婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第16話 孤児院は慈善ではなく、投資ですわ

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第16話 孤児院は慈善ではなく、投資ですわ

 朝のサロンは、いつもより静かだった。
 来客は断り、社交の予定も入れていない。

 ルナ・ルクスは、机の上に並べた数枚の書類に視線を落としていた。
 どれも、孤児院に関する報告書だ。

 王都の孤児院。
 宗教施設が運営し、寄付で成り立つ。
 常に資金不足。
 慢性的な人手不足。
 卒院後の進路は、ほぼ運任せ。

 ――「かわいそうだから助ける」。

 よくある理由だ。
 だが、ルナの眉はわずかに寄った。

「……それで、何年持ちますの?」

 情に訴える仕組みは、長続きしない。
 前世で、嫌というほど見てきた。

 執事が控えめに答える。
「現状では、年ごとの寄付次第です。
 不作や政変があれば、真っ先に削られます」

 ルナは、静かにうなずいた。

 ――ええ、でしょうね。

 孤児院は、善意の余剰で動く施設だ。
 だが、余剰は不安定だ。

 午前中、ルナは馬車で郊外の孤児院を訪れた。
 華美な装いは避け、落ち着いたドレスを選ぶ。

 建物は古いが、掃除は行き届いている。
 子どもたちの目は、明るい。
 だが、その明るさの裏に、不安があることも分かる。

「公爵令嬢様……寄付でしょうか?」

 院長が、慎重に尋ねる。

 ルナは、首を横に振った。

「いいえ。
 今日は、契約のお話ですわ」

 その言葉に、院長だけでなく、周囲の大人たちも息を呑んだ。

「契約……?」

「ええ。
 未来への投資です」

 ルナは、子どもたちを一瞥し、続ける。

「ここで育った子たちは、
 いずれ労働力になります。
 職人にも、商人にも、事務官にもなれる」

 慈善ではない。
 感情論でもない。

「でしたら、
 育てる段階から、
 “使える人材”として育成する方が、
 合理的ですわ」

 院長は、戸惑いを隠せない。
「ですが……子どもたちは、労働力では――」

 ルナは、優しく、しかしきっぱりと言った。

「“今”は違います。
 ですが、“将来”は違いますわ」

 その否定は、冷酷ではない。
 現実を直視しているだけだ。

 ルナは、用意してきた書類を差し出す。

「読み書き、計算、基礎的な礼儀作法。
 年齢に応じた職業体験。
 一定年齢以上には、領内工房での見習い枠を用意します」

 院内が、ざわつく。

「費用は、こちらで負担します。
 ただし……」

 ルナは、視線を上げた。

「成果報告を、定期的にいただきます。
 何人が進学し、
 何人が職に就いたか」

 沈黙。

 それは、これまでの“寄付”では、求められなかったものだ。

 院長は、しばらく考え込み、やがて深く頭を下げた。

「……お願いします。
 この子たちに、未来を」

 ルナは、はっきりと答えた。

「未来は、
 お願いして与えられるものではありませんわ。
 一緒に、作りましょう」

 帰りの馬車の中、ルナは小さく息を吐いた。

 ――これで、批判は増えますわね。

 「孤児を利用している」
 「冷たい」
 「貴族の論理だ」

 聞き慣れた言葉だ。

 だが、彼女は知っている。

 慈善は止まるが、投資は続く。

 夜、王都ではすでに噂が流れ始めていた。
 ルクス公爵令嬢は、孤児院を“管理下”に置いた、と。

 王太子ユピテル・アストラの耳にも、その話は届くだろう。

 だが、ルナは気にしない。

 彼女は、ノートに一行だけ書き残した。

 ――感情で動くな。
 ――仕組みで守れ。

 前世で学び、
 今世で実践する。

 孤児院は、福祉ではない。
 未来の人材のための、投資ですわ。

 それが理解される日が来るかどうかは、分からない。

 だが、十年後。
 二十年後。

 この国を支える人材の中に、
 今日ここで育った子どもたちがいるなら――

 その時こそ、
 この選択が、
 最も“優しい判断”だったと証明されるだろう。
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