婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ

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第30話 エピローグ:ざまぁ、忘れてました

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第30話 エピローグ:ざまぁ、忘れてました

 朝、アルフェッタは少し遅く起きた。

 理由は単純だ。
 前の晩、ベッドの中で「次に何をしようか」を考えていたら、楽しくなって眠れなくなっただけ。

「……やってしまいましたわ」

 カーテンの隙間から差し込む光を眺めながら、ひとりごちる。

 けれど、後悔はない。
 むしろ、満足感のほうが強い。

 今日は、特別な予定はない。
 マンガ喫茶は、いつも通り開いている。
 読み聞かせ会も、教室ごっこも、今日はなし。

 つまり――
 完璧な一日だ。

 身支度を整え、庭へ出る。

 芝生の向こうから、楽しそうな声が聞こえる。
 喫茶の常連になった子どもたちが、ベンチで本を広げている。

 リオもいる。
 今日は描いていない。
 ただ、誰かの描いた冊子を読んでいる。

(ええ、それでいいのですわ)

 描く日もあれば、描かない日もある。
 読む日もあれば、何もしない日もある。

 義務になった瞬間、
 楽しいことは、楽しくなくなる。

 アルフェッタは、ふと思い出した。

 ――婚約破棄。

 この世界に来て、
 最初に体験した、大イベント。

(そういえば……)

 歩きながら、首をかしげる。

(ざまぁ、してませんわね)

 元婚約者がどうなったか。
 後悔しているのか。
 失脚したのか。

 知らない。
 知ろうとも思わない。

(……まあ、いいですわね)

 異世界転生の醍醐味といえば、
 復讐。
 逆転。
 痛快なざまぁ。

 それを、完全に忘れていた。

「……ヤバいですわ」

 思わず声に出して、
 そして、くすっと笑う。

「でも……」

 視線の先では、
 子どもが文字を拾い、
 大人が絵を追い、
 誰かが新しい紙を手に取っている。

「……十分、楽しんでますわよね」

 誰かを負かさなくても。
 誰かに勝たなくても。

 世界は、ちゃんと面白い。

 午後。
 いつもの椅子に座り、紅茶を飲む。

 ベッドで考えていた続きを、少し思い出す。

「何しようかしら……」

 指を折って数える。

「何か売る?」
「カフェ?」
「馬車のドライブスルー?」

 一つずつ、却下していく。

「……儲ける必要、ありませんわね」

 商売である必要はない。
 評価される必要もない。

 楽しければ、それでいい。

 公爵令嬢なのだから、
 それくらいの贅沢は、許される。

「……異世界転生ものの定番なら、
 前世の知識を売る、ですけれど……」

 少し考えて、肩をすくめる。

「……そんな知識、ありませんでしたわ」

 前世の彼女は、
 ただの一般人だった。

 専門知識も、革命的な技術もない。

 けれど――

「私にできることは……」

 アルフェッタは、静かに結論を出す。

「自分が楽しいと思うことを、
 全力で楽しむこと」

 幸運イベントも、
 不幸イベントも。

 全部、楽しむために存在している。

 異世界転生は、
 成功するための舞台ではない。

 味わうための時間だ。

 夕方、リオが声をかけてきた。

「……次の話、
 まだ、考えてないです」

「それでいいですわ」

「……考えたくなったら、
 描いていい?」

「もちろん」

 それだけの会話。

 でも、その背後で、
 一人の少年から始まった「絵で物語を語る遊び」は、
 少しずつ、広がっている。

 今は、まだ名前もない。
 流行でもない。
 文化と呼ぶには、あまりに小さい。

 けれど――
 いずれ、この世界に
 何人もの“描く人”が生まれていく。

 それを知っているのは、
 未来の歴史書だけだ。

 アルフェッタは、空を見上げる。

「異世界転生……」

 大流行と聞いていたけれど、
 体験できる人は、圧倒的に少ない。

 だからこそ。

「こんな幸運……
 全力で楽しまなければ、損ですわね」

 そう言って、
 彼女は今日も、何かを始めない。

 でも、何かが始まってしまう。

 ――それが、
 彼女流・異世界転生の楽しみ方だった。

 ざまぁは、忘れたまま。
 けれど人生は、百倍面白い。

 物語は、
 静かに、ここで幕を閉じる。
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