婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ

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第二十一話 立場の差

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第二十一話 立場の差

 王宮で、新たな動きが水面下で進み始めていた。

 実務調整官制度は導入されたものの、思うような成果を上げられず、重臣たちの不満は静かに溜まっている。
 表立った混乱はない。だが、停滞は隠しきれなかった。

「……制度は整えました。あとは、人の問題です」

 会議の席で、誰かがそう口にした。

「では、その“人”は、どこにいるのか」

 返ってきた問いに、答えは出ない。

 いや、正確には――
 答えは、全員が分かっている。

 だが、それを口にすることは、過去の判断の誤りを認めることになる。

「辺境公爵領は、相変わらず安定しているそうだな」

「ええ。物流も治安も、数字が示しています」

「……顧問は、まだあちらに?」

「はい。正式に、完全に」

 沈黙が落ちる。

 王宮において、彼女はもはや“戻るべき存在”ではなく、
 “失われた基準”になりつつあった。

 一方、辺境公爵領では。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、自治組織案の詳細を詰める会議に臨んでいた。
 机の上には、複数の草案が並んでいる。

「この段階では、決定権は領主側に残します」

 彼女は指で資料を示す。

「現場の裁量を増やしますが、完全な独立ではありません。
 監査と報告義務をセットにしてください」

「了解しました」

 若い文官が、迷いなく頷く。

「責任を渡すというのは、信頼の表明です。
 同時に、責任を戻せる道も用意することが必要です」

 その言葉に、会議の空気が引き締まった。

 無責任な自由ではない。
 管理の放棄でもない。

 ――成熟した分担。

 フェリクス・フォン・グランツは、そのやり取りを静かに見守っている。

「王宮では、こうした議論は難しいだろうな」

 休憩時間に、ぽつりと漏らす。

「……立場の違いです」

 マルグリットは、静かに答えた。

「王宮では、“誰が決めたか”が先に来ます。
 ここでは、“何を決めたか”が先に来る」

「それが、差か」

「はい」

 それ以上の説明は不要だった。

 同じ国でありながら、
 判断の基準がまったく異なる。

 夕方、マルグリットは一通の公式文書を受け取った。

 王宮からの問い合わせだ。
 内容は慎重に書かれている。

 ――新設された制度について、助言を求めたい。
 ――形式上は協力依頼であり、強制ではない。

「……来ましたね」

 フェリクスは、彼女の表情を見て察した。

「どうする」

「返事はします」

 マルグリットは、書類を机に置く。

「ですが、条件を明確にします」

「条件?」

「責任と権限の所在を、文書で確認します。
 私の助言が、誰の判断として採用されるのか」

 フェリクスは、低く笑った。

「甘くないな」

「甘くすると、歪みが戻りますから」

 彼女はペンを取り、返書を書き始める。

 ――助言のご要請、拝読いたしました。
 ――検討に値する内容ではありますが、
 ――実行主体および最終責任者を明確にした上でのみ、
 ――文面での助言に応じることが可能です。

 それは、拒絶ではない。
 だが、王宮が慣れ親しんだ“都合の良い協力”ではない。

 夜、王宮では、その返書を前に重臣たちが顔を見合わせていた。

「……立場が、違うな」

「完全に、対等だ」

「いや、それ以上だろう」

 ロイド・ヴァルシュタインは、黙って書簡を読んでいる。

 そこには、かつての部下の姿はない。
 一人の判断者としての、明確な線が引かれていた。

「……彼女は、もう選ばれる側ではない」

 誰にともなく呟く。

「選ぶ側に、立っている」

 その事実を、否定できる者はいなかった。

 同じ国にいても、
 同じ景色を見ているわけではない。

 王宮と辺境公爵領。
 二つの場所の差は、距離ではなく、立場の差だった。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、今日も自分の立場を守る。
 誰かに与えられたものではなく、
 選び、積み上げた立場を。

 それは、
 もう誰にも奪えない場所だった。
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