21 / 40
第二十一話 甘味の都、北へ
しおりを挟む
第二十一話 甘味の都、北へ
春の訪れは、北の地では遅い。
だが今年の北は、雪解けよりも早く熱気に包まれていた。
街道を行き交う馬車の数が増えている。
荷台にはてんさい。
白い結晶を詰めた木箱。
そして――人。
職人、商人、見物客。
“北のお菓子の国”は、もはや噂ではない。
私は高台から街を見下ろす。
かつては静かな農村だった。
今は甘い匂いが漂う都市へと変わりつつある。
砂糖は、ただの甘味ではない。
経済だ。
雇用だ。
誇りだ。
北甘味茶房の前では、今日も行列ができている。
パンケーキ。
スコーン。
白砂糖のクッキー。
ふわふわの生地は、王都の人々を驚かせる。
王都には、いまだに硬いパンしかない。
湿度が高い。
粉が保存できない。
乳が傷む。
だからスイーツが日常化しない。
北は違う。
寒冷。
低湿度。
天然冷蔵庫。
天然乾燥庫。
この環境が、甘味を可能にした。
「お嬢様」
助手が書簡を差し出す。
王都から。
私は封を切る。
王太子の直筆。
丁寧な文面。
だが、その裏に焦りが見える。
――北の成功を、王都でも再現したい。
私は静かに息を吐く。
再現は、難しい。
環境が違う。
だが完全に不可能ではない。
湿気対策。
冷却室。
人工乾燥。
コストは跳ね上がる。
王都では甘味は依然として贅沢品。
北では日常。
この差は大きい。
私は返書を書く。
協力はする。
だが条件がある。
北の技術者を尊重すること。
価格を釣り上げないこと。
民に届く甘味であること。
甘味は権力の道具にしない。
数日後、王都の貴族令嬢たちが北を訪れた。
視察という名の観光。
彼女たちは茶房で歓声を上げる。
「柔らかい!」
「白い!」
「甘いのに重くない!」
その顔を見て、私は思う。
甘味は、階級を溶かす。
農民も貴族も、同じ表情で笑う。
それが怖いのだ。
特権が揺らぐから。
その夜、父と執務室で向き合う。
「王都は北を“甘味の都”と呼び始めた」
「結構ですわ」
「だが同時に、警戒もしている」
当然だ。
富が集まれば、政治も動く。
北の収入は年々増えている。
てんさい糖の輸出。
加工品の販売。
観光収入。
北はもはや“辺境”ではない。
王国の経済の一角。
私は帳簿を閉じる。
「父上」
「何だ」
「次は教育です」
父が目を細める。
「甘味職人の育成学校を作ります」
技術は人に宿る。
知識を共有すれば、北は長く栄える。
独占ではなく、体系化。
甘味を文化にする。
父はゆっくり頷く。
「王都は?」
「学びたければ来ればいい」
北が中心になる。
それだけの話。
翌朝、私は畑を歩く。
雪解けの土から、てんさいの芽が顔を出している。
大根のような根菜。
かつては家畜の餌。
今は白い金。
芋女と蔑まれた私が、この根で王都と渡り合う。
皮肉だが、悪くない。
茶房に戻ると、職人たちが新作を試していた。
白砂糖を使った軽いスポンジ。
ふわりと弾む。
私は一口食べる。
甘さは穏やか。
軽い。
日常向き。
「いいですわ」
職人がほっと息を吐く。
北は進化している。
ただのパンケーキから、次の段階へ。
私は窓の外を見る。
人の流れが絶えない。
北は、甘味で生まれ変わった。
婚約破棄の日、私は終わったと思った。
だが今。
北は始まっている。
王都が震え、
商人が焦り、
貴族が訪れる。
白砂糖は、静かに秩序を変える。
私は小さく呟く。
「甘味は、武器ではなく未来ですわ」
北のお菓子の国。
その名は、もう誰も笑わない。
甘味の都は、確かにここにあった。
春の訪れは、北の地では遅い。
だが今年の北は、雪解けよりも早く熱気に包まれていた。
街道を行き交う馬車の数が増えている。
荷台にはてんさい。
白い結晶を詰めた木箱。
そして――人。
職人、商人、見物客。
“北のお菓子の国”は、もはや噂ではない。
私は高台から街を見下ろす。
かつては静かな農村だった。
今は甘い匂いが漂う都市へと変わりつつある。
砂糖は、ただの甘味ではない。
経済だ。
雇用だ。
誇りだ。
北甘味茶房の前では、今日も行列ができている。
パンケーキ。
スコーン。
白砂糖のクッキー。
ふわふわの生地は、王都の人々を驚かせる。
王都には、いまだに硬いパンしかない。
湿度が高い。
粉が保存できない。
乳が傷む。
だからスイーツが日常化しない。
北は違う。
寒冷。
低湿度。
天然冷蔵庫。
天然乾燥庫。
この環境が、甘味を可能にした。
「お嬢様」
助手が書簡を差し出す。
王都から。
私は封を切る。
王太子の直筆。
丁寧な文面。
だが、その裏に焦りが見える。
――北の成功を、王都でも再現したい。
私は静かに息を吐く。
再現は、難しい。
環境が違う。
だが完全に不可能ではない。
湿気対策。
冷却室。
人工乾燥。
コストは跳ね上がる。
王都では甘味は依然として贅沢品。
北では日常。
この差は大きい。
私は返書を書く。
協力はする。
だが条件がある。
北の技術者を尊重すること。
価格を釣り上げないこと。
民に届く甘味であること。
甘味は権力の道具にしない。
数日後、王都の貴族令嬢たちが北を訪れた。
視察という名の観光。
彼女たちは茶房で歓声を上げる。
「柔らかい!」
「白い!」
「甘いのに重くない!」
その顔を見て、私は思う。
甘味は、階級を溶かす。
農民も貴族も、同じ表情で笑う。
それが怖いのだ。
特権が揺らぐから。
その夜、父と執務室で向き合う。
「王都は北を“甘味の都”と呼び始めた」
「結構ですわ」
「だが同時に、警戒もしている」
当然だ。
富が集まれば、政治も動く。
北の収入は年々増えている。
てんさい糖の輸出。
加工品の販売。
観光収入。
北はもはや“辺境”ではない。
王国の経済の一角。
私は帳簿を閉じる。
「父上」
「何だ」
「次は教育です」
父が目を細める。
「甘味職人の育成学校を作ります」
技術は人に宿る。
知識を共有すれば、北は長く栄える。
独占ではなく、体系化。
甘味を文化にする。
父はゆっくり頷く。
「王都は?」
「学びたければ来ればいい」
北が中心になる。
それだけの話。
翌朝、私は畑を歩く。
雪解けの土から、てんさいの芽が顔を出している。
大根のような根菜。
かつては家畜の餌。
今は白い金。
芋女と蔑まれた私が、この根で王都と渡り合う。
皮肉だが、悪くない。
茶房に戻ると、職人たちが新作を試していた。
白砂糖を使った軽いスポンジ。
ふわりと弾む。
私は一口食べる。
甘さは穏やか。
軽い。
日常向き。
「いいですわ」
職人がほっと息を吐く。
北は進化している。
ただのパンケーキから、次の段階へ。
私は窓の外を見る。
人の流れが絶えない。
北は、甘味で生まれ変わった。
婚約破棄の日、私は終わったと思った。
だが今。
北は始まっている。
王都が震え、
商人が焦り、
貴族が訪れる。
白砂糖は、静かに秩序を変える。
私は小さく呟く。
「甘味は、武器ではなく未来ですわ」
北のお菓子の国。
その名は、もう誰も笑わない。
甘味の都は、確かにここにあった。
0
あなたにおすすめの小説
勝手に勘違いして、婚約破棄したあなたが悪い
猿喰 森繁
恋愛
「アリシア。婚約破棄をしてほしい」
「婚約破棄…ですか」
「君と僕とでは、やはり身分が違いすぎるんだ」
「やっぱり上流階級の人間は、上流階級同士でくっつくべきだと思うの。あなたもそう思わない?」
「はぁ…」
なんと返したら良いのか。
私の家は、一代貴族と言われている。いわゆる平民からの成り上がりである。
そんなわけで、没落貴族の息子と政略結婚ならぬ政略婚約をしていたが、その相手から婚約破棄をされてしまった。
理由は、私の家が事業に失敗して、莫大な借金を抱えてしまったからというものだった。
もちろん、そんなのは誰かが飛ばした噂でしかない。
それを律儀に信じてしまったというわけだ。
金の切れ目が縁の切れ目って、本当なのね。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
あなたが捨てた花冠と后の愛
小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。
順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。
そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。
リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。
そのためにリリィが取った行動とは何なのか。
リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。
2人の未来はいかに···
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する
ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。
その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。
シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。
皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。
やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。
愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。
今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。
シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す―
一部タイトルを変更しました。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる