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第29話 元王太子は理解できない
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第29話 元王太子は理解できない
エラン・ロータス元王太子は、苛立っていた。
いや――正確には、置いていかれている感覚に、耐えられずにいた。
婚約破棄から、かなりの時間が経った。
あのときの判断は、間違っていないはずだった。
――優秀すぎて、可愛げがない。
――王太子妃としては、扱いづらい。
それは、理屈としては正しい。
少なくとも、彼の中では。
だからこそ、理解できない。
「……なぜだ」
王城の一室。
机の上には、最近集めさせた報告書が積まれている。
公爵令嬢アルフェッタ・アルファロメオ。
元婚約者。
彼女についての情報は、奇妙なものばかりだった。
「復讐の動き、なし」
「社交界への復帰、なし」
「権力闘争への関与、なし」
代わりに、こう書かれている。
「公爵邸の一角で、奇妙な喫茶を開いている」
「子どもや使用人が集まっている」
「文字を覚える者が増えている、という噂」
エランは、書類を机に叩きつけた。
「……意味が分からん」
婚約破棄された令嬢なら、
普通は、こう動く。
泣く。
恨む。
後悔させようとする。
もしくは、
新たな後ろ盾を得て、
見せつけるように幸せになる。
どちらにしても、
こちらを意識した行動になる。
だが、アルフェッタは違う。
こちらを、見ていない。
「……楽しんでいる、だと?」
側近が、慎重に答える。
「はい。
本人は……
“趣味だ”と」
「趣味……?」
エランは、眉をひそめる。
「国が真似して失敗した、という話も……」
「ああ、あれか」
エランは、あの国営施設のことを思い出す。
多額の予算。
立派な理念。
だが、結果は散々だった。
そして、その失敗の原因が――
アルフェッタのやり方を理解できなかったから
だという噂。
「……なぜ、あれが成功している?」
側近は、答えに詰まった。
理解できないのだ。
理屈が、噛み合わない。
エランは、苛立ちを抑えきれず、立ち上がった。
「呼べ」
「……は?」
「アルフェッタを呼べ。
一度、話をする」
側近は、ためらいがちに言った。
「……応じない可能性が、高いかと」
「なぜだ!」
「……理由が、ないからです」
その言葉に、エランは言葉を失った。
理由が、ない。
それは、彼の世界では、あり得ないことだった。
数日後。
エランは、変装して、件の“マンガ喫茶”を訪れた。
目立たない場所。
看板も小さい。
「……ここが?」
拍子抜けするほど、普通だ。
中に入ると、
静かな空気が流れている。
誰も、彼に気づかない。
誰も、頭を下げない。
子どもが本を読んでいる。
大人が、ぼんやりとページをめくっている。
エランは、棚から一冊を手に取った。
文字は、ほとんどない。
絵だけが、続く。
「……何だ、これは」
理解しようとするが、
どこにも説明がない。
感想を誘導する言葉もない。
彼は、数ページで本を閉じた。
「……つまらん」
だが、周囲を見ると、
同じ本を、何度も読み返す者がいる。
笑う者。
考え込む者。
誰も、正解を探していない。
そのとき、奥の席に座るアルフェッタの姿が、目に入った。
彼女は、こちらを見ない。
気づいていないかのようだ。
エランは、声をかけようとして――
やめた。
何を言えばいい?
「なぜ、こんなことを?」
「目的は何だ?」
「どういう効果を狙っている?」
どれも、彼女には通じないと、
直感的に分かってしまった。
(……理解できない)
彼女は、
計画していない。
戦っていない。
勝とうとしていない。
ただ、
自分が楽しいことをしているだけ。
それなのに、
世界のほうが、勝手に変わっている。
エランは、店を出た。
振り返らずに。
その背中は、どこか小さく見えた。
異世界転生生活二十九日目。
アルフェッタは、元婚約者の訪問に、最後まで気づかなかった。
気づく必要も、なかった。
そして、それこそが――
エランが、永遠に理解できない理由だった。
ざまぁは、起きていない。
謝罪も、後悔も、ない。
ただ一つ確かなのは、
彼女の世界に、彼の居場所が存在しなかった
という事実だけだった。
エラン・ロータス元王太子は、苛立っていた。
いや――正確には、置いていかれている感覚に、耐えられずにいた。
婚約破棄から、かなりの時間が経った。
あのときの判断は、間違っていないはずだった。
――優秀すぎて、可愛げがない。
――王太子妃としては、扱いづらい。
それは、理屈としては正しい。
少なくとも、彼の中では。
だからこそ、理解できない。
「……なぜだ」
王城の一室。
机の上には、最近集めさせた報告書が積まれている。
公爵令嬢アルフェッタ・アルファロメオ。
元婚約者。
彼女についての情報は、奇妙なものばかりだった。
「復讐の動き、なし」
「社交界への復帰、なし」
「権力闘争への関与、なし」
代わりに、こう書かれている。
「公爵邸の一角で、奇妙な喫茶を開いている」
「子どもや使用人が集まっている」
「文字を覚える者が増えている、という噂」
エランは、書類を机に叩きつけた。
「……意味が分からん」
婚約破棄された令嬢なら、
普通は、こう動く。
泣く。
恨む。
後悔させようとする。
もしくは、
新たな後ろ盾を得て、
見せつけるように幸せになる。
どちらにしても、
こちらを意識した行動になる。
だが、アルフェッタは違う。
こちらを、見ていない。
「……楽しんでいる、だと?」
側近が、慎重に答える。
「はい。
本人は……
“趣味だ”と」
「趣味……?」
エランは、眉をひそめる。
「国が真似して失敗した、という話も……」
「ああ、あれか」
エランは、あの国営施設のことを思い出す。
多額の予算。
立派な理念。
だが、結果は散々だった。
そして、その失敗の原因が――
アルフェッタのやり方を理解できなかったから
だという噂。
「……なぜ、あれが成功している?」
側近は、答えに詰まった。
理解できないのだ。
理屈が、噛み合わない。
エランは、苛立ちを抑えきれず、立ち上がった。
「呼べ」
「……は?」
「アルフェッタを呼べ。
一度、話をする」
側近は、ためらいがちに言った。
「……応じない可能性が、高いかと」
「なぜだ!」
「……理由が、ないからです」
その言葉に、エランは言葉を失った。
理由が、ない。
それは、彼の世界では、あり得ないことだった。
数日後。
エランは、変装して、件の“マンガ喫茶”を訪れた。
目立たない場所。
看板も小さい。
「……ここが?」
拍子抜けするほど、普通だ。
中に入ると、
静かな空気が流れている。
誰も、彼に気づかない。
誰も、頭を下げない。
子どもが本を読んでいる。
大人が、ぼんやりとページをめくっている。
エランは、棚から一冊を手に取った。
文字は、ほとんどない。
絵だけが、続く。
「……何だ、これは」
理解しようとするが、
どこにも説明がない。
感想を誘導する言葉もない。
彼は、数ページで本を閉じた。
「……つまらん」
だが、周囲を見ると、
同じ本を、何度も読み返す者がいる。
笑う者。
考え込む者。
誰も、正解を探していない。
そのとき、奥の席に座るアルフェッタの姿が、目に入った。
彼女は、こちらを見ない。
気づいていないかのようだ。
エランは、声をかけようとして――
やめた。
何を言えばいい?
「なぜ、こんなことを?」
「目的は何だ?」
「どういう効果を狙っている?」
どれも、彼女には通じないと、
直感的に分かってしまった。
(……理解できない)
彼女は、
計画していない。
戦っていない。
勝とうとしていない。
ただ、
自分が楽しいことをしているだけ。
それなのに、
世界のほうが、勝手に変わっている。
エランは、店を出た。
振り返らずに。
その背中は、どこか小さく見えた。
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アルフェッタは、元婚約者の訪問に、最後まで気づかなかった。
気づく必要も、なかった。
そして、それこそが――
エランが、永遠に理解できない理由だった。
ざまぁは、起きていない。
謝罪も、後悔も、ない。
ただ一つ確かなのは、
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