアナは技術者チームを率いて、ヴォルコフ帝国の首都へと赴いた。
そこに広がっていた光景は、まさにかつての王都と同じ――いや、それ以上に惨状だった。
市場の路地には悪臭が立ち込め、下水は道端を黒い流れとなって走っている。
井戸の水は濁り、人々の顔はやつれて咳をしている者ばかりだった。
「これでは……病が広がらないはずがありませんわ」
エリアナが眉をひそめると、同行していたアレクサンダーが頷いた。
「水質を分析すれば、一目瞭然でしょうな。大腸菌群で真っ黒の結果になるはずだ」
ルカスは険しい顔で剣の柄に手を置き、警護の目を光らせる。
「嬢ちゃん、気をつけろ。ここでは我々を快く思わぬ者も多い」
確かに、周囲の市民の視線は好奇と疑念で交じり合っていた。
---
◇ ◇ ◇
まずは、帝国の技術者たちとの会議が開かれた。
「王都に導入したという下水道の設計図……ぜひ見せていただきたい」
年配の技師が慎重に切り出す。
だが、すぐに若い技師が口を挟んだ。
「だが、本当にそんなものが役に立つのか? 地下に穴を掘るなど愚の骨頂だ」
「汚物を流すための施設など、無駄な公共事業にすぎん!」
会議の場がざわつき、険悪な空気に包まれた。
しかしエリアナは微笑を崩さず、羊皮紙を広げて見せた。
「これは私たちが王都で実際に建設した処理場の設計図です」
詳細に描かれた流路、沈殿槽、砂ろ過槽……その緻密さに、場の空気が一変した。
「な、なんだこの図面は……」
「この精度……我々の工学を遥かに超えている……」
若い技師の顔から血の気が引いた。
---
◇ ◇ ◇
やがてパイロット計画が始まった。
帝国首都の貧民街の一角に、試験的に下水処理システムを導入する。
「みんなで協力すれば、必ず清潔な町になります」
エリアナは現地の住民たちに笑顔で呼びかけた。
最初は怪訝な目を向けられたが、彼女が一緒に泥まみれになりながら作業を手伝う姿に、次第に人々の心は変わっていった。
「まさか、公爵令嬢が……」
「この人は本気で我々を助けようとしている」
やがて、工事は住民総出の大イベントとなった。
---
◇ ◇ ◇
数か月後。
処理場から流れ出る水は、透明で清らかだった。
その水を川に戻すと、やがて小魚たちが戻り、子供たちが笑いながら遊ぶ姿が見られるようになった。
「病人が減った……!」
「子供の下痢が治まった!」
住民たちは歓喜の声を上げ、エリアナのもとに集まって頭を下げた。
「ありがとう、エリアナ様!」
その光景を見ていたディミトリ王子は、静かに微笑んだ。
「……やはり君は奇跡の人だ。エリアナ、君さえいれば国は救える」
彼の瞳には熱い情熱が宿っていた。
---
◇ ◇ ◇
こうしてヴォルコフ帝国に下水道技術が導入され、両国は前例のない技術協力関係を築いた。
外交関係も劇的に改善し、人と物の往来が増えていく。
「下水道外交……なんてね」
エリアナは夜空を見上げ、苦笑した。
(でも、本当に平和につながるのなら……これほど嬉しいことはないわ)
衛生革命は、ついに国境を越えて広がり始めたのであった。
その効果は数字となって明確に現れた。
感染症の発生率は劇的に減少し、下水が原因の下痢や赤痢、コレラといった病気はほとんど姿を消した。乳幼児死亡率も大幅に改善し、市場には笑顔と活気が戻っていた。
「……さすがエリアナ様だ」
「この国は、まさに奇跡のように生まれ変わったな」
市民たちがそう口々に称える一方で、エリアナ本人は紅茶を飲みながら苦笑していた。
(いやいや……私、医者でも土木技師でもなく、ただの元SEでオタクなのに……)
そんな彼女のもとに、一通の書状が届けられた。
---
◇ ◇ ◇
差出人は――隣国ヴォルコフ帝国。
「隣国からの正式な要請だそうです。『下水道技術を我が国にも導入したい』と」
国王アルフレッド三世が重々しい声で読み上げる。
「な、なんですって……!?」
玉座の間にどよめきが走った。
貴族たちは顔を見合わせる。
「技術を輸出するなど前代未聞……」
「国の根幹を担う仕組みを他国に与えるのは危険では……」
財務大臣ヴィクターも腕を組んで唸る。
「しかし、外貨獲得の好機でもある」
その場でディミトリ王子――例の恋愛候補の一人でもある――が一歩前に出た。
「我が国も、たび重なる疫病に悩まされているのだ。エリアナ嬢の技術は国を救う。どうか協力してはもらえないだろうか?」
真剣な眼差しを向けられ、エリアナは少し戸惑った。
(外交的な問題も絡むのよね……でも……病で苦しむ人々がいるなら、放っておけないわ)
やがて彼女は深く息を吸い込み、言った。
「……私にできることなら、喜んで」
---
◇ ◇ ◇
数週間後。
エリアナは技術者チームを率いて、ヴォルコフ帝国の首都へと赴いた。
そこに広がっていた光景は、まさにかつての王都と同じ――いや、それ以上に惨状だった。
市場の路地には悪臭が立ち込め、下水は道端を黒い流れとなって走っている。
井戸の水は濁り、人々の顔はやつれて咳をしている者ばかりだった。
「これでは……病が広がらないはずがありませんわ」
エリアナが眉をひそめると、同行していたアレクサンダーが頷いた。
「水質を分析すれば、一目瞭然でしょうな。大腸菌群で真っ黒の結果になるはずだ」
ルカスは険しい顔で剣の柄に手を置き、警護の目を光らせる。
「嬢ちゃん、気をつけろ。ここでは我々を快く思わぬ者も多い」
確かに、周囲の市民の視線は好奇と疑念で交じり合っていた。
---
◇ ◇ ◇
まずは、帝国の技術者たちとの会議が開かれた。
「王都に導入したという下水道の設計図……ぜひ見せていただきたい」
年配の技師が慎重に切り出す。
だが、すぐに若い技師が口を挟んだ。
「だが、本当にそんなものが役に立つのか? 地下に穴を掘るなど愚の骨頂だ」
「汚物を流すための施設など、無駄な公共事業にすぎん!」
会議の場がざわつき、険悪な空気に包まれた。
しかしエリアナは微笑を崩さず、羊皮紙を広げて見せた。
「これは私たちが王都で実際に建設した処理場の設計図です」
詳細に描かれた流路、沈殿槽、砂ろ過槽……その緻密さに、場の空気が一変した。
「な、なんだこの図面は……」
「この精度……我々の工学を遥かに超えている……」
若い技師の顔から血の気が引いた。
---
◇ ◇ ◇
やがてパイロット計画が始まった。
帝国首都の貧民街の一角に、試験的に下水処理システムを導入する。
「みんなで協力すれば、必ず清潔な町になります」
エリアナは現地の住民たちに笑顔で呼びかけた。
最初は怪訝な目を向けられたが、彼女が一緒に泥まみれになりながら作業を手伝う姿に、次第に人々の心は変わっていった。
「まさか、公爵令嬢が……」
「この人は本気で我々を助けようとしている」
やがて、工事は住民総出の大イベントとなった。
---
◇ ◇ ◇
数か月後。
処理場から流れ出る水は、透明で清らかだった。
その水を川に戻すと、やがて小魚たちが戻り、子供たちが笑いながら遊ぶ姿が見られるようになった。
「病人が減った……!」
「子供の下痢が治まった!」
住民たちは歓喜の声を上げ、エリアナのもとに集まって頭を下げた。
「ありがとう、エリアナ様!」
その光景を見ていたディミトリ王子は、静かに微笑んだ。
「……やはり君は奇跡の人だ。エリアナ、君さえいれば国は救える」
彼の瞳には熱い情熱が宿っていた。
---
◇ ◇ ◇
こうしてヴォルコフ帝国に下水道技術が導入され、両国は前例のない技術協力関係を築いた。
外交関係も劇的に改善し、人と物の往来が増えていく。
「下水道外交……なんてね」
エリアナは夜空を見上げ、苦笑した。
(でも、本当に平和につながるのなら……これほど嬉しいことはないわ)
衛生革命は、ついに国境を越えて広がり始めたのであった。
40
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした
あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。
しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。
エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。
薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。
――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。
本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**
鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、
突如として現れた「本物の聖女」。
空中浮遊、瞬間移動、念動力――
奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、
王太子はその力に目を奪われる。
その結果、
王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、
一方的に婚約を破棄されてしまった。
だが、聖女の力は――
・空中浮遊は、地上三十センチ
・瞬間移動は、秒速一メートル
・念動力は、手で持てる重さまで
派手ではあるが、実用性は乏しい。
聖女の力は、見世物レベル。
少なくとも、誰もがそう判断していた。
それでも人々は喝采し、
権威は少女を縛り、
「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。
そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、
ある違和感に気づき始める。
――奇跡よりも、奪われているものがあることに。
派手な復讐はない。
怒鳴り返しもしない。
けれど静かに、確実に、
“正しさ”は明らかになっていく。
見世物にされた奇跡と、
尊厳を取り戻す少女たちの物語。
---
【完結】異世界から来た聖女ではありません!
五色ひわ
恋愛
ミシュリーヌは、第四王子オーギュストの妃としてフルーナ王国の王宮で暮らしている。しかし、夫であるオーギュストがミシュリーヌの寝室に訪れることはない。ミシュリーヌは聖女の力を持っていたため、妻に望まれただけなのだ。それでも、ミシュリーヌはオーギュストとの関係を改善したいと考えている。
どうすれば良いのかしら?
ミシュリーヌは焦っていた。七年間かけて国中の水晶を浄化したことにより、フルーナ王国は平穏を取り戻しつつある。それは同時に聖女の力がこの国に必要なくなったことを意味していた。
このまま、オーギュストの優しさに縋ってお飾りの妻を続けるしかないのだろうか。思い悩むミシュリーヌの前に現れたのは、オーギュストの恋人を名乗る女性だった。
・本編141話
・おまけの短編 ①9話②1話③5話
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!
【完結】動物と話せるだけの少女、森で建国して世界の中心になりました
なみゆき
ファンタジー
ミナ・クローバーは、王国で唯一の“動物使い”として王宮のペットたちを世話していたが、実は“動物語”を理解できる特異体質を持つ少女。その能力を隠しながら、動物たちと心を通わせていた。
ある日、王女の猫・ミルフィーの毒舌を誤訳されたことがきっかけで、ミナは「動物への不敬罪」で王都を追放される。失意の中、森へと向かったミナを待っていたのは、かつて助けた動物たちによる熱烈な歓迎だった。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる