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今日は、寮対抗戦鬼ごっこ当日。
朝の空気はひどく澄んでいるのに、学園全体がざわついていた。
中庭には各寮の色とりどりのローブが揺れ、ネクタイの色が視界を埋め尽くす。
赤、青、黄、緑。遠目にもどの寮の生徒か一目で分かるその色彩が、いつもより少しだけ鮮やかに見えた。
ルールは単純だが、賞金は桁違いだ。
――100万ポイント。
各寮の半分が逃げる側、半分が捕まえる側となり、最終的に捕まえた数が点数となり、得点が最も高かった寮が学園で使用する現金代わりの100万ポイントを山分けできる。
学園内で現金代わりに使えるそれは、書籍も嗜好品も、娯楽も、欲しいものすべてに手が届く魔法の数字だ。
金欠ぎみの学生にとって、このイベントは遊びじゃない。狩りだ。
鬼役の生徒は腕輪をつけ、光沢のある金属が朝日にきらりと反射している。
その光を見ただけで、条件反射的に身が引き締まる者も多いだろう。
そして四つの寮とは別に、俺たちノーブル寮は役職持ちのみで人数が少ないため、イベントの間だけは各寮から協力者を募り、混成チームを組む。
選ばれるのは当然、忠誠心が高く、命令に従順な生徒――つまり、人気者である役職持ちの“親衛隊”だ。
打ち合わせのために集まったその一角は、異様な熱気に包まれていた。
「きゃー!」
……今の、どう聞いても男子の声だよな?
黄色く高い悲鳴が飛び交い、視線が一斉にこちらに集まる。
俺は反射的に、チャラ男の仮面をかぶったまま手を振った。
慣れた動作。笑顔。そういう役割だ。
自分の親衛隊のほうにウインクして目を合わせると、数名が胸を押さえてその場に崩れ落ち、ひとりは本当に失神していた。
……大丈夫か、あれ。
俺自身、自分の顔がそこまで騒がれる理由はよく分からない。
だが、ゲーム内で悪役ポジションを与えられているカイルは、どうやら整っているらしい。
滑らかな鼻筋、薄い唇、長いまつげが白い頬に影を落とす。その影が色っぽくてアンニュイだ、と。
らしい、というのは――
その感想を、やたらといつも耳元で囁いてくるやつがいるからだ。
「カイル、おはよう。今日も最高にきれいだね」
囁き声。近い。
ぞわり、と背中をなぞるような感覚に、反射的に距離を取ろうとして、肩が触れた。
……案の定。
張本人、先輩ウィランが、真横に立っていた。
「ここで何してるんだ、ウィラン」
少しだけ声を低くして問いかけると、彼は楽しそうに目を細める。
「何って、協力しに来たのさ。カイル見守り隊の一員としてね。親友としてもね?」
――いつ親友になった。
それ以前に、なんだそのふざけた親衛隊の名称は。
呆れた視線を向けても、ウィランはまるで気にしない。
むしろ、俺の表情を一つ残らず逃さないように、じっと見てくる。その視線が、やけに絡みつく。
今は打ち合わせ中だ。
こいつにペースを乱されるわけにはいかない。
俺は軽薄な笑みを浮かべ、内心のざわめきを押し殺した。
すると、空気がぴたりと変わる。
「――静粛に」
風紀委員の注意事項説明だ。
前に出てきたのは、風紀委員長のキース。
背筋の伸びた姿勢、無駄のない動き。視線がこちらに向いた瞬間、空気が一段冷えた気がした。
「本イベント中、違反行為が起こらないよう、我々風紀は常に監視する」
“監視”という言葉に、なぜか胸がざわつく。
「絶対に問題は起こすなよ。面倒起こしたやつから全力でねじ伏せてやる。特に――」
キースの目が、まっすぐ俺を射抜く。
「問題を起こしやすいやつは覚悟しとけ」
え、俺?
「えっと……俺が問題起こすわけないじゃないか~」
軽口で返した、その瞬間。
「服装・頭髪の身だしなみ違反。不要物持ち込み。これまで何度規律を破った」
冷たい声。感情のない断罪。
逃げ場がない。
「服装や髪は俺だけじゃないし、お菓子くらい教室に持ち込んでもいいじゃんか~」
そう言い終わる前に、絶対零度の眼光が突き刺さった。
息が止まる。
「……すいません」
言葉が、勝手に口から零れ落ちた。
その瞬間、なぜか背後から、ウィランの気配が一段濃くなる。
――ああ。
あいつには逆らってはいけないと本能で感じた。
そして、もう一人。
俺を、視線で縛る存在がいることにも。
面倒ごとが起こる気配、そんな予感を胸の奥に沈めたまま、静かにため息をついた。
朝の空気はひどく澄んでいるのに、学園全体がざわついていた。
中庭には各寮の色とりどりのローブが揺れ、ネクタイの色が視界を埋め尽くす。
赤、青、黄、緑。遠目にもどの寮の生徒か一目で分かるその色彩が、いつもより少しだけ鮮やかに見えた。
ルールは単純だが、賞金は桁違いだ。
――100万ポイント。
各寮の半分が逃げる側、半分が捕まえる側となり、最終的に捕まえた数が点数となり、得点が最も高かった寮が学園で使用する現金代わりの100万ポイントを山分けできる。
学園内で現金代わりに使えるそれは、書籍も嗜好品も、娯楽も、欲しいものすべてに手が届く魔法の数字だ。
金欠ぎみの学生にとって、このイベントは遊びじゃない。狩りだ。
鬼役の生徒は腕輪をつけ、光沢のある金属が朝日にきらりと反射している。
その光を見ただけで、条件反射的に身が引き締まる者も多いだろう。
そして四つの寮とは別に、俺たちノーブル寮は役職持ちのみで人数が少ないため、イベントの間だけは各寮から協力者を募り、混成チームを組む。
選ばれるのは当然、忠誠心が高く、命令に従順な生徒――つまり、人気者である役職持ちの“親衛隊”だ。
打ち合わせのために集まったその一角は、異様な熱気に包まれていた。
「きゃー!」
……今の、どう聞いても男子の声だよな?
黄色く高い悲鳴が飛び交い、視線が一斉にこちらに集まる。
俺は反射的に、チャラ男の仮面をかぶったまま手を振った。
慣れた動作。笑顔。そういう役割だ。
自分の親衛隊のほうにウインクして目を合わせると、数名が胸を押さえてその場に崩れ落ち、ひとりは本当に失神していた。
……大丈夫か、あれ。
俺自身、自分の顔がそこまで騒がれる理由はよく分からない。
だが、ゲーム内で悪役ポジションを与えられているカイルは、どうやら整っているらしい。
滑らかな鼻筋、薄い唇、長いまつげが白い頬に影を落とす。その影が色っぽくてアンニュイだ、と。
らしい、というのは――
その感想を、やたらといつも耳元で囁いてくるやつがいるからだ。
「カイル、おはよう。今日も最高にきれいだね」
囁き声。近い。
ぞわり、と背中をなぞるような感覚に、反射的に距離を取ろうとして、肩が触れた。
……案の定。
張本人、先輩ウィランが、真横に立っていた。
「ここで何してるんだ、ウィラン」
少しだけ声を低くして問いかけると、彼は楽しそうに目を細める。
「何って、協力しに来たのさ。カイル見守り隊の一員としてね。親友としてもね?」
――いつ親友になった。
それ以前に、なんだそのふざけた親衛隊の名称は。
呆れた視線を向けても、ウィランはまるで気にしない。
むしろ、俺の表情を一つ残らず逃さないように、じっと見てくる。その視線が、やけに絡みつく。
今は打ち合わせ中だ。
こいつにペースを乱されるわけにはいかない。
俺は軽薄な笑みを浮かべ、内心のざわめきを押し殺した。
すると、空気がぴたりと変わる。
「――静粛に」
風紀委員の注意事項説明だ。
前に出てきたのは、風紀委員長のキース。
背筋の伸びた姿勢、無駄のない動き。視線がこちらに向いた瞬間、空気が一段冷えた気がした。
「本イベント中、違反行為が起こらないよう、我々風紀は常に監視する」
“監視”という言葉に、なぜか胸がざわつく。
「絶対に問題は起こすなよ。面倒起こしたやつから全力でねじ伏せてやる。特に――」
キースの目が、まっすぐ俺を射抜く。
「問題を起こしやすいやつは覚悟しとけ」
え、俺?
「えっと……俺が問題起こすわけないじゃないか~」
軽口で返した、その瞬間。
「服装・頭髪の身だしなみ違反。不要物持ち込み。これまで何度規律を破った」
冷たい声。感情のない断罪。
逃げ場がない。
「服装や髪は俺だけじゃないし、お菓子くらい教室に持ち込んでもいいじゃんか~」
そう言い終わる前に、絶対零度の眼光が突き刺さった。
息が止まる。
「……すいません」
言葉が、勝手に口から零れ落ちた。
その瞬間、なぜか背後から、ウィランの気配が一段濃くなる。
――ああ。
あいつには逆らってはいけないと本能で感じた。
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