婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ

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第十八話 選び続ける者

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第十八話 選び続ける者

 辺境公爵領の朝は、変わらず静かだった。

 城下町の市場では、荷車が行き交い、商人たちが声を張り上げる。
 街道補修の影響で物流は明らかに改善し、以前よりも品揃えが豊かになっていた。

「……数字だけじゃない、ですね」

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、市場の端に立ち、さりげなく周囲を観察していた。
 帳簿に表れる成果は重要だ。だが、彼女が見ているのは、もっと単純なものだった。

 人々の足取り。
 表情。
 値段交渉の声に混じる、余裕。

 それらはすべて、領地が健全に回り始めている証拠だった。

「顧問様」

 同行していた文官が、小声で声をかける。

「商人組合から、正式な要望書が届いております。
 新しい物流拠点について、追加投資の相談をしたいと」

「……前向きな話ですね」

 マルグリットは頷く。

「ですが、拡大は慎重に。
 急ぎすぎれば、別の歪みが生まれます」

「はい。段階的に、ですね」

 それが、この領の合言葉になりつつあった。

 急がない。
 だが、止まらない。

 一方、城に戻ると、フェリクス・フォン・グランツが待っていた。

「王宮から、正式な通知が来た」

 その一言で、内容は察しがつく。

「聖女制度の見直し、ですか」

「ああ。教会と王宮の共同声明だ。
 奇跡に依存しない統治体制へ移行すると」

 マルグリットは、静かに息を吐いた。

「……当然の帰結ですね」

 彼女の声には、感慨はあっても、驚きはない。

「王宮は、こちらの動きも注視している。
 正確には……あなたのやり方を」

「光栄、とは言いませんわ」

 少しだけ、口元を緩める。

「真似されると困る部分もありますから」

 フェリクスは、小さく笑った。

「それは、こちらの内部事情だ。
 だが一つ、確認したい」

 彼は、彼女を正面から見る。

「今後、王宮から“協力要請”が来る可能性がある。
 形式上は、国のためだ」

 マルグリットは、すぐには答えなかった。
 少しだけ考え、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「内容次第です」

 フェリクスの眉が、わずかに動く。

「戻る、という意味ではありません」

 彼女は、はっきりと言った。

「私は、ここでの役割を選びました。
 それを捨ててまで、王宮に関わるつもりはありません」

「だが」

「協力が“相互”であり、
 責任と権限が明確であるなら」

 視線を逸らさず、続ける。

「検討はします。
 それは、私が“選ぶ側”だからです」

 フェリクスは、数秒間黙ってから、深く頷いた。

「……いい答えだ」

 それは、上司としてでも、保護者としてでもない。
 一人の統治者が、もう一人の判断者を認めた瞬間だった。

 同じ頃、王宮では。

 ロイド・ヴァルシュタインは、新たな体制案に目を通していた。
 教会との関係修復、補佐官の再編、権限分散。

 どれも、紙の上では整っている。

「……遅すぎたな」

 彼は、独り言のように呟く。

 マルグリットが示していたのは、
 まさに今、ここに書かれている内容だった。

 だが、当時の自分は、それを“地味”だと切り捨てた。

「彼女は、もう戻らない」

 それは、理解ではなく、受け入れだった。

 戻らないからこそ、
 彼女は、選び続けている。

 奇跡に縋らず。
 誰かの期待に縛られず。

 自分で選び、
 その結果を引き受ける。

 辺境公爵領の夕暮れ。
 マルグリットは、城のテラスに立ち、沈む太陽を眺めていた。

「……選び続ける、ですか」

 小さく呟く。

 選択は、一度きりではない。
 環境が変われば、状況も変わる。

 だからこそ、
 “選び直せる場所”にいることが、大切なのだ。

 フェリクスが、隣に立つ。

「この領は、まだ発展途上だ」

「ええ」

「だが、あなたがいれば、迷わず進める」

 マルグリットは、わずかに首を振った。

「いいえ。
 私がいなくても、進めるようにします」

 フェリクスは、一瞬驚いたような顔をしてから、苦笑する。

「……それが、あなたらしい」

 彼女は、静かに微笑んだ。

「誰かに依存しない。
 それは、私自身にも向けた約束ですから」

 夜が訪れ、城下町に灯りがともる。

 王宮では、失われたものを数える者がいる。
 ここでは、積み上げる者がいる。

 その違いは、もう動かない。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、今日も選ぶ。
 明日も、きっと選ぶ。

 誰かに選ばれるためではなく、
 自分の人生を、自分の手で進めるために。

 それが、
 彼女が手に入れた、何より確かな“自由”だった。
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