婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

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第11話 後悔は、秩序を取り戻さない

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第11話 後悔は、秩序を取り戻さない

 王城の中枢が、明確に混乱し始めたのはその翌日だった。

 夜明け前から、商務庁、財務庁、外交部――あらゆる部署に人が集められ、通路は慌ただしい足音で満たされている。

「確認を急げ!」
「なぜ、事前連絡がなかった!」
「港湾都市の動きは!?」

 怒声と焦りが、至るところで交錯していた。

 第一王太子アルノルトは、会議室の中央に立ち、険しい表情で報告を聞いていた。

「……改めて申し上げますが」

 財務官が、震える声で続ける。

「シュタインベルク公国との主要取引は、すでに完全に別ルートへ移行しています。
 現時点で、復帰の余地は……ありません」

「そんなはずはない」

 アルノルトは即座に否定した。

「こちらは王国だ。
 あちらが一方的に切るなど――」

「殿下」

 宰相が、静かに遮る。

「“切られた”のではありません。
 “選ばれなかった”のです」

 その言葉は、会議室に冷たい沈黙を落とした。

「王国は、再交渉の要請を拒否しました。
 公国側は、その判断を尊重しただけです」

 尊重――。

 皮肉な言葉だった。

「……つまり、こちらが、機会を放棄したと?」

 アルノルトの声は低く、怒りを押し殺している。

「はい」

 宰相は、迷いなく答えた。

「そして、公国は“代替案”を用意していました。
 それを提示したのが――」

 宰相は、一瞬だけ言葉を止めた。

「……セラフィナ・ヴァルシュタイン公爵夫人です」

 その名が出た瞬間、アルノルトの表情が硬直する。

 会議室の空気が、はっきりと変わった。

「……彼女が?」

「はい。
 公国の政策立案と交渉方針の中心にいると、確認が取れています」

 アルノルトは、思わず椅子の背に手をついた。

(そんな、はずがない)

 だが、心のどこかで、彼は理解していた。

 ――あり得る。

 いや、むしろ当然だ。

 あのとき、自分は何と言った?

 “完璧すぎる”。
 “癒やしがない”。

 それが、理由だった。

「……戻ってきてくれれば」

 誰にともなく、アルノルトが呟いた。

 その言葉に、重臣たちは一斉に顔を伏せた。

「殿下」

 宰相の声は、静かだが厳しかった。

「それは、もはや“選択肢”ではありません」

 アルノルトは、唇を噛みしめる。

 後悔が、胸の奥でじわじわと膨らんでいく。

 その日の午後。

 王城の別室で、ノエリアは女官長から呼び出されていた。

「ノエリア様」

「はい……」

 女官長は、いつもより慎重な表情をしている。

「最近、殿下のお側に仕える役目について、見直しの声が上がっています」

「……見直し、ですか?」

「はい。
 現在の状況では、“癒やし”だけでは足りない、と」

 その言葉に、ノエリアの胸が締め付けられる。

(やっぱり……)

「ですが」

 女官長は、続けた。

「それは、ノエリア様の責任ではありません。
 役割が、最初から歪んでいたのです」

 ノエリアは、何も言えなかった。

 彼女自身も、薄々感じていた。

 自分は、この場所に“選ばれた”のではなく、
 “都合よく置かれた”だけなのだと。

 夜。

 アルノルトは、ひとり執務室で古い書類を引き出していた。

 そこには、かつてセラフィナがまとめた改革案が、丁寧に綴じられている。

 無駄のない文章。
 先を見据えた数字。
 感情に流されない判断。

「……なぜ、わからなかった」

 呟きは、誰にも届かない。

 後悔は、ここにある。

 だが、それは――
 秩序を取り戻す力を、もう持っていなかった。

 一方、シュタインベルク公国。

 夜の執務室で、私はカルヴァスと向かい合っていた。

「王国は、混乱しているようです」

「当然だ」

 彼は、短く答える。

「だが、こちらは立ち止まらない」

「ええ」

 私は、書類に目を落とす。

 後悔に、足を取られる余裕はない。

 正しい判断を、積み重ねるだけ。

「……セラフィナ」

 カルヴァスが、珍しく私の名を呼んだ。

「君を手放した国が、後悔するのは自然だ」

 私は、わずかに微笑んだ。

「後悔は、過去にしか存在しませんわ」

 未来を動かすのは、
 いつだって――今の選択だ。

 そして、その選択肢に、
 王国の名は、もう含まれていなかった。


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