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この世界で、イオと出会ったのは――俺が六歳のときだった。
町外れのスラム街。
名前も知らない路地で、俺は孤児として生きていた。
誰からも必要とされず、
誰にも呼ばれず、
ただ生き延びるために、盗みをしてはわずかな残飯を口に運ぶ日々。
腹は常に空いていた。
体は冷えきっていて、夜になると震えが止まらなかった。
それ以上に、きつかったのは――さびしさだった。
「……もう、いいか」
ある日、路地の奥で膝を抱えながら、そう思った。
苦しい。
つらい。
何より、何も感じたくない。
誰にも見つけられず、
誰にも覚えられず、
このまま全部終われば楽なのに。
そう考えた瞬間、胸の奥がすっと冷えた。
感情を、閉じた。
――キィン。
耳鳴りのような音がして、世界が遠ざかる。
人の声も、風の音も、すべて消えた。
気づけば、俺は一人きりだった。
本当に、世界に俺だけが残されたみたいな感覚。
「……?」
怖くはなかった。
むしろ、不思議と落ち着いていた。
やっと、誰からも忘れられた。
やっと、楽になれた。
……そう思ったのに。
手足の感覚は残っている。
頭も、妙に冴えている。
「なんだ……これ……」
戸惑っているうちに、音が少しずつ戻ってきた。
世界が、また動き出す。
その日からだった。
同じ感覚が、何度も訪れるようになったのは。
その状態になると、
人のそばを通っても気づかれない。
物に触れても、誰も反応しない。
盗みは、簡単だった。
成功するたび、胸が高鳴った。
生きられる。
まだ、生きられる。
――けれど、それも長くは続かなかった。
「最近、物が消える」
「誰も見ていないのに」
噂が広まり、警戒が強まる。
ある日、いつものように感覚を遮断し、盗みを終えた瞬間――
それを解除した途端、背後から荒い声が響いた。
「いたぞ!」
逃げた。
でも、子どもの足は遅い。
すぐに捕まえられ、連れて行かれた先で出会ったのが――
イオの父、侯爵だった。
鋭くも、静かな目。
「……お前の能力は、この国の要になる」
そう言って、俺を見下ろした。
「一緒に来るか」
断る理由は、なかった。
一人じゃ、どうせ何もできない。
ここで拒んだら、きっと良くないことになる。
だから、ただ頷いた。
連れて行かれた屋敷は、
それまで見たどんな建物よりも大きく、眩しかった。
そこで、出会った。
さらさらの黒髪。
大きな、黒い丸い瞳。
精巧な人形みたいな少年――イオ。
「この子がお前の弟だ。
そして、お前は今日からこの家の養子だ」
そう告げられ、俺はイオの前に立たされた。
ぼろぼろの服。
汚れた手。
目も合わせてもらえないだろうと思った。
けれど、イオはじっと俺を見つめ、目を丸くしたあと、こう聞いた。
「……君は、なんていう名前なんだ?」
そのとき、初めて気づいた。
――俺には、名前がない。
「……ない」
そう答えると、イオはさらに驚いた顔をして、少し考え込む。
そして、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、君はカイルだ」
「……?」
「海みたいに、透き通った目をしてるから」
その言葉が、胸に落ちた。
誰かが、
初めて俺に、名前をくれた。
――それが、
俺が“カイル”になった日だった。
町外れのスラム街。
名前も知らない路地で、俺は孤児として生きていた。
誰からも必要とされず、
誰にも呼ばれず、
ただ生き延びるために、盗みをしてはわずかな残飯を口に運ぶ日々。
腹は常に空いていた。
体は冷えきっていて、夜になると震えが止まらなかった。
それ以上に、きつかったのは――さびしさだった。
「……もう、いいか」
ある日、路地の奥で膝を抱えながら、そう思った。
苦しい。
つらい。
何より、何も感じたくない。
誰にも見つけられず、
誰にも覚えられず、
このまま全部終われば楽なのに。
そう考えた瞬間、胸の奥がすっと冷えた。
感情を、閉じた。
――キィン。
耳鳴りのような音がして、世界が遠ざかる。
人の声も、風の音も、すべて消えた。
気づけば、俺は一人きりだった。
本当に、世界に俺だけが残されたみたいな感覚。
「……?」
怖くはなかった。
むしろ、不思議と落ち着いていた。
やっと、誰からも忘れられた。
やっと、楽になれた。
……そう思ったのに。
手足の感覚は残っている。
頭も、妙に冴えている。
「なんだ……これ……」
戸惑っているうちに、音が少しずつ戻ってきた。
世界が、また動き出す。
その日からだった。
同じ感覚が、何度も訪れるようになったのは。
その状態になると、
人のそばを通っても気づかれない。
物に触れても、誰も反応しない。
盗みは、簡単だった。
成功するたび、胸が高鳴った。
生きられる。
まだ、生きられる。
――けれど、それも長くは続かなかった。
「最近、物が消える」
「誰も見ていないのに」
噂が広まり、警戒が強まる。
ある日、いつものように感覚を遮断し、盗みを終えた瞬間――
それを解除した途端、背後から荒い声が響いた。
「いたぞ!」
逃げた。
でも、子どもの足は遅い。
すぐに捕まえられ、連れて行かれた先で出会ったのが――
イオの父、侯爵だった。
鋭くも、静かな目。
「……お前の能力は、この国の要になる」
そう言って、俺を見下ろした。
「一緒に来るか」
断る理由は、なかった。
一人じゃ、どうせ何もできない。
ここで拒んだら、きっと良くないことになる。
だから、ただ頷いた。
連れて行かれた屋敷は、
それまで見たどんな建物よりも大きく、眩しかった。
そこで、出会った。
さらさらの黒髪。
大きな、黒い丸い瞳。
精巧な人形みたいな少年――イオ。
「この子がお前の弟だ。
そして、お前は今日からこの家の養子だ」
そう告げられ、俺はイオの前に立たされた。
ぼろぼろの服。
汚れた手。
目も合わせてもらえないだろうと思った。
けれど、イオはじっと俺を見つめ、目を丸くしたあと、こう聞いた。
「……君は、なんていう名前なんだ?」
そのとき、初めて気づいた。
――俺には、名前がない。
「……ない」
そう答えると、イオはさらに驚いた顔をして、少し考え込む。
そして、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、君はカイルだ」
「……?」
「海みたいに、透き通った目をしてるから」
その言葉が、胸に落ちた。
誰かが、
初めて俺に、名前をくれた。
――それが、
俺が“カイル”になった日だった。
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