婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第34話 記録されない功績

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第34話 記録されない功績

 その年、各国の年次報告書に、奇妙な共通点が現れた。

 「特筆すべき災害なし」

 それだけだ。
 理由も、要因分析も、英雄の名もない。

「……こんな報告、前例がないな」 「統計的には、あり得ない数値です」

 学者たちは、頭を抱えた。
 何かが起きている。
 だが、書けない。

 原因を書けば、名を呼ぶことになる。
 名を呼べば、役割が生まれる。

 だから――
 書かない。

 それが、世界の暗黙の了解になっていた。

 一方、温泉郷。

「……あ、帳簿、間違えてますよ」

 リヴォルタは、宿の女将にそっと声をかける。

「まあ、本当だわ」 「ここ、一桁ずれてます」

 ただそれだけの、親切。

 誰も気づかないが、
 その“ずれ”が直されなければ、
 小さな揉め事が生まれていたかもしれない。

 だが、
 誰も結びつけない。

 午後、町の外れで橋の補修が行われていた。

「ここ、少し弱ってますね」 「ええ、今のうちに直しましょう」

 壊れてからではない。
 壊れる前に。

 それが、この土地の“当たり前”になっている。

 夕方、トレイル・ブレイザーは、書類に目を通しながら、ふと呟いた。

「……功績が、どこにも残らないな」 「はい」 「それでいい」

 王は、迷いなく言う。

「功績として残した瞬間、
 彼女は“貢献者”になる」 「貢献者になれば……」 「責任者になる」

 それは、
 彼女にとって最悪の形だ。

 夜。

 露天風呂。

「……今日は、少し疲れました」

 リヴォルタは、そう呟いて湯に浸かる。

 理由は分からない。
 ただ、日中に人と話したからだろう。

「まあ、温泉に入れば……」

 肩まで湯に沈め、息を吐く。

 その瞬間、
 遠くの国で起きかけていた疫病が、
 自然消滅していた。

 誰も気づかない。
 記録にも残らない。

 そして翌日、年次報告書は完成する。

 英雄の名は、どこにもない。
 奇跡の記述も、ない。

 あるのは、
 何も起きなかったという事実だけ。

 それが、
 最も価値のある成果だと、
 世界はようやく理解していた。

 記録されない功績。
 称えられない勝利。

 中心で、
 名を呼ばれず、
 功を刻まれず、
 それでも変わらぬ日常を送る彼女は、
 今日も静かに湯気に包まれている。

 ――それが、
 この世界に残された、
 最も安全な奇跡だった。
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