婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第10話 気づいてはいけない答え

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第10話 気づいてはいけない答え

 王城の執務室で、ザガート・ビジョン・グランツは夜明けまで一人、机に向かっていた。

 積み上げられた書類は、もはや「報告」というより告発に近い。
 事故発生率、負傷者数、天候異常、魔物出現記録――
 すべてが、ある時点を境に急変している。

「……偶然、ではないな」

 そう認めた瞬間、胸の奥が重く沈んだ。

 彼は、優秀な王太子だ。
 数字を読む力も、状況を分析する頭も持っている。

 だからこそ、見えてしまう。

 リヴォルタ・レーレが王都を離れた日。
 婚約破棄が成立した日。
 聖女の座から事実上、外された日。

 その直後から、
 この国の「運」は、露骨に悪くなっている。

「……そんな馬鹿な」

 彼女は、何もしていなかったはずだ。
 祈らず、詠唱せず、奇跡も起こさなかった。

 それなのに。

「……何もしていなかった、からこそ?」

 ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。

 もし――
 彼女の力が、
 “使うもの”ではなく、
 “存在するだけで働くもの”だったとしたら。

 ザガートは、無意識のうちに立ち上がっていた。

「調べろ」

 夜番の近衛兵を呼び、低い声で命じる。

「リヴォルタ・レーレが滞在している土地の状況を、至急調査しろ」 「は……?」

「天候、事故、魔物、すべてだ。
 王都と、正確に比較しろ」

 兵は戸惑いながらも、命令に従った。

 その頃、当の本人は――

「……今日は、長湯しすぎましたかね」

 温泉郷の宿で、リヴォルタは湯冷ましを飲みながら、のんびりと空を見上げていた。

 星は明るく、風は穏やか。
 遠くで虫の声が響いている。

「本当に、静か……」

 ここでは、怪我人も、災害も、噂すら聞かない。
 人々は穏やかで、笑顔が多い。

 それを、ただ「良い土地だ」と思っている。

 翌日。

 ザガートの元に、調査報告が届いた。

「……異常、なし?」

 いや、正確には「異常なほど安定している」。

 リヴォルタが滞在している温泉郷一帯は、
 天候は安定し、事故はほぼゼロ。
 魔物の出現報告も、皆無。

 さらに。

「周辺地域も、影響を受けていると?」 「はい。距離に応じて、被害が減少しています」

 まるで、
 “中心”から波紋が広がるように。

 ザガートは、ゆっくりと椅子に座り直した。

「……守護、か」

 治す力ではない。
 起きてから対処する力でもない。

 そもそも、
 事故を起こさせない。
 災いを寄せつけない。

 それは、
 記録にも残らず、
 評価もされず、
 気づかれもしない力。

「……評価できるわけがないな」

 起きなかった不幸は、数字にならない。
 救われなかった命は、存在しないことになる。

 彼は、初めて理解した。

 自分たちは――
 何もしていない聖女を、
 本当に何もしていないと思い込んでいたのだと。

 その頃、大神殿では。

「もう……限界です……」

 マーレン・エルバが、ついに倒れた。

 治癒を待つ人々の前で、
 聖女自身が、力尽きた。

 それは、誰の目にも明らかな事実だった。

 祈りと詠唱だけでは、
 国は守れない。

 夜。
 ザガートは、一通の書簡を前にしていた。

 宛先は――
 隣国。

 温泉郷を抱く国。

 そして、
 リヴォルタ・レーレが、
 「何もせずに暮らしている」場所。

「……まだ、間に合うか?」

 その問いに、
 答えを持っているのは、
 もはや彼女だけだった。

 だが――
 彼女が、
 戻る理由を、まだ何一つ持っていないことを、
 ザガートは、痛いほど理解していた。
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