婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第12話 帰らない理由は、面倒だから

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第12話 帰らない理由は、面倒だから

 本国からの使者は、三日後に再び現れた。

 今度は人数も増え、服装もいかにも「正式」だった。
 紋章付きの外套、整えられた書簡箱、そして――強い使命感。

「我々は、本国王太子ザガート・ビジョン・グランツ殿下の名代である」

 そう名乗った使者は、温泉郷の離宮で待っていたリヴォルタ・レーレに、深々と頭を下げた。

「聖女リヴォルタ様。
 どうか、一度お話を――」

「聖女ではありません」

 即答だった。

 声は穏やかで、語気も強くない。
 ただ、事実を訂正しただけ。

「……失礼。元聖女リヴォルタ様」 「今は、ただの一般市民です」

 その場にいた全員が、一瞬言葉を失った。

 一般市民。
 その肩書きが、どれほど異常かを理解しているのは、彼らの方だった。

「ですが、本国は今――」 「大変そうですね」

 リヴォルタは、あっさりと相槌を打つ。

 心配していないわけではない。
 だが、それ以上に、彼女の中で答えは出ていた。

「帰還命令が出ているのです」 「効力はありませんよ」

 静かな一言が、場を凍らせた。

「私は、すでにこの国の国民です。
 他国の命令に、従う理由はありません」

 使者の一人が、声を荒げかける。

「し、しかし……!」 「それに」

 リヴォルタは、少しだけ困ったように眉を下げた。

「正直に言っていいですか?」 「……な、何でしょう」

「帰るの、面倒くさいです」

 沈黙。

 あまりにも率直で、あまりにも軽い。
 だが、その言葉に偽りはなかった。

「今は、温泉も気持ちいいですし」 「……」 「毎日、確認も報告も求められませんし」 「……」 「何より、何もしなくていいって言われています」

 それは、彼女にとって最高の待遇だった。

「どうしても、と言うなら」

 リヴォルタは、使者たちを見回して続ける。

「この国の王様と、直接交渉してください」 「国王陛下と……?」

「はい。
 私に言われても、どうにもなりません」

 完全に、責任を切り離した態度だった。

 その報告は、即座に王宮へと届いた。

 若き王トレイル・ブレイザーは、報告書を読み終えると、短く息を吐いた。

「……来たか」 「いかがなさいますか」

 側近の問いに、王は迷わず答える。

「断る」

 理由の説明すら、不要だった。

「彼女は、こちらの国民だ」 「ですが、本国は相当切迫している様子で……」 「知っている」

 だからこそ、返さない。

「うっかり返せば、この国がどうなるか――
 我々は、もう理解している」

 トレイルは、窓の外に広がる穏やかな景色を見やった。

 安定した天候。
 事故のない街道。
 魔物の出ない国境。

「彼女は、何もしていない」 「……はい」

「だが、“何も起きない”という結果を、毎日出している」

 それ以上の功績が、どこにあるだろう。

「交渉は不要だ。
 これ以上の使者も、受け取らない」

 そう告げて、王は席を立った。

 一方その頃、リヴォルタはというと。

「……ふぅ」

 露天風呂に肩まで浸かり、満足そうに息を吐いていた。

「今日も平和ですね」

 遠くで起きている混乱も、交渉も、外交問題も。
 湯気の向こう側で、すべて溶けて消えている。

「ごくらく……ごくらく……」

 彼女は、今日も何もしない。

 そしてその結果――
 この国は、今日も何事もなく守られていた。
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