婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第14話 条件は、何もしないこと

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第14話 条件は、何もしないこと

 本国の混乱は、ついに隣国にも伝わってきていた。

 難民の流入。
 街道の封鎖。
 交易の停滞。

 だがそれでも――
 温泉郷と、その周辺だけは、別世界のように穏やかだった。

「最近、国境付近でも事故が増えているそうです」

 側近の報告を聞きながら、若き王トレイル・ブレイザーは、地図に視線を落としていた。

「だが、ここは違う」

 彼の指先が示しているのは、温泉郷を中心とした一帯。

 災害なし。
 事故なし。
 魔物出現なし。

「……あまりにも、分かりやすいな」

 そう呟いた王は、静かに席を立つ。

「改めて、条件を明文化しよう」 「条件、ですか?」 「ああ。彼女が、ここに居続けるための条件だ」

 側近は一瞬、戸惑った。

「聖女としての義務を――」 「課さない」

 即答だった。

「むしろ逆だ」 「逆……?」

 トレイルは、はっきりと言い切る。

「何もしないことを、条件にする」

 沈黙。

「祈らなくていい。詠唱しなくていい。
 会議にも、儀式にも出なくていい」 「……」 「温泉に入って、散歩をして、好きに暮らす」

 それが、この国にとって最善だと、彼は確信していた。

「彼女が“聖女”になった瞬間、
 責任と期待が生まれる」 「それが、力の妨げになると」 「そうだ」

 評価され、使われ、命じられる。
 それは、“存在するだけで働く力”にとって、最悪の環境だ。

 同じ頃、当の本人は――

「……今日は、少し曇りですね」

 温泉郷の小道を、のんびりと歩いていた。

 足元の石畳は乾いており、滑る気配はない。
 雲はあっても、雨は降らない。

「でも、暑すぎなくて助かります」

 ただの感想だった。

 そこへ、王の使者が現れる。

「リヴォルタ様。
 国王陛下より、正式なお話がございます」 「……また、何か役目でしょうか」

 少しだけ、警戒した声。

 だが、使者は首を横に振った。

「いえ。
 役目は、ありません」

 謁見の場で、トレイルは改めて頭を下げた。

「この国に留まってほしい」 「……条件は?」

 リヴォルタは、真っ先にそこを確認する。

 王は、微笑んだ。

「何もしないこと」 「……」 「それを、契約として保証する」

 一瞬、言葉を失い――
 やがて、リヴォルタは小さく笑った。

「……珍しいですね」 「合理的だろう?」

 彼女は、少し考えた後、頷いた。

「それなら、問題ありません」 「本当か」 「はい。
 何もしなくていいなら」

 こうして、書面が交わされた。

 何もしないことを義務とする、前代未聞の契約。

 その瞬間。

 国境付近で続いていた小規模な災害が、
 ぴたりと止んだ。

 誰も、その因果関係を公式には認めない。
 だが、王だけは理解している。

「……守護は、完全だ」

 一方その頃、本国。

「……隣国は、条件を提示したそうです」

 報告を受けたザガート・ビジョン・グランツは、ゆっくりと目を閉じた。

「何もしないこと、か……」

 かつて、彼が切り捨てた価値。

 その価値を理解できなかった代償を、
 国は、今も払い続けている。

 温泉郷の夜。

「……明日は、何もしません」

 布団に潜り込みながら、リヴォルタは満足そうに呟いた。

 その一言が、
 この国にとって、
 何よりの守りであることを――

 彼女だけが、最後まで気づかないまま。
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