17 / 40
第十七話 正式な終わり
しおりを挟む
第十七話 正式な終わり
王宮に届いた返書は、短く、そして冷静だった。
余計な感情はなく、非難もない。
ただ、事実と立場だけが淡々と記されている。
ロイド・ヴァルシュタインは、それを何度も読み返していた。
「……会えない、か」
拒絶ではない。
だが、救済でもない。
その曖昧さが、かえって残酷だった。
彼女は怒っていない。
失望も、恨みも、すでに過ぎ去っている。
――だからこそ、戻らない。
その意味を、ロイドはようやく理解した。
「……もう、俺の問題なんだな」
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、王宮の混乱を整理する役目を降りた。
それは逃げでも放棄でもない。
彼女が“自分の人生を選んだ”だけだ。
同じ頃、王宮では正式な決定が下されていた。
聖女エマの称号は、完全に停止。
教会は「奇跡の再現性が確認できない」として、公式にその判断を発表した。
礼拝堂は閉じられ、祈祷の時間割は白紙に戻る。
「……終わった、の?」
通達を受け取ったエマは、呆然と立ち尽くした。
選ばれた存在だったはずの自分が、
いつの間にか、誰にも必要とされなくなっている。
「私は……何を間違えたの……」
答えは、誰も教えてくれない。
いや、正確には――
教えてくれていた人はいた。
だが、聞こうとしなかった。
王宮の重臣たちは、すでに次の段階へ移っていた。
「聖女不在の体制を、早急に整えねばなりません」
「教会との関係再構築が急務です」
「王太子殿下の補佐体制も、見直す必要がありますな」
その言葉一つひとつが、ロイドの胸に突き刺さる。
「……補佐、か」
その役割に、誰の名が最適か。
全員が分かっている。
だが、口に出す者はいない。
なぜなら、その答えは、もう失われた後だからだ。
一方、辺境公爵領では。
マルグリットは、通常どおりの一日を過ごしていた。
物流拠点の稼働報告。
税収見込みの再計算。
次年度計画の素案。
忙しさはある。
だが、心は揺れていない。
「王宮からの返事は、これで終わりですね」
フェリクス・フォン・グランツが、静かに言った。
「はい」
マルグリットは頷く。
「私が関わるべきことは、もうありません」
「後悔は」
「ありません」
迷いのない声だった。
「過去を整理することと、過去に戻ることは違います」
フェリクスは、わずかに口角を上げる。
「あなたは、整理できた」
「……ええ」
その夜、マルグリットは一人、城下町を歩いた。
人々は彼女に気づくと、自然に頭を下げる。
だが、過剰な敬意はない。
「顧問様」
「お疲れさまです」
それで十分だった。
彼女は“象徴”ではない。
奇跡でもない。
ただ、役割を果たす人間だ。
一方、王宮の夜は重かった。
ロイドは、執務室で一人、書類の山を前にしている。
補佐はいる。
だが、誰も全体を見渡せない。
「……これが、現実か」
マルグリットがいた頃、
自分は判断を“任せているつもり”で、
実際には“預け切っていた”。
その重さを、今になって一人で抱えている。
彼は、ふと窓の外を見た。
遠くに見える夜空は、同じはずなのに、
なぜか、ひどく遠く感じられる。
選択は、終わった。
誰かが奪ったわけではない。
誰かに壊されたわけでもない。
自分で選び、
自分で遅れ、
自分で失った。
それが、正式な終わりだった。
そして同時に――
マルグリット・フォン・ルーヴェンの人生が、
本当の意味で“王宮から切り離された瞬間”でもあった。
もう、戻る必要はない。
戻る理由もない。
終わったのは、関係だけだ。
彼女自身は、
静かに、確かに、前へ進み続けている。
王宮に届いた返書は、短く、そして冷静だった。
余計な感情はなく、非難もない。
ただ、事実と立場だけが淡々と記されている。
ロイド・ヴァルシュタインは、それを何度も読み返していた。
「……会えない、か」
拒絶ではない。
だが、救済でもない。
その曖昧さが、かえって残酷だった。
彼女は怒っていない。
失望も、恨みも、すでに過ぎ去っている。
――だからこそ、戻らない。
その意味を、ロイドはようやく理解した。
「……もう、俺の問題なんだな」
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、王宮の混乱を整理する役目を降りた。
それは逃げでも放棄でもない。
彼女が“自分の人生を選んだ”だけだ。
同じ頃、王宮では正式な決定が下されていた。
聖女エマの称号は、完全に停止。
教会は「奇跡の再現性が確認できない」として、公式にその判断を発表した。
礼拝堂は閉じられ、祈祷の時間割は白紙に戻る。
「……終わった、の?」
通達を受け取ったエマは、呆然と立ち尽くした。
選ばれた存在だったはずの自分が、
いつの間にか、誰にも必要とされなくなっている。
「私は……何を間違えたの……」
答えは、誰も教えてくれない。
いや、正確には――
教えてくれていた人はいた。
だが、聞こうとしなかった。
王宮の重臣たちは、すでに次の段階へ移っていた。
「聖女不在の体制を、早急に整えねばなりません」
「教会との関係再構築が急務です」
「王太子殿下の補佐体制も、見直す必要がありますな」
その言葉一つひとつが、ロイドの胸に突き刺さる。
「……補佐、か」
その役割に、誰の名が最適か。
全員が分かっている。
だが、口に出す者はいない。
なぜなら、その答えは、もう失われた後だからだ。
一方、辺境公爵領では。
マルグリットは、通常どおりの一日を過ごしていた。
物流拠点の稼働報告。
税収見込みの再計算。
次年度計画の素案。
忙しさはある。
だが、心は揺れていない。
「王宮からの返事は、これで終わりですね」
フェリクス・フォン・グランツが、静かに言った。
「はい」
マルグリットは頷く。
「私が関わるべきことは、もうありません」
「後悔は」
「ありません」
迷いのない声だった。
「過去を整理することと、過去に戻ることは違います」
フェリクスは、わずかに口角を上げる。
「あなたは、整理できた」
「……ええ」
その夜、マルグリットは一人、城下町を歩いた。
人々は彼女に気づくと、自然に頭を下げる。
だが、過剰な敬意はない。
「顧問様」
「お疲れさまです」
それで十分だった。
彼女は“象徴”ではない。
奇跡でもない。
ただ、役割を果たす人間だ。
一方、王宮の夜は重かった。
ロイドは、執務室で一人、書類の山を前にしている。
補佐はいる。
だが、誰も全体を見渡せない。
「……これが、現実か」
マルグリットがいた頃、
自分は判断を“任せているつもり”で、
実際には“預け切っていた”。
その重さを、今になって一人で抱えている。
彼は、ふと窓の外を見た。
遠くに見える夜空は、同じはずなのに、
なぜか、ひどく遠く感じられる。
選択は、終わった。
誰かが奪ったわけではない。
誰かに壊されたわけでもない。
自分で選び、
自分で遅れ、
自分で失った。
それが、正式な終わりだった。
そして同時に――
マルグリット・フォン・ルーヴェンの人生が、
本当の意味で“王宮から切り離された瞬間”でもあった。
もう、戻る必要はない。
戻る理由もない。
終わったのは、関係だけだ。
彼女自身は、
静かに、確かに、前へ進み続けている。
36
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私は……何も知らなかった……それだけなのに……
#Daki-Makura
ファンタジー
第2王子が獣人の婚約者へ婚約破棄を叩きつけた。
しかし、彼女の婚約者は、4歳年下の弟だった。
そう。第2王子は……何も知らなかった……知ろうとしなかっただけだった……
※ゆるい設定です。ゆるく読んでください。
※AI校正を使わせてもらっています。
【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?
紺
ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。
世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。
ざまぁ必須、微ファンタジーです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる