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第15話 倹約は美徳?――いいえ、停滞ですわ
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第15話 倹約は美徳?――いいえ、停滞ですわ
朝の帳簿を眺めながら、ルナ・ルクスは小さく首をかしげた。
数字自体は、悪くない。
むしろ整っている。
――ですが、動いていませんわね。
王都から届いた報告書には、同じ言葉が何度も並んでいた。
「支出削減」
「倹約推進」
「緊縮財政」
どれも、耳触りはいい。
無駄を省き、慎ましく暮らす。
貴族として、民の模範となる。
理屈は理解できる。
だが、数字は正直だった。
税収は横ばい。
雇用は増えていない。
商人たちは在庫を抱え、職人は仕事を選べなくなっている。
――これ、前世で見た光景ですわ。
ルナは、深くため息をついた。
午前中、王都から来客があった。
倹約派として知られる重臣の一人で、王太子ユピテル・アストラの側近でもある。
「ルナ様。
最近の公爵領の動きについて、少々お伺いしたく」
丁寧な口調。
だが、目的は明確だ。
「贅沢が過ぎる、という声が出ております。
このご時世、支出を抑えるのが王都の方針でして」
ルナは、微笑みを崩さず答えた。
「ええ。承知しておりますわ」
そして、静かに続ける。
「ですが……
倹約は、美徳ではあっても、
万能ではありませんの」
重臣は、眉をひそめた。
「無駄遣いを減らすことは、悪いことではないでしょう」
「ええ。
使うべきでないところに使うのは、愚行ですわ」
そこまでは、同意だ。
だが、とルナは一拍置いた。
「使うべきところまで削れば、
お金は“死にます”」
空気が、わずかに張り詰める。
「お金は、貯めるためにあるのではありません。
回るためにありますの」
ルナは、用意してあった別の帳簿を差し出した。
それは、公爵領の消費と税収の推移をまとめたものだ。
「ご覧くださいませ。
職人への発注を止めなかった年、
税収は確実に伸びております」
重臣は、黙って数字を追った。
「贅沢とは、
市井に金を落とし、
仕事を生み、
次の税を育てる行為ですわ」
派手な言葉ではない。
だが、論理は揺るがない。
「倹約しすぎれば、
商人は動けず、
職人は育たず、
民は守りに入る」
そして最後に、こう締めくくった。
「それは……
負のスパイラルですわ」
重臣は、すぐには反論できなかった。
理念ではなく、現実の数字を突きつけられたからだ。
午後、ルナは公爵邸の応接室で、領内の商人たちと短い面会を行った。
内容は単純。
「今まで通りで、構いませんわ」
それだけで、商人たちの表情が明るくなる。
「無理に値を下げる必要はありません。
品質を落とす必要もありません」
彼らは、深く頭を下げた。
安定した需要が、どれほどありがたいかを知っているからだ。
夕方、庭園を歩きながら、ルナは静かに思う。
倹約は、
守りにはなる。
だが、
未来は生まない。
夜、王太子ユピテル・アストラから、再び書簡が届いた。
そこには、短くこう記されていた。
『王都は倹約を重んじる。
君のやり方は、派手すぎるのではないか』
ルナは、書簡を読み、そっと机に置いた。
「……派手?」
思わず、苦笑が漏れる。
舞踏会も減らしている。
無意味な社交も断っている。
やっているのは、ただ――
止めないことだけだ。
ルナは、ペンを取り、返事を書く。
『殿下。
倹約は否定いたしません。
ですが、回らない経済は、
もっと高くつきますわ』
それ以上は、書かなかった。
理解されるかどうかは、問題ではない。
彼女はもう、
「正しそうな方針」に振り回されるつもりはなかった。
ルナ・ルクスは、静かに確信していた。
お金を溜め込むだけの国は、
やがて動けなくなります。
だからこそ――
今日も彼女は、
何もしないようで、
決して止めない。
それが、
公爵令嬢ルナ・ルクスの、
揺るがぬ流儀だった。
朝の帳簿を眺めながら、ルナ・ルクスは小さく首をかしげた。
数字自体は、悪くない。
むしろ整っている。
――ですが、動いていませんわね。
王都から届いた報告書には、同じ言葉が何度も並んでいた。
「支出削減」
「倹約推進」
「緊縮財政」
どれも、耳触りはいい。
無駄を省き、慎ましく暮らす。
貴族として、民の模範となる。
理屈は理解できる。
だが、数字は正直だった。
税収は横ばい。
雇用は増えていない。
商人たちは在庫を抱え、職人は仕事を選べなくなっている。
――これ、前世で見た光景ですわ。
ルナは、深くため息をついた。
午前中、王都から来客があった。
倹約派として知られる重臣の一人で、王太子ユピテル・アストラの側近でもある。
「ルナ様。
最近の公爵領の動きについて、少々お伺いしたく」
丁寧な口調。
だが、目的は明確だ。
「贅沢が過ぎる、という声が出ております。
このご時世、支出を抑えるのが王都の方針でして」
ルナは、微笑みを崩さず答えた。
「ええ。承知しておりますわ」
そして、静かに続ける。
「ですが……
倹約は、美徳ではあっても、
万能ではありませんの」
重臣は、眉をひそめた。
「無駄遣いを減らすことは、悪いことではないでしょう」
「ええ。
使うべきでないところに使うのは、愚行ですわ」
そこまでは、同意だ。
だが、とルナは一拍置いた。
「使うべきところまで削れば、
お金は“死にます”」
空気が、わずかに張り詰める。
「お金は、貯めるためにあるのではありません。
回るためにありますの」
ルナは、用意してあった別の帳簿を差し出した。
それは、公爵領の消費と税収の推移をまとめたものだ。
「ご覧くださいませ。
職人への発注を止めなかった年、
税収は確実に伸びております」
重臣は、黙って数字を追った。
「贅沢とは、
市井に金を落とし、
仕事を生み、
次の税を育てる行為ですわ」
派手な言葉ではない。
だが、論理は揺るがない。
「倹約しすぎれば、
商人は動けず、
職人は育たず、
民は守りに入る」
そして最後に、こう締めくくった。
「それは……
負のスパイラルですわ」
重臣は、すぐには反論できなかった。
理念ではなく、現実の数字を突きつけられたからだ。
午後、ルナは公爵邸の応接室で、領内の商人たちと短い面会を行った。
内容は単純。
「今まで通りで、構いませんわ」
それだけで、商人たちの表情が明るくなる。
「無理に値を下げる必要はありません。
品質を落とす必要もありません」
彼らは、深く頭を下げた。
安定した需要が、どれほどありがたいかを知っているからだ。
夕方、庭園を歩きながら、ルナは静かに思う。
倹約は、
守りにはなる。
だが、
未来は生まない。
夜、王太子ユピテル・アストラから、再び書簡が届いた。
そこには、短くこう記されていた。
『王都は倹約を重んじる。
君のやり方は、派手すぎるのではないか』
ルナは、書簡を読み、そっと机に置いた。
「……派手?」
思わず、苦笑が漏れる。
舞踏会も減らしている。
無意味な社交も断っている。
やっているのは、ただ――
止めないことだけだ。
ルナは、ペンを取り、返事を書く。
『殿下。
倹約は否定いたしません。
ですが、回らない経済は、
もっと高くつきますわ』
それ以上は、書かなかった。
理解されるかどうかは、問題ではない。
彼女はもう、
「正しそうな方針」に振り回されるつもりはなかった。
ルナ・ルクスは、静かに確信していた。
お金を溜め込むだけの国は、
やがて動けなくなります。
だからこそ――
今日も彼女は、
何もしないようで、
決して止めない。
それが、
公爵令嬢ルナ・ルクスの、
揺るがぬ流儀だった。
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