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第二十話 王都、甘味に震える
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第二十話 王都、甘味に震える
王都は、雪が降らない。
冬でも、北ほど冷え込まない。
湿度は高く、空気は重い。
そして――甘味は、遠い。
南方砂糖商会の倉庫に並ぶのは、茶色く粗い砂糖の塊。
高価。
重い。
貴族の宴席専用。
市井の者には、縁のないもの。
だが今、王都の空気は妙にざわついていた。
「北の白砂糖を、食べたか?」
「口の中で溶けるらしい」
「パンが浮くらしいぞ」
浮くパン。
それはもはや都市伝説のように語られている。
王都には、スイーツを常設で出せるカフェはない。
茶店はある。
紅茶を出す店はある。
だが菓子は干し果実や堅焼きの菓子程度。
ふわふわなど、存在しない。
理由は単純。
砂糖が高すぎる。
乳が腐る。
湿度が高く粉が保存できない。
それを、北が突破した。
王宮の会議室で、王太子は机を叩く。
「なぜ王都でできぬ!」
沈黙。
商会代表が口を開く。
「北は寒冷地ゆえ……」
「湿度も低いそうです」
つまり、環境が違う。
王都で魔法の粉を使っても、湿気で劣化する。
乳も傷みやすい。
冷蔵技術がない。
王都は“甘味向き”ではない。
王太子は苛立つ。
「では北を押さえよ」
だがそれは簡単ではない。
北のてんさい糖は王家公認。
正式流通。
市場は既に動いている。
強引な規制は、民の反発を招く。
一方、北。
私は第二工場の建設計画を確認していた。
てんさい糖の生産量は増えている。
農民の収入も増加。
領地は潤い始めた。
道路整備が進み、商人が集まる。
観光客が増える。
北甘味茶房は、もはや一店舗では足りない。
「お嬢様」
助手が報告する。
「王都から貴族が視察に」
「受け入れます」
断らない。
見せる。
堂々と。
視察団は茶房でパンケーキを口にする。
最初は半信半疑。
だが一口で、顔色が変わる。
「……これは」
「軽い」
「甘いのに、くどくない」
彼らは理解する。
これは単なる贅沢ではない。
日常に落とせる甘味。
貴族だけのものではない。
それが、恐ろしい。
「北は、どうして可能なのだ」
私は静かに答える。
「寒冷地だからです」
「寒さが?」
「はい。乳は傷みにくく、粉は湿気にくい」
天然冷蔵庫。
天然乾燥庫。
王都では不可能。
北だから可能。
私は続ける。
「王都で無理なものも、北では可能です」
それは甘味だけではない。
産業。
加工業。
保存業。
北は変わる。
その夜、父が静かに言う。
「王太子が焦っている」
「当然ですわね」
北はもはや辺境ではない。
“甘味の中心”。
王都の若者が北を目指す。
職人が移住する。
資金が流れる。
王国の重心が、じわりと動く。
私は窓辺に立つ。
雪明かりが白い。
白砂糖の結晶を思わせる。
婚約破棄されたあの日。
私は絶望した。
カフェは不可能。
砂糖がない。
乳が腐る。
林檎は酸っぱい。
蜂蜜は高い。
だが一つずつ、壁を壊した。
てんさい糖。
精製技術。
魔法の粉。
そして寒冷地という環境。
北は甘味向きだった。
王都は違う。
だからこそ。
北は誇れる。
数日後、王都から再び書簡が届く。
王立研究院と共同研究の提案。
てんさい糖のさらなる改良。
白砂糖の量産。
私は微笑む。
敵対から、協調へ。
王都は学び始めた。
力で押さえるのではなく、技術を学ぶ。
それでいい。
私は呟く。
「甘味は、争いより早く広がる」
北のお菓子の国。
それはもはや異名ではない。
王都が震え、
民が笑い、
職人が集まる。
白砂糖は、静かに王国を塗り替えていく。
そして私は、鉄板の前に立つ。
じゅう、と音がする。
ふわり、と膨らむ。
革命は、今日も香ばしい匂いを放っていた。
王都は、雪が降らない。
冬でも、北ほど冷え込まない。
湿度は高く、空気は重い。
そして――甘味は、遠い。
南方砂糖商会の倉庫に並ぶのは、茶色く粗い砂糖の塊。
高価。
重い。
貴族の宴席専用。
市井の者には、縁のないもの。
だが今、王都の空気は妙にざわついていた。
「北の白砂糖を、食べたか?」
「口の中で溶けるらしい」
「パンが浮くらしいぞ」
浮くパン。
それはもはや都市伝説のように語られている。
王都には、スイーツを常設で出せるカフェはない。
茶店はある。
紅茶を出す店はある。
だが菓子は干し果実や堅焼きの菓子程度。
ふわふわなど、存在しない。
理由は単純。
砂糖が高すぎる。
乳が腐る。
湿度が高く粉が保存できない。
それを、北が突破した。
王宮の会議室で、王太子は机を叩く。
「なぜ王都でできぬ!」
沈黙。
商会代表が口を開く。
「北は寒冷地ゆえ……」
「湿度も低いそうです」
つまり、環境が違う。
王都で魔法の粉を使っても、湿気で劣化する。
乳も傷みやすい。
冷蔵技術がない。
王都は“甘味向き”ではない。
王太子は苛立つ。
「では北を押さえよ」
だがそれは簡単ではない。
北のてんさい糖は王家公認。
正式流通。
市場は既に動いている。
強引な規制は、民の反発を招く。
一方、北。
私は第二工場の建設計画を確認していた。
てんさい糖の生産量は増えている。
農民の収入も増加。
領地は潤い始めた。
道路整備が進み、商人が集まる。
観光客が増える。
北甘味茶房は、もはや一店舗では足りない。
「お嬢様」
助手が報告する。
「王都から貴族が視察に」
「受け入れます」
断らない。
見せる。
堂々と。
視察団は茶房でパンケーキを口にする。
最初は半信半疑。
だが一口で、顔色が変わる。
「……これは」
「軽い」
「甘いのに、くどくない」
彼らは理解する。
これは単なる贅沢ではない。
日常に落とせる甘味。
貴族だけのものではない。
それが、恐ろしい。
「北は、どうして可能なのだ」
私は静かに答える。
「寒冷地だからです」
「寒さが?」
「はい。乳は傷みにくく、粉は湿気にくい」
天然冷蔵庫。
天然乾燥庫。
王都では不可能。
北だから可能。
私は続ける。
「王都で無理なものも、北では可能です」
それは甘味だけではない。
産業。
加工業。
保存業。
北は変わる。
その夜、父が静かに言う。
「王太子が焦っている」
「当然ですわね」
北はもはや辺境ではない。
“甘味の中心”。
王都の若者が北を目指す。
職人が移住する。
資金が流れる。
王国の重心が、じわりと動く。
私は窓辺に立つ。
雪明かりが白い。
白砂糖の結晶を思わせる。
婚約破棄されたあの日。
私は絶望した。
カフェは不可能。
砂糖がない。
乳が腐る。
林檎は酸っぱい。
蜂蜜は高い。
だが一つずつ、壁を壊した。
てんさい糖。
精製技術。
魔法の粉。
そして寒冷地という環境。
北は甘味向きだった。
王都は違う。
だからこそ。
北は誇れる。
数日後、王都から再び書簡が届く。
王立研究院と共同研究の提案。
てんさい糖のさらなる改良。
白砂糖の量産。
私は微笑む。
敵対から、協調へ。
王都は学び始めた。
力で押さえるのではなく、技術を学ぶ。
それでいい。
私は呟く。
「甘味は、争いより早く広がる」
北のお菓子の国。
それはもはや異名ではない。
王都が震え、
民が笑い、
職人が集まる。
白砂糖は、静かに王国を塗り替えていく。
そして私は、鉄板の前に立つ。
じゅう、と音がする。
ふわり、と膨らむ。
革命は、今日も香ばしい匂いを放っていた。
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