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第二十三話 戻らない場所
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第二十三話 戻らない場所
王宮の回廊は、相変わらず広く、そして静かだった。
ロイド・ヴァルシュタインは、その静けさを「秩序」と呼んでいた。
だが最近、その静けさが、ときおり息苦しく感じられる。
「……次の報告は?」
「はい。実務調整官制度、第三段階に移行しました」
側近の声は丁寧だが、どこか歯切れが悪い。
「大きな混乱はありませんが……判断の速度は、やはり遅れがちです」
「原因は?」
「責任の所在を、互いに確認し合う場面が増えております」
ロイドは、わずかに目を伏せた。
責任を明確にしたはずだった。
だが、それは同時に、誰もが慎重になる理由にもなっている。
「……辺境公爵領は?」
「安定しています。
自治組織の試験運用も、問題なく」
その報告だけが、いつも淀みなく届く。
――彼女がいる場所。
一方、辺境公爵領では。
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、視察から戻ったばかりだった。
現場の倉庫は整い、人の動きも滑らかだ。
「現場の判断、問題ありませんでした」
随行していた文官が言う。
「はい。
あの規模なら、十分です」
彼女は、特別な感慨を抱かない。
“回っている”という事実を、淡々と受け止めるだけだ。
フェリクス・フォン・グランツが、歩調を合わせる。
「王宮から、また問い合わせが来ている」
「制度についてですか」
「いや……人事だ」
マルグリットは、足を止めなかった。
「助言はします。
ですが、誰を配置するかは、向こうの判断です」
「徹底しているな」
「線を曖昧にすると、戻されますから」
彼女の声には、迷いがなかった。
王宮にいた頃、
“少し手を貸す”つもりが、
“全部任される”状況に、何度もなった。
あれは、善意ではなく、依存だった。
夕刻、私的な書簡が一通届く。
差出人は、ロイド・ヴァルシュタイン。
マルグリットは、しばらく封を切らずにいた。
「……開けますか?」
フェリクスが尋ねる。
「ええ。
今なら、大丈夫です」
内容は短い。
――王宮に戻るつもりは、本当にないのか。
それだけだった。
マルグリットは、ゆっくりと紙を折り直す。
「……正直ですね」
「答えるか?」
「答えます」
彼女は、ペンを取った。
――戻るつもりはありません。
――あそこは、私が“役割を演じていた場所”です。
――ここは、私が“判断している場所”です。
――違いは、それだけです。
強い言葉は、使わなかった。
だが、逃げ道も残さない。
王宮で、その書簡を読んだロイドは、長く沈黙した。
怒りはない。
失望もない。
ただ、理解だけが残った。
「……戻らない、か」
それは拒絶ではない。
選択だ。
夜、辺境公爵領の城。
マルグリットは、灯りの落ちた執務室を後にする。
今日も、何も壊れていない。
誰も怒鳴っていない。
判断は、すべて前に進んでいる。
「……戻らない場所があるというのは」
小さく呟く。
「悪くありませんね」
過去に縛られないということは、
未来を選べるということだ。
彼女は、静かに歩き出す。
王宮ではなく、
誰かの期待でもなく、
自分の判断が、積み重なる場所へ。
そこが、
マルグリット・フォン・ルーヴェンの居場所だった。
王宮の回廊は、相変わらず広く、そして静かだった。
ロイド・ヴァルシュタインは、その静けさを「秩序」と呼んでいた。
だが最近、その静けさが、ときおり息苦しく感じられる。
「……次の報告は?」
「はい。実務調整官制度、第三段階に移行しました」
側近の声は丁寧だが、どこか歯切れが悪い。
「大きな混乱はありませんが……判断の速度は、やはり遅れがちです」
「原因は?」
「責任の所在を、互いに確認し合う場面が増えております」
ロイドは、わずかに目を伏せた。
責任を明確にしたはずだった。
だが、それは同時に、誰もが慎重になる理由にもなっている。
「……辺境公爵領は?」
「安定しています。
自治組織の試験運用も、問題なく」
その報告だけが、いつも淀みなく届く。
――彼女がいる場所。
一方、辺境公爵領では。
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、視察から戻ったばかりだった。
現場の倉庫は整い、人の動きも滑らかだ。
「現場の判断、問題ありませんでした」
随行していた文官が言う。
「はい。
あの規模なら、十分です」
彼女は、特別な感慨を抱かない。
“回っている”という事実を、淡々と受け止めるだけだ。
フェリクス・フォン・グランツが、歩調を合わせる。
「王宮から、また問い合わせが来ている」
「制度についてですか」
「いや……人事だ」
マルグリットは、足を止めなかった。
「助言はします。
ですが、誰を配置するかは、向こうの判断です」
「徹底しているな」
「線を曖昧にすると、戻されますから」
彼女の声には、迷いがなかった。
王宮にいた頃、
“少し手を貸す”つもりが、
“全部任される”状況に、何度もなった。
あれは、善意ではなく、依存だった。
夕刻、私的な書簡が一通届く。
差出人は、ロイド・ヴァルシュタイン。
マルグリットは、しばらく封を切らずにいた。
「……開けますか?」
フェリクスが尋ねる。
「ええ。
今なら、大丈夫です」
内容は短い。
――王宮に戻るつもりは、本当にないのか。
それだけだった。
マルグリットは、ゆっくりと紙を折り直す。
「……正直ですね」
「答えるか?」
「答えます」
彼女は、ペンを取った。
――戻るつもりはありません。
――あそこは、私が“役割を演じていた場所”です。
――ここは、私が“判断している場所”です。
――違いは、それだけです。
強い言葉は、使わなかった。
だが、逃げ道も残さない。
王宮で、その書簡を読んだロイドは、長く沈黙した。
怒りはない。
失望もない。
ただ、理解だけが残った。
「……戻らない、か」
それは拒絶ではない。
選択だ。
夜、辺境公爵領の城。
マルグリットは、灯りの落ちた執務室を後にする。
今日も、何も壊れていない。
誰も怒鳴っていない。
判断は、すべて前に進んでいる。
「……戻らない場所があるというのは」
小さく呟く。
「悪くありませんね」
過去に縛られないということは、
未来を選べるということだ。
彼女は、静かに歩き出す。
王宮ではなく、
誰かの期待でもなく、
自分の判断が、積み重なる場所へ。
そこが、
マルグリット・フォン・ルーヴェンの居場所だった。
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