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第17話 王都は倹約、我が領地は好景気ですわ
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第17話 王都は倹約、我が領地は好景気ですわ
朝の報告は、執事の声にわずかな戸惑いが混じっていた。
「王都の税収ですが……さらに下がっております」
ルナ・ルクスは、寝台脇の椅子に腰掛けたまま、ゆっくりと紅茶を一口含む。
香りは変わらない。
温度も完璧。
「……そうですか」
驚きは、なかった。
倹約を続ければ、そうなる。
それだけの話だ。
「追加の緊縮策が検討されているとのことです。
公共事業の延期、祭事の縮小、貴族の交際費削減……」
執事は言葉を選びながら続ける。
それらはすべて、“正しそう”に聞こえる。
だが、ルナは小さく首を振った。
「完全に、負のスパイラルですわね」
使わない。
動かさない。
結果、税が減る。
さらに削る。
この循環は、前世でも何度も見た。
「一方で……」
執事は、もう一冊の帳簿を差し出した。
こちらは、公爵領のものだ。
「我が領地の税収は、前年同期比で上昇しております。
雇用も増え、商会の利益も安定しています」
ルナは、帳簿をぱらりとめくった。
そこに並ぶ数字は、静かに、しかし確実に右肩上がりを描いている。
「ええ。
想定通りですわ」
彼女は、何もしていないわけではない。
ただ、“止めなかった”だけだ。
道路整備を、先送りしなかった。
職人への発注を、削らなかった。
祭事も、形を変えて継続した。
――ドレスが汚れます、道路が悪い。
それを理由に始めた舗装工事は、
今や物流を支え、商人の移動を楽にしている。
公共事業か、
私のドレスのためか。
どちらでもいい。
結果が出ているのだから。
午前中、王都から視察団が訪れた。
倹約派の官僚たちだ。
彼らの視線は、露骨だった。
整った街路。
活気のある市場。
忙しそうに動く職人たち。
「……ずいぶんと、景気が良いようですな」
探るような口調。
ルナは、穏やかに答える。
「ええ。
使うべきところで、使っておりますので」
「ですが、このご時世……」
官僚の一人が、言葉を濁す。
ルナは、そこで遮った。
「倹約中の王都では、
税収が下がり、
さらなる倹約に入っていると聞きました」
空気が、わずかに張りつめる。
「一方で、我が領地は安泰ですわ。
税収も、上がっております」
事実を述べただけだ。
だが、それは、強烈な対比だった。
「……なぜ、そう言い切れるのですか」
官僚が、苦し紛れに尋ねる。
ルナは、はっきりと答えた。
「簡単ですわ。
お金を、殺していないからです」
市場を歩く民の姿を示すように、窓の外へ視線を向ける。
「彼らが使い、
商人が回し、
職人が稼ぎ、
結果として、税になる」
難しい理論ではない。
ただ、怖くてやらないだけだ。
官僚たちは、それ以上反論できなかった。
理念ではなく、現実が目の前にあるからだ。
午後、ルナは領内を巡回する。
舗装された道を馬車が軽やかに進む。
――ドレスが汚れない。
その些細な理由で始めた事業が、
今では、領地全体を支えている。
夕方、王太子ユピテル・アストラから、使者が来た。
言葉は丁寧だが、焦りが滲んでいる。
「殿下が……
ルナ様のお考えを、改めて伺いたいと」
ルナは、即答しなかった。
少しだけ考え、静かに告げる。
「今は、まだですわ」
理解が追いついていない相手に、
いくら説明しても、意味はない。
夜、書斎で一人になり、ルナはノートに書き留める。
――倹約は、防御。
――投資は、前進。
王都は、守りに入りすぎた。
その結果、動けなくなっている。
ルナ・ルクスは、窓の外の灯りを眺めながら思う。
景気とは、勇気ですわ。
使う勇気。
回す勇気。
止めない勇気。
それがある限り、
この領地は、沈まない。
王都が気づくかどうかは、分からない。
だが、数字は嘘をつかない。
そしていつか――
この“働いていない公爵令嬢”が、
誰よりも国を動かしていたと、
認めざるを得ない日が来るだろう。
もっとも、本人はその時も、
きっとこう言うのだ。
「ええ?
私は、何もしていませんわよ?」
朝の報告は、執事の声にわずかな戸惑いが混じっていた。
「王都の税収ですが……さらに下がっております」
ルナ・ルクスは、寝台脇の椅子に腰掛けたまま、ゆっくりと紅茶を一口含む。
香りは変わらない。
温度も完璧。
「……そうですか」
驚きは、なかった。
倹約を続ければ、そうなる。
それだけの話だ。
「追加の緊縮策が検討されているとのことです。
公共事業の延期、祭事の縮小、貴族の交際費削減……」
執事は言葉を選びながら続ける。
それらはすべて、“正しそう”に聞こえる。
だが、ルナは小さく首を振った。
「完全に、負のスパイラルですわね」
使わない。
動かさない。
結果、税が減る。
さらに削る。
この循環は、前世でも何度も見た。
「一方で……」
執事は、もう一冊の帳簿を差し出した。
こちらは、公爵領のものだ。
「我が領地の税収は、前年同期比で上昇しております。
雇用も増え、商会の利益も安定しています」
ルナは、帳簿をぱらりとめくった。
そこに並ぶ数字は、静かに、しかし確実に右肩上がりを描いている。
「ええ。
想定通りですわ」
彼女は、何もしていないわけではない。
ただ、“止めなかった”だけだ。
道路整備を、先送りしなかった。
職人への発注を、削らなかった。
祭事も、形を変えて継続した。
――ドレスが汚れます、道路が悪い。
それを理由に始めた舗装工事は、
今や物流を支え、商人の移動を楽にしている。
公共事業か、
私のドレスのためか。
どちらでもいい。
結果が出ているのだから。
午前中、王都から視察団が訪れた。
倹約派の官僚たちだ。
彼らの視線は、露骨だった。
整った街路。
活気のある市場。
忙しそうに動く職人たち。
「……ずいぶんと、景気が良いようですな」
探るような口調。
ルナは、穏やかに答える。
「ええ。
使うべきところで、使っておりますので」
「ですが、このご時世……」
官僚の一人が、言葉を濁す。
ルナは、そこで遮った。
「倹約中の王都では、
税収が下がり、
さらなる倹約に入っていると聞きました」
空気が、わずかに張りつめる。
「一方で、我が領地は安泰ですわ。
税収も、上がっております」
事実を述べただけだ。
だが、それは、強烈な対比だった。
「……なぜ、そう言い切れるのですか」
官僚が、苦し紛れに尋ねる。
ルナは、はっきりと答えた。
「簡単ですわ。
お金を、殺していないからです」
市場を歩く民の姿を示すように、窓の外へ視線を向ける。
「彼らが使い、
商人が回し、
職人が稼ぎ、
結果として、税になる」
難しい理論ではない。
ただ、怖くてやらないだけだ。
官僚たちは、それ以上反論できなかった。
理念ではなく、現実が目の前にあるからだ。
午後、ルナは領内を巡回する。
舗装された道を馬車が軽やかに進む。
――ドレスが汚れない。
その些細な理由で始めた事業が、
今では、領地全体を支えている。
夕方、王太子ユピテル・アストラから、使者が来た。
言葉は丁寧だが、焦りが滲んでいる。
「殿下が……
ルナ様のお考えを、改めて伺いたいと」
ルナは、即答しなかった。
少しだけ考え、静かに告げる。
「今は、まだですわ」
理解が追いついていない相手に、
いくら説明しても、意味はない。
夜、書斎で一人になり、ルナはノートに書き留める。
――倹約は、防御。
――投資は、前進。
王都は、守りに入りすぎた。
その結果、動けなくなっている。
ルナ・ルクスは、窓の外の灯りを眺めながら思う。
景気とは、勇気ですわ。
使う勇気。
回す勇気。
止めない勇気。
それがある限り、
この領地は、沈まない。
王都が気づくかどうかは、分からない。
だが、数字は嘘をつかない。
そしていつか――
この“働いていない公爵令嬢”が、
誰よりも国を動かしていたと、
認めざるを得ない日が来るだろう。
もっとも、本人はその時も、
きっとこう言うのだ。
「ええ?
私は、何もしていませんわよ?」
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