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第9話 誰も守られていない国
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第9話 誰も守られていない国
異変は、もはや隠しようがなかった。
王都だけではない。
地方都市、街道沿いの村、農地――
国全体で、同時多発的に不幸が起き始めていた。
「用水路が決壊しました!」 「作物が倒れています!」 「家畜が暴れて、怪我人が……!」
報告は、昼夜を問わず王城に届く。
これまでなら、多少の被害が出ても、なぜか最悪は避けられていた。
嵐は直撃を外し、魔物は村の手前で引き返し、事故は“寸前”で止まっていた。
――それが、止まらなくなった。
王城の緊急会議室で、ザガート・ビジョン・グランツは、机に広げられた地図を睨みつけていた。
「……ひどい」
赤い印が、国中に打たれている。
事故。
災害。
怪我人。
いずれも、以前なら考えられなかった頻度と規模だ。
「新聖女は、どうしている」 「治癒は行っていますが……追いついていません」
側近の声には、隠しきれない焦燥があった。
「祈りには時間がかかり、大規模な災害には対応できないと……」 「そんなはずは……!」
ザガートは、言葉を強めた。
「聖女の力とは、国を救うものだろう!」
だが、その声は虚しく響くだけだった。
大神殿では、マーレン・エルバが限界に近づいていた。
「――癒やしの……光……」
詠唱は途切れがちで、声も掠れている。
治癒を終えるたびに、彼女はその場に膝をつきそうになる。
「もう……無理です……」
それでも、人々は次々と運び込まれてくる。
「聖女様!」 「助けてください!」
祈れば救われる。
そう信じて、皆が集まってくる。
だが、治せる人数には限りがあった。
「どうして……こんなに怪我人が……」
マーレンは、泣きそうな顔で呟いた。
彼女は“無能”ではない。
だが、“足りない”。
国全体を覆う守護を、
個別の祈りと詠唱だけで支えることは、不可能だった。
一方その頃。
温泉郷は、今日も平和だった。
朝靄の中、湯気が立ち上る露天風呂。
鳥の声が響き、木々は穏やかに揺れている。
「……いい天気ですね」
湯に浸かりながら、リヴォルタ・レーレはのんびりと空を見上げていた。
雷もない。
突風もない。
魔物の気配もない。
この土地だけが、まるで別世界だ。
「最近、怪我人の話を聞きませんね」 「ええ、本当に」
宿の主人と、そんな会話を交わす。
「この辺りは、不思議なくらい安全でして」 「そうなんですね」
彼女は、ただ頷く。
自分が“そこにいるだけ”で、
常時発動の守護が働いていることを、まったく理解していない。
夜、王城。
ザガートは、一人で書類を見つめていた。
事故発生率。
負傷者数。
災害件数。
すべてが、ある一点を境に変わっている。
「……リヴォルタ」
思わず、その名を口にした。
否定してきた。
切り捨てた。
“何もしていない”と、決めつけた。
だが今、数字が突きつけてくる。
彼女がいた頃――
国は、守られていた。
「……いや」
ザガートは、首を振る。
「そんなはずはない」
だが、その言葉に、もはや確信はなかった。
誰もが気づき始めている。
この国には今――
誰も、国全体を守っている存在がいないということを。
そして皮肉なことに、
その“守り”は今、
国境の外、温泉郷にあることを――
まだ、誰にも告げられていなかった。
異変は、もはや隠しようがなかった。
王都だけではない。
地方都市、街道沿いの村、農地――
国全体で、同時多発的に不幸が起き始めていた。
「用水路が決壊しました!」 「作物が倒れています!」 「家畜が暴れて、怪我人が……!」
報告は、昼夜を問わず王城に届く。
これまでなら、多少の被害が出ても、なぜか最悪は避けられていた。
嵐は直撃を外し、魔物は村の手前で引き返し、事故は“寸前”で止まっていた。
――それが、止まらなくなった。
王城の緊急会議室で、ザガート・ビジョン・グランツは、机に広げられた地図を睨みつけていた。
「……ひどい」
赤い印が、国中に打たれている。
事故。
災害。
怪我人。
いずれも、以前なら考えられなかった頻度と規模だ。
「新聖女は、どうしている」 「治癒は行っていますが……追いついていません」
側近の声には、隠しきれない焦燥があった。
「祈りには時間がかかり、大規模な災害には対応できないと……」 「そんなはずは……!」
ザガートは、言葉を強めた。
「聖女の力とは、国を救うものだろう!」
だが、その声は虚しく響くだけだった。
大神殿では、マーレン・エルバが限界に近づいていた。
「――癒やしの……光……」
詠唱は途切れがちで、声も掠れている。
治癒を終えるたびに、彼女はその場に膝をつきそうになる。
「もう……無理です……」
それでも、人々は次々と運び込まれてくる。
「聖女様!」 「助けてください!」
祈れば救われる。
そう信じて、皆が集まってくる。
だが、治せる人数には限りがあった。
「どうして……こんなに怪我人が……」
マーレンは、泣きそうな顔で呟いた。
彼女は“無能”ではない。
だが、“足りない”。
国全体を覆う守護を、
個別の祈りと詠唱だけで支えることは、不可能だった。
一方その頃。
温泉郷は、今日も平和だった。
朝靄の中、湯気が立ち上る露天風呂。
鳥の声が響き、木々は穏やかに揺れている。
「……いい天気ですね」
湯に浸かりながら、リヴォルタ・レーレはのんびりと空を見上げていた。
雷もない。
突風もない。
魔物の気配もない。
この土地だけが、まるで別世界だ。
「最近、怪我人の話を聞きませんね」 「ええ、本当に」
宿の主人と、そんな会話を交わす。
「この辺りは、不思議なくらい安全でして」 「そうなんですね」
彼女は、ただ頷く。
自分が“そこにいるだけ”で、
常時発動の守護が働いていることを、まったく理解していない。
夜、王城。
ザガートは、一人で書類を見つめていた。
事故発生率。
負傷者数。
災害件数。
すべてが、ある一点を境に変わっている。
「……リヴォルタ」
思わず、その名を口にした。
否定してきた。
切り捨てた。
“何もしていない”と、決めつけた。
だが今、数字が突きつけてくる。
彼女がいた頃――
国は、守られていた。
「……いや」
ザガートは、首を振る。
「そんなはずはない」
だが、その言葉に、もはや確信はなかった。
誰もが気づき始めている。
この国には今――
誰も、国全体を守っている存在がいないということを。
そして皮肉なことに、
その“守り”は今、
国境の外、温泉郷にあることを――
まだ、誰にも告げられていなかった。
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