婚約破棄された千年転生令嬢は、名も居場所も縛られずに生きると決めました ――助けを乞うなら条件付きですわあ

ふわふわ

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第4話 崩れ始めたのは、追放した国のほうでした

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第4話 崩れ始めたのは、追放した国のほうでした

 疫病の拡大は、表向きには落ち着きを見せ始めていた。
 市場の喧騒が戻り、閉ざされていた店が少しずつ扉を開く。

 けれど――水面下では、まだ終わっていない。

「患者数は減っています。ただし、完全ではありません」

 私は地図の上に指を滑らせながら言った。
 例の名を名乗らぬ青年――彼は、今や私の“実務上の窓口”になっている。

「水源の浄化は間に合っています」
「隔離も機能している。だが……」

「ええ。隣国次第、ですわね」

 彼は短く息を吐いた。

 隣国――
 つまり、私を追放した、あの王国。

 噂はすでにこちらにも届いていた。
 王都で高熱が蔓延し、偽聖女リリカの祈祷は効果を示さず、
 民の不満が、じわじわと王城へ向かって集まり始めているという。

(あらあら……早すぎませんこと?)

 私は心の中で首を傾げる。
 疫病というのは、対処を誤ると容赦なく広がる。
 “誰が”何をすべきかを理解していない者が舵を取れば、尚更だ。

 数日後。
 その報せは、正式な形で届いた。

「使者が来ている?」
「ええ。急ぎで」

 宿の女将が不安げに告げる。
 私は手を止め、静かに立ち上がった。

 広間に通された使者は、かつて王宮で何度も顔を合わせた男だった。
 私を見るなり、安堵と焦燥が入り混じった表情を浮かべる。

「シェリア様……」
「王太子殿下より、伝言を」

 私は、あえて言葉を促さなかった。

「――お戻りいただきたい、と」
「国が……危機に瀕しております」

 “お願い”ではない。
 命令でもない。
 だが、そのどちらにもなりきれない、中途半端な声音。

「呼び戻せ、ですって?」

 私は、柔らかく微笑んだ。

「私はもう、こちらの国の国民ですわ」
「立場をお忘れではありません?」

 使者の顔色が変わる。

「助けに来てほしいと、正式にお願いされるのであれば」
「……考えなくもありません」

 その言葉に、彼の目が一瞬、輝いた。
 だが、私は続ける。

「ですが――無償などと虫のいいお話をお考えでしたら」
「どうぞ、そのままお帰りください」

 沈黙。

 彼は何か言い返そうと口を開き、けれど言葉を失った。

「条件をお飲みいただけるのであれば、向かいましょう」
「国民たちに、罪があるわけではありませんから」

 それだけを告げ、私は席を立つ。

 背後で、使者が深く頭を下げる気配がした。

 夜。
 名を名乗らぬ青年が、静かに言った。

「……戻るのか?」

「ええ。条件次第では」

 私は窓の外、穏やかな灯りに包まれた街を見下ろす。

「救うべきは、国ではなく――人ですもの」

 追放した国は、今ようやく理解し始めている。
 誰を失い、何を誤ったのかを。

 けれど、その“理解”が、間に合うかどうかは――
 まだ、分からない。
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