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第11話 聖女ではない条件
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第11話 聖女ではない条件
隣国への書簡は、慎重に、そして何度も書き直された。
ザガート・ビジョン・グランツは、机に肘をついたまま、ため息を吐く。
「……どう書いても、お願いになるな」
当然だ。
自分たちは、彼女を切り捨てた側なのだから。
――国のために戻ってほしい。
――再び聖女として、力を貸してほしい。
そんな文言は、最初から選択肢にすら入らなかった。
書きかけの羊皮紙を脇に押しやり、ザガートは低く呟く。
「……交渉、か」
その言葉に、苦い響きが混じる。
同時刻。
温泉郷では、いつもと変わらぬ朝が始まっていた。
山の稜線から朝日が昇り、湯気が淡く染まる。
露天風呂に肩まで浸かりながら、リヴォルタ・レーレは、のんびりと空を眺めていた。
「……今日も、いい湯です」
昨日も、今日も、明日も。
特別な予定はない。
それが、これほど心地いいとは思わなかった。
そこへ、宿の主人が遠慮がちに声をかける。
「リヴォルタ様。国王陛下がお呼びです」 「国王陛下、ですか?」
首を傾げながらも、彼女は頷いた。
「わかりました。行きます」
謁見の場に現れた若き王――
トレイル・ブレイザーは、玉座から降りるようにして迎えた。
「くつろいでいるところを、すまない」 「いえ。お気になさらず」
リヴォルタは、深く礼をすることもなく、自然体のまま答える。
トレイルは、それをとがめなかった。
「……率直に聞こう。ここでの暮らしは、どうだ?」 「とても快適です。温泉も、ご飯も、美味しくて」
即答だった。
トレイルは、苦笑する。
「そうだろうな。実際、この国は――いや、この一帯は、信じられないほど安定している」
彼は、遠回しに続けた。
「君が滞在してから、天候は穏やかで、事故も、魔物も、ほとんどない」 「そうなんですね」
本当に、何も知らない顔だった。
「……そこでだ」
トレイルは、少しだけ声を低くした。
「この国に、移り住む気はないか」
一瞬、沈黙。
だが、リヴォルタは驚かなかった。
「移住、ですか?」 「そうだ。条件は、単純だ」
王は、はっきりと言った。
「聖女として、何かをする必要はない」 「……」 「毎日、温泉に入って、好きに過ごしてくれればいい」 「……それだけですか?」
念押しするような問いに、トレイルは頷く。
「それだけだ。費用も、住まいも、すべて国で用意する」
そして、核心を口にした。
「この国にとって、それが一番合理的だからな」
リヴォルタは、少しだけ考え――
それから、困ったように笑った。
「……それなら、いいですよ」 「本当か?」 「はい。何もしなくていいなら」
それが、彼女の最優先条件だった。
こうして、リヴォルタ・レーレは、
聖女ではないまま、守護の中心に留まることを選んだ。
一方その頃。
本国からの使者が、隣国に到着していた。
「元聖女リヴォルタ・レーレに、帰還命令を――」
その言葉は、受付の段階で遮られる。
「申し訳ありませんが」 「……?」 「彼女は、すでにこの国の国民です」
淡々とした事実。
そして、続く一言が、決定打となった。
「他国の命令に、効力はありません」
その報告を受けたザガートは、静かに目を閉じた。
「……遅すぎた、か」
彼女は、もう戻らない。
聖女としてではなく、
責任を負う存在としてでもなく。
ただ“いるだけで国を守る存在”として、
別の国に選ばれたのだ。
そして、その選択を――
誰よりも喜んでいるのは、
他ならぬリヴォルタ本人だった。
隣国への書簡は、慎重に、そして何度も書き直された。
ザガート・ビジョン・グランツは、机に肘をついたまま、ため息を吐く。
「……どう書いても、お願いになるな」
当然だ。
自分たちは、彼女を切り捨てた側なのだから。
――国のために戻ってほしい。
――再び聖女として、力を貸してほしい。
そんな文言は、最初から選択肢にすら入らなかった。
書きかけの羊皮紙を脇に押しやり、ザガートは低く呟く。
「……交渉、か」
その言葉に、苦い響きが混じる。
同時刻。
温泉郷では、いつもと変わらぬ朝が始まっていた。
山の稜線から朝日が昇り、湯気が淡く染まる。
露天風呂に肩まで浸かりながら、リヴォルタ・レーレは、のんびりと空を眺めていた。
「……今日も、いい湯です」
昨日も、今日も、明日も。
特別な予定はない。
それが、これほど心地いいとは思わなかった。
そこへ、宿の主人が遠慮がちに声をかける。
「リヴォルタ様。国王陛下がお呼びです」 「国王陛下、ですか?」
首を傾げながらも、彼女は頷いた。
「わかりました。行きます」
謁見の場に現れた若き王――
トレイル・ブレイザーは、玉座から降りるようにして迎えた。
「くつろいでいるところを、すまない」 「いえ。お気になさらず」
リヴォルタは、深く礼をすることもなく、自然体のまま答える。
トレイルは、それをとがめなかった。
「……率直に聞こう。ここでの暮らしは、どうだ?」 「とても快適です。温泉も、ご飯も、美味しくて」
即答だった。
トレイルは、苦笑する。
「そうだろうな。実際、この国は――いや、この一帯は、信じられないほど安定している」
彼は、遠回しに続けた。
「君が滞在してから、天候は穏やかで、事故も、魔物も、ほとんどない」 「そうなんですね」
本当に、何も知らない顔だった。
「……そこでだ」
トレイルは、少しだけ声を低くした。
「この国に、移り住む気はないか」
一瞬、沈黙。
だが、リヴォルタは驚かなかった。
「移住、ですか?」 「そうだ。条件は、単純だ」
王は、はっきりと言った。
「聖女として、何かをする必要はない」 「……」 「毎日、温泉に入って、好きに過ごしてくれればいい」 「……それだけですか?」
念押しするような問いに、トレイルは頷く。
「それだけだ。費用も、住まいも、すべて国で用意する」
そして、核心を口にした。
「この国にとって、それが一番合理的だからな」
リヴォルタは、少しだけ考え――
それから、困ったように笑った。
「……それなら、いいですよ」 「本当か?」 「はい。何もしなくていいなら」
それが、彼女の最優先条件だった。
こうして、リヴォルタ・レーレは、
聖女ではないまま、守護の中心に留まることを選んだ。
一方その頃。
本国からの使者が、隣国に到着していた。
「元聖女リヴォルタ・レーレに、帰還命令を――」
その言葉は、受付の段階で遮られる。
「申し訳ありませんが」 「……?」 「彼女は、すでにこの国の国民です」
淡々とした事実。
そして、続く一言が、決定打となった。
「他国の命令に、効力はありません」
その報告を受けたザガートは、静かに目を閉じた。
「……遅すぎた、か」
彼女は、もう戻らない。
聖女としてではなく、
責任を負う存在としてでもなく。
ただ“いるだけで国を守る存在”として、
別の国に選ばれたのだ。
そして、その選択を――
誰よりも喜んでいるのは、
他ならぬリヴォルタ本人だった。
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