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第13話 居場所は、音もなく消える
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第13話 居場所は、音もなく消える
王宮の朝は、いつもと変わらず始まっていた。
白い石畳の回廊。
高い天井から差し込む光。
規則正しく行き交う女官たち。
――何も、変わっていない。
それなのに。
(……空気が、違う)
ノエリアは、自分でも理由のわからない違和感を覚えながら歩いていた。
すれ違う女官たちが、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
あるいは、丁寧すぎるほどに頭を下げる。
どちらも、以前にはなかった反応だ。
アルノルトの執務室の前に立つと、扉は固く閉ざされていた。
「……殿下?」
控えめに声をかける。
返事はない。
代わりに、側近の一人が困ったような表情で近づいてきた。
「ノエリア様。
本日は、殿下は終日会議とのことで……」
「……そう、ですか」
最近、こういうことが増えている。
呼ばれない。
同席を求められない。
説明も、ない。
――ただ、距離だけが広がっていく。
その日の昼。
ノエリアは女官長から、別室へ呼び出された。
重厚な扉の向こうには、数名の上級女官が揃っている。
その空気だけで、内容は察せた。
「ノエリア様」
女官長は、いつになく慎重な口調で言った。
「王宮内での役割について、再編が決まりました」
「……再編、ですか?」
「はい。
現在の情勢を鑑み、殿下の身辺は、より実務に長けた者で固める方針となります」
実務。
その言葉が、胸に突き刺さる。
「それは……私は、不要だということでしょうか」
沈黙。
否定は、なかった。
「ノエリア様が劣っている、という意味ではありません」
女官長は、続ける。
「ただ……殿下が求めているのは、今は“癒やし”ではないのです」
その言葉で、すべてが理解できた。
最初から、そうだった。
彼女は、選ばれたのではない。
配置されたのだ。
「今後は、王宮東棟でお過ごしいただきます。
静養という名目ですが……」
名目。
つまり、事実上の退場だ。
「……承知しました」
ノエリアは、そう答えるしかなかった。
声は、震えなかった。
それが、せめてもの誇りだった。
部屋に戻り、荷物をまとめながら、ノエリアは窓の外を見た。
かつて、ここからアルノルトを見送った。
笑顔で、手を振った。
(……私、何を期待していたのかしら)
彼が求めていたのは、
共に悩み、共に決断する存在ではない。
ただ、重さを引き受けない“軽さ”だった。
それを、彼女自身が望んだわけではないのに。
夕刻。
王城の一室で、アルノルトは報告を受けていた。
「ノエリア様は、東棟へ移られました」
「……そうか」
短い返答。
感情は、読み取れない。
「特に、ご不満などは?」
「ない」
それ以上、彼は何も言わなかった。
だが、心の奥で、何かが引っかかる。
――なぜだ。
彼女は、従順だった。
癒やしだった。
問題を起こさなかった。
それなのに。
(……何も、残らない)
同じ頃。
シュタインベルク公国では、セラフィナが書類に目を通していた。
「王宮で、人の入れ替えがあったようです」
側近の報告に、彼女は視線を上げる。
「……ノエリア、ですわね」
「はい。
実務から外された、と」
セラフィナは、静かに頷いた。
「想定内です」
感情は、混じらない。
「“癒やし”は、責任を負えませんもの」
それは、冷たい言葉ではない。
ただの事実だ。
「王国は、今後さらに混乱するでしょう」
「ええ」
彼女は、書類に再び目を落とす。
「失ったものが何だったのか、
理解できないままですから」
夜。
東棟の静かな部屋で、ノエリアは一人、ベッドに腰掛けていた。
装飾も少なく、音もない。
けれど、ここは――
誰にも期待されない場所だ。
(……楽、なのかもしれないわね)
そう思おうとして、
それでも、胸の奥が痛む。
だが、彼女はまだ知らない。
“選ばれなかった”ことと、
“価値がない”ことは、まったく違うのだと。
王宮は、静かに彼女を外した。
音もなく、非難もなく。
それが、
もっとも残酷な形の“ざまぁ”であることに、
王国自身が気づくのは――もう少し先の話だった。
---
王宮の朝は、いつもと変わらず始まっていた。
白い石畳の回廊。
高い天井から差し込む光。
規則正しく行き交う女官たち。
――何も、変わっていない。
それなのに。
(……空気が、違う)
ノエリアは、自分でも理由のわからない違和感を覚えながら歩いていた。
すれ違う女官たちが、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
あるいは、丁寧すぎるほどに頭を下げる。
どちらも、以前にはなかった反応だ。
アルノルトの執務室の前に立つと、扉は固く閉ざされていた。
「……殿下?」
控えめに声をかける。
返事はない。
代わりに、側近の一人が困ったような表情で近づいてきた。
「ノエリア様。
本日は、殿下は終日会議とのことで……」
「……そう、ですか」
最近、こういうことが増えている。
呼ばれない。
同席を求められない。
説明も、ない。
――ただ、距離だけが広がっていく。
その日の昼。
ノエリアは女官長から、別室へ呼び出された。
重厚な扉の向こうには、数名の上級女官が揃っている。
その空気だけで、内容は察せた。
「ノエリア様」
女官長は、いつになく慎重な口調で言った。
「王宮内での役割について、再編が決まりました」
「……再編、ですか?」
「はい。
現在の情勢を鑑み、殿下の身辺は、より実務に長けた者で固める方針となります」
実務。
その言葉が、胸に突き刺さる。
「それは……私は、不要だということでしょうか」
沈黙。
否定は、なかった。
「ノエリア様が劣っている、という意味ではありません」
女官長は、続ける。
「ただ……殿下が求めているのは、今は“癒やし”ではないのです」
その言葉で、すべてが理解できた。
最初から、そうだった。
彼女は、選ばれたのではない。
配置されたのだ。
「今後は、王宮東棟でお過ごしいただきます。
静養という名目ですが……」
名目。
つまり、事実上の退場だ。
「……承知しました」
ノエリアは、そう答えるしかなかった。
声は、震えなかった。
それが、せめてもの誇りだった。
部屋に戻り、荷物をまとめながら、ノエリアは窓の外を見た。
かつて、ここからアルノルトを見送った。
笑顔で、手を振った。
(……私、何を期待していたのかしら)
彼が求めていたのは、
共に悩み、共に決断する存在ではない。
ただ、重さを引き受けない“軽さ”だった。
それを、彼女自身が望んだわけではないのに。
夕刻。
王城の一室で、アルノルトは報告を受けていた。
「ノエリア様は、東棟へ移られました」
「……そうか」
短い返答。
感情は、読み取れない。
「特に、ご不満などは?」
「ない」
それ以上、彼は何も言わなかった。
だが、心の奥で、何かが引っかかる。
――なぜだ。
彼女は、従順だった。
癒やしだった。
問題を起こさなかった。
それなのに。
(……何も、残らない)
同じ頃。
シュタインベルク公国では、セラフィナが書類に目を通していた。
「王宮で、人の入れ替えがあったようです」
側近の報告に、彼女は視線を上げる。
「……ノエリア、ですわね」
「はい。
実務から外された、と」
セラフィナは、静かに頷いた。
「想定内です」
感情は、混じらない。
「“癒やし”は、責任を負えませんもの」
それは、冷たい言葉ではない。
ただの事実だ。
「王国は、今後さらに混乱するでしょう」
「ええ」
彼女は、書類に再び目を落とす。
「失ったものが何だったのか、
理解できないままですから」
夜。
東棟の静かな部屋で、ノエリアは一人、ベッドに腰掛けていた。
装飾も少なく、音もない。
けれど、ここは――
誰にも期待されない場所だ。
(……楽、なのかもしれないわね)
そう思おうとして、
それでも、胸の奥が痛む。
だが、彼女はまだ知らない。
“選ばれなかった”ことと、
“価値がない”ことは、まったく違うのだと。
王宮は、静かに彼女を外した。
音もなく、非難もなく。
それが、
もっとも残酷な形の“ざまぁ”であることに、
王国自身が気づくのは――もう少し先の話だった。
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