婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

文字の大きさ
17 / 40

第17話 王都は倹約、我が領地は好景気ですわ

しおりを挟む
第17話 王都は倹約、我が領地は好景気ですわ

 朝の報告は、執事の声にわずかな戸惑いが混じっていた。

「王都の税収ですが……さらに下がっております」

 ルナ・ルクスは、寝台脇の椅子に腰掛けたまま、ゆっくりと紅茶を一口含む。
 香りは変わらない。
 温度も完璧。

「……そうですか」

 驚きは、なかった。

 倹約を続ければ、そうなる。
 それだけの話だ。

「追加の緊縮策が検討されているとのことです。
 公共事業の延期、祭事の縮小、貴族の交際費削減……」

 執事は言葉を選びながら続ける。
 それらはすべて、“正しそう”に聞こえる。

 だが、ルナは小さく首を振った。

「完全に、負のスパイラルですわね」

 使わない。
 動かさない。
 結果、税が減る。
 さらに削る。

 この循環は、前世でも何度も見た。

「一方で……」

 執事は、もう一冊の帳簿を差し出した。
 こちらは、公爵領のものだ。

「我が領地の税収は、前年同期比で上昇しております。
 雇用も増え、商会の利益も安定しています」

 ルナは、帳簿をぱらりとめくった。
 そこに並ぶ数字は、静かに、しかし確実に右肩上がりを描いている。

「ええ。
 想定通りですわ」

 彼女は、何もしていないわけではない。
 ただ、“止めなかった”だけだ。

 道路整備を、先送りしなかった。
 職人への発注を、削らなかった。
 祭事も、形を変えて継続した。

 ――ドレスが汚れます、道路が悪い。

 それを理由に始めた舗装工事は、
 今や物流を支え、商人の移動を楽にしている。

 公共事業か、
 私のドレスのためか。

 どちらでもいい。
 結果が出ているのだから。

 午前中、王都から視察団が訪れた。
 倹約派の官僚たちだ。

 彼らの視線は、露骨だった。
 整った街路。
 活気のある市場。
 忙しそうに動く職人たち。

「……ずいぶんと、景気が良いようですな」

 探るような口調。

 ルナは、穏やかに答える。
「ええ。
 使うべきところで、使っておりますので」

「ですが、このご時世……」

 官僚の一人が、言葉を濁す。

 ルナは、そこで遮った。

「倹約中の王都では、
 税収が下がり、
 さらなる倹約に入っていると聞きました」

 空気が、わずかに張りつめる。

「一方で、我が領地は安泰ですわ。
 税収も、上がっております」

 事実を述べただけだ。
 だが、それは、強烈な対比だった。

「……なぜ、そう言い切れるのですか」

 官僚が、苦し紛れに尋ねる。

 ルナは、はっきりと答えた。

「簡単ですわ。
 お金を、殺していないからです」

 市場を歩く民の姿を示すように、窓の外へ視線を向ける。

「彼らが使い、
 商人が回し、
 職人が稼ぎ、
 結果として、税になる」

 難しい理論ではない。
 ただ、怖くてやらないだけだ。

 官僚たちは、それ以上反論できなかった。
 理念ではなく、現実が目の前にあるからだ。

 午後、ルナは領内を巡回する。
 舗装された道を馬車が軽やかに進む。

 ――ドレスが汚れない。

 その些細な理由で始めた事業が、
 今では、領地全体を支えている。

 夕方、王太子ユピテル・アストラから、使者が来た。
 言葉は丁寧だが、焦りが滲んでいる。

「殿下が……
 ルナ様のお考えを、改めて伺いたいと」

 ルナは、即答しなかった。

 少しだけ考え、静かに告げる。

「今は、まだですわ」

 理解が追いついていない相手に、
 いくら説明しても、意味はない。

 夜、書斎で一人になり、ルナはノートに書き留める。

 ――倹約は、防御。
 ――投資は、前進。

 王都は、守りに入りすぎた。
 その結果、動けなくなっている。

 ルナ・ルクスは、窓の外の灯りを眺めながら思う。

 景気とは、勇気ですわ。

 使う勇気。
 回す勇気。
 止めない勇気。

 それがある限り、
 この領地は、沈まない。

 王都が気づくかどうかは、分からない。
 だが、数字は嘘をつかない。

 そしていつか――
 この“働いていない公爵令嬢”が、
 誰よりも国を動かしていたと、
 認めざるを得ない日が来るだろう。

 もっとも、本人はその時も、
 きっとこう言うのだ。

「ええ?
 私は、何もしていませんわよ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた

ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」 「嫌ですけど」 何かしら、今の台詞は。 思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。 ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻R-15は保険です。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

処理中です...