婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ

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第二十五話 選ばない自由

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第二十五話 選ばない自由

 辺境公爵領に、久しぶりに来客があった。

 王宮の紋章を付けた馬車が、正門前で止まる。
 規模は小さく、随行も最小限。
 それでも、城内の空気はわずかに引き締まった。

「公式使節、ですか?」

 報告を受け、マルグリット・フォン・ルーヴェンは一度だけ頷いた。

「はい。
 礼は尽くしますが、特別扱いは不要です」

 それが、この領の流儀だ。

 応接室に通されたのは、王宮文官の中でも中堅にあたる人物だった。
 肩書きは整っているが、表情には妙な緊張がある。

「本日は、お時間をいただき、ありがとうございます」

「こちらこそ。
 ご用件を伺いましょう」

 マルグリットは、椅子に深く腰掛けることもなく、背筋を伸ばしたまま促した。

「……王宮より、正式な伝達です」

 文官は、慎重に言葉を選ぶ。

「先日の常設顧問の件、辞退のご意向、確かに承りました」

「はい」

「その上で……新たな選択肢をご提示したいと」

 マルグリットの表情は、変わらない。

「内容によります」

「王宮と辺境公爵領の“共同改革委員会”の設置です。
 対等な立場で、一定期間のみ関与していただく」

 フェリクス・フォン・グランツが、わずかに眉を動かした。

「期間は?」

「一年」

「権限は?」

「勧告権のみ。
 最終決定は、王宮側が行います」

 マルグリットは、数秒だけ沈黙した。

 条件は、以前より整っている。
 距離を保つ工夫も見える。

「……なぜ、そこまで形を変えるのですか」

 問いは、静かだった。

 文官は、一瞬言葉に詰まる。

「……失礼ながら」

 やがて、正直に続けた。

「王宮は、あなたの“判断の質”を、手放したくないのです」

 率直すぎる言葉だった。

 マルグリットは、ゆっくりと息を吐いた。

「理解しました」

 そして、首を横に振る。

「ですが、答えは同じです」

「……理由を、伺っても?」

「ええ」

 彼女は、はっきりと言った。

「私はもう、“選ばれる側”ではありません。
 王宮が用意した選択肢の中から、最善を選ぶ立場ではない」

 文官は、言葉を失う。

「私は、必要ならば協力します。
 助言も、分析も、条件付きで続けます」

 だが、と彼女は続けた。

「“関与するかどうか”を選ぶ自由だけは、手放しません」

 それが、彼女の線だった。

 フェリクスは、静かに頷く。

「つまり、選択肢を提示されること自体を、拒否しているわけではない」

「はい」

 マルグリットは、視線を文官に戻す。

「ただ、“今すぐ決める必要がある”という前提を、受け入れないだけです」

 沈黙が落ちる。

 文官は、深く頭を下げた。

「……承りました。
 本日の回答として、王宮に持ち帰ります」

「お願いします」

 使節が去った後、応接室には静けさが戻った。

「強かったな」

 フェリクスが、率直に言う。

「強がりではありません」

 マルグリットは、窓の外を見つめる。

「“選ばない”という選択は、
 何も持たない人間にはできません」

 仕事。
 責任。
 信頼。

 それらが積み上がって、初めて成立する自由だ。

 夕刻、自治組織の代表から報告が入る。

 新たな区域で、住民主体の改善案がまとまったという。

「……良い流れです」

 マルグリットは、素直にそう評価した。

 王宮の動きは、確かに影響する。
 だが、ここでの判断は、ここで完結する。

 夜、執務室を出ると、城内は静まり返っていた。

「……選ばない自由、か」

 小さく呟く。

 かつての彼女は、
 選ばれることでしか、自分の価値を測れなかった。

 今は違う。

 必要なときに、必要なだけ関わり、
 それ以外は、ここで積み上げる。

 誰かの期待に応えるためではない。
 自分が納得できる判断を、続けるために。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、灯りを落とす。

 明日も、決めることは山ほどある。
 だが、それはすべて――

 自分で選ぶ決断だった。
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