婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第13話 返さない国、壊れる国

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第13話 返さない国、壊れる国

 本国では、もはや「非常事態」という言葉すら生ぬるくなっていた。

 王都の通りには、常に包帯を巻いた人々が行き交い、治癒を求める列が大神殿の外まで伸びている。建物の補修は追いつかず、倒壊の危険がある家屋には赤い札が貼られた。

「また橋が落ちたそうだ」 「昨日直したばかりじゃなかったか?」

 人々の声には、怒りよりも疲労が滲んでいる。

 大神殿の奥で、マーレン・エルバは寝台に横たわっていた。
 顔色は悪く、唇は乾ききっている。

「……もう、祈れません」

 神官たちは言葉を失った。

 彼女は、怠けていたわけではない。
 むしろ、限界まで“働いて”きた。

 だが、国全体を覆っていた守護を、個人の祈りで代替できるはずがなかった。

 王城では、ザガート・ビジョン・グランツが報告を受けていた。

「隣国は、交渉を拒否しました」 「……そうか」

 声は低く、重い。

「理由は?」 「彼女は、すでにその国の国民であり、返還の義務はない、と」

 正論だった。
 あまりにも、正論すぎる。

 ザガートは、拳を握りしめる。

「……我々は、間違えた」

 それを口にした瞬間、側近たちが息を呑んだ。
 王太子が、明確に非を認めることなど、ほとんどない。

「彼女は、何もしなかった」 「だが、それこそが――」

 言葉が、途中で途切れる。

 “最善”だったのだ。

 起きてから治す力よりも、
 起きないようにする力の方が、
 はるかに価値がある。

 それに気づいたときには、もう遅かった。

 一方、隣国。

 朝の温泉郷は、今日も穏やかだった。

 湯煙の向こうで、リヴォルタ・レーレは伸びをする。

「……よく眠れました」

 窓の外には、青空と山並み。
 災害の気配も、事故の影もない。

 側近の一人が、遠慮がちに声をかけた。

「本国の状況、耳にされていますか」 「少しだけ」

 リヴォルタは、湯のみを手に取り、静かに答える。

「大変そうですね」 「……戻るおつもりは?」

 その問いに、彼女は少し考えて――首を横に振った。

「ありません」 「理由を、伺っても?」 「簡単です」

 湯気の向こうで、彼女は穏やかに笑った。

「戻ったら、
 また“何かをしろ”と言われますから」 「……」 「今は、何もしなくていい。
 それが一番、楽です」

 それ以上でも、それ以下でもなかった。

 その頃、本国では新たな災害が起きていた。
 豪雨による土砂崩れ indicating multiple villages impacted.

 誰かが、叫ぶ。

「聖女様は、どこだ!」 「なぜ、助けてくれない!」

 だが答えは、もう出ている。

 聖女は、そこにいない。

 そして彼女自身は――
 助ける義務を、もう引き受けていない。

 温泉郷の夕暮れ。

「……今日は、露天にしますか」

 リヴォルタのその一言と同時に、
 この国の空は、穏やかな夕焼けに染まっていた。

 返さない国は、守られている。
 手放した国は、壊れ始めている。

 その差は、
 あまりにも、残酷なほど明確だった。
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