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第二十二話 条件の意味
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第二十二話 条件の意味
王宮に、マルグリット・フォン・ルーヴェンからの返書が届いた翌日。
重臣たちは、慎重な面持ちでその文面を読み返していた。
言葉は丁寧で、攻撃的な表現は一切ない。
だが、その一行一行が、明確な「線」を引いている。
「……責任と権限の明示、か」
「助言を出すだけで、結果の責任を負わされることは拒否する、と」
「当然といえば当然だが……」
誰かが、言葉を濁した。
王宮では長らく、
“助言した者”と“決断した者”の境界が曖昧だった。
成果は上に、失敗は下に。
その歪みを、マルグリットは最初から拒んでいる。
「彼女は、もう昔の役割には戻らない」
ロイド・ヴァルシュタインが、低く言った。
「……いや、戻れないのではない。
戻らないと、はっきり選んでいる」
沈黙が落ちる。
その沈黙は、否定ではなかった。
理解に近いものだった。
「条件を、受け入れるしかありませんな」
「王宮側の最終責任者を、明文化する必要があります」
「それは……」
自然と、視線がロイドに集まる。
彼は、逃げなかった。
「……私だ」
短く、だがはっきりと言う。
「最終判断と責任は、王太子である私が負う。
彼女の助言は、あくまで参考意見として扱う」
それは、ようやく口にされた“正しい線引き”だった。
一方、辺境公爵領では。
マルグリットは、自治組織案の最終調整に入っていた。
現場からの意見も反映され、草案は三度目の改訂を迎えている。
「この条項ですが……」
文官が指摘すると、彼女はすぐに視線を向けた。
「曖昧ですね。
運用時に揉める原因になります」
「修正案を出します」
「お願いします。
“善意に期待する条文”は、極力減らしましょう」
その言葉に、文官たちは深く頷く。
ここでは、
信頼は仕組みで支え、
善意は余白として扱う。
それが、この領のやり方だった。
昼過ぎ、フェリクス・フォン・グランツが、王宮からの追加文書を持ってきた。
「条件を、正式に受け入れるそうだ」
マルグリットは、書類に目を通す。
「最終責任者は王太子。
助言内容は文面で記録。
採否は王宮側で判断……」
読み終え、静かに頷いた。
「これなら、応じられます」
「本当に、助言だけでいいのか」
フェリクスが問う。
「はい」
迷いはない。
「王宮を立て直す役割を、私が担う必要はありません。
ただ、判断材料を提供するだけです」
「それでも、影響は大きい」
「……影響が出るかどうかは、
向こうが“どう使うか”次第です」
それ以上は、彼女の責任ではない。
その日の夜、マルグリットは返書をしたためた。
――条件、確認いたしました。
――上記内容に基づき、文面での助言に限り、協力いたします。
――実務への直接関与および常駐は行いません。
それは、協力であって、復帰ではない。
支援であって、救済ではない。
王宮にとっては、
「失ったものの代替」を得る最後の機会だった。
数日後、王宮では初の助言依頼が出された。
内容は、実務調整官制度の運用改善。
判断経路の整理と、責任分担の再定義。
マルグリットは、静かに文面を読み、要点を書き出す。
「……根本は、同じですね」
奇跡に頼っていた頃と、構造は変わっていない。
責任の所在が、曖昧なままだ。
彼女は、必要最低限の助言を書いた。
――判断経路を三段階に限定すること。
――各段階の決裁者を明示すること。
――例外規定を設ける場合、その条件を事前に定義すること。
派手さはない。
だが、確実に効く。
王宮でそれを読んだ重臣の一人が、思わず漏らした。
「……これを、最初からやっていれば」
ロイドは、何も言わなかった。
ただ、心の中で答えている。
――彼女は、最初から言っていた。
聞かなかったのは、こちらだ。
夜、辺境公爵領の城は静かだった。
マルグリットは、書類を閉じ、窓の外を見つめる。
「……条件、ですか」
条件を出すことは、拒絶ではない。
自分の立場を守るための、最低限の線だ。
かつての彼女は、その線を引けなかった。
今は、違う。
選ばれることをやめ、
選ぶことを覚えた。
それだけで、世界は大きく変わる。
王宮と辺境公爵領。
同じ国でありながら、
判断の質も、速度も、責任の重さも違う。
その差を埋めることは、もう彼女の役目ではない。
彼女がするのは、
必要なときに、必要な条件を提示することだけ。
それが、
マルグリット・フォン・ルーヴェンが辿り着いた、
大人の協力の形だった。
王宮に、マルグリット・フォン・ルーヴェンからの返書が届いた翌日。
重臣たちは、慎重な面持ちでその文面を読み返していた。
言葉は丁寧で、攻撃的な表現は一切ない。
だが、その一行一行が、明確な「線」を引いている。
「……責任と権限の明示、か」
「助言を出すだけで、結果の責任を負わされることは拒否する、と」
「当然といえば当然だが……」
誰かが、言葉を濁した。
王宮では長らく、
“助言した者”と“決断した者”の境界が曖昧だった。
成果は上に、失敗は下に。
その歪みを、マルグリットは最初から拒んでいる。
「彼女は、もう昔の役割には戻らない」
ロイド・ヴァルシュタインが、低く言った。
「……いや、戻れないのではない。
戻らないと、はっきり選んでいる」
沈黙が落ちる。
その沈黙は、否定ではなかった。
理解に近いものだった。
「条件を、受け入れるしかありませんな」
「王宮側の最終責任者を、明文化する必要があります」
「それは……」
自然と、視線がロイドに集まる。
彼は、逃げなかった。
「……私だ」
短く、だがはっきりと言う。
「最終判断と責任は、王太子である私が負う。
彼女の助言は、あくまで参考意見として扱う」
それは、ようやく口にされた“正しい線引き”だった。
一方、辺境公爵領では。
マルグリットは、自治組織案の最終調整に入っていた。
現場からの意見も反映され、草案は三度目の改訂を迎えている。
「この条項ですが……」
文官が指摘すると、彼女はすぐに視線を向けた。
「曖昧ですね。
運用時に揉める原因になります」
「修正案を出します」
「お願いします。
“善意に期待する条文”は、極力減らしましょう」
その言葉に、文官たちは深く頷く。
ここでは、
信頼は仕組みで支え、
善意は余白として扱う。
それが、この領のやり方だった。
昼過ぎ、フェリクス・フォン・グランツが、王宮からの追加文書を持ってきた。
「条件を、正式に受け入れるそうだ」
マルグリットは、書類に目を通す。
「最終責任者は王太子。
助言内容は文面で記録。
採否は王宮側で判断……」
読み終え、静かに頷いた。
「これなら、応じられます」
「本当に、助言だけでいいのか」
フェリクスが問う。
「はい」
迷いはない。
「王宮を立て直す役割を、私が担う必要はありません。
ただ、判断材料を提供するだけです」
「それでも、影響は大きい」
「……影響が出るかどうかは、
向こうが“どう使うか”次第です」
それ以上は、彼女の責任ではない。
その日の夜、マルグリットは返書をしたためた。
――条件、確認いたしました。
――上記内容に基づき、文面での助言に限り、協力いたします。
――実務への直接関与および常駐は行いません。
それは、協力であって、復帰ではない。
支援であって、救済ではない。
王宮にとっては、
「失ったものの代替」を得る最後の機会だった。
数日後、王宮では初の助言依頼が出された。
内容は、実務調整官制度の運用改善。
判断経路の整理と、責任分担の再定義。
マルグリットは、静かに文面を読み、要点を書き出す。
「……根本は、同じですね」
奇跡に頼っていた頃と、構造は変わっていない。
責任の所在が、曖昧なままだ。
彼女は、必要最低限の助言を書いた。
――判断経路を三段階に限定すること。
――各段階の決裁者を明示すること。
――例外規定を設ける場合、その条件を事前に定義すること。
派手さはない。
だが、確実に効く。
王宮でそれを読んだ重臣の一人が、思わず漏らした。
「……これを、最初からやっていれば」
ロイドは、何も言わなかった。
ただ、心の中で答えている。
――彼女は、最初から言っていた。
聞かなかったのは、こちらだ。
夜、辺境公爵領の城は静かだった。
マルグリットは、書類を閉じ、窓の外を見つめる。
「……条件、ですか」
条件を出すことは、拒絶ではない。
自分の立場を守るための、最低限の線だ。
かつての彼女は、その線を引けなかった。
今は、違う。
選ばれることをやめ、
選ぶことを覚えた。
それだけで、世界は大きく変わる。
王宮と辺境公爵領。
同じ国でありながら、
判断の質も、速度も、責任の重さも違う。
その差を埋めることは、もう彼女の役目ではない。
彼女がするのは、
必要なときに、必要な条件を提示することだけ。
それが、
マルグリット・フォン・ルーヴェンが辿り着いた、
大人の協力の形だった。
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