愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

文字の大きさ
26 / 59

第二十六話 出生

しおりを挟む
こちらを見上げる澄んだ紫の瞳。しどけなく肩にかかった射干玉ぬばたまの髪。動いたせいで僅かに乱れた夜着。額に触れた手の冷たさ。レナートの名を呼ぶ声。
レナートはフェデリカに背を向けて悶々としていた。生殖機能を失ったはずの体が火照っている。
愚か者、と自分を嘲笑う声がする。男ではなくなった癖に、未だにそんな感情があったのかと驚きさえした。
レナートは必死に眠ろうとしたが、全く寝付けない。1時間ほどして諦めて起き上がった。フェデリカは徐々にこちらに近づいてきている。今日も今日とて元気な寝相を見て、レナートはくすりと笑った。
——いいえ。
宴の最中に聞いた声が蘇る。デル・ヴェッキオ令嬢に幸せか問われた時、フェデリカは笑顔で否定した。彼女にとっての幸せは研究だと知っていて、それでも王妃の位に縛り付けているのが申し訳なくなった。彼女が自分で選んだ道ではあるが、もしもあの時違う令嬢と踊っていたら、巻き込まずに済んだのではないかという思いがあった。

「......醜いな、俺は」

揃いのブレスレットの宝石は、レナートは紫、フェデリカが青だ。それぞれの瞳の色を纏うことで噂の鎮静化を図ったのは勿論だが、それだけではないこともいい加減自覚していた。
——いつかその時が来たら、俺は君を笑って送り出せるだろうか。
レナートは既に、その答えを知っていた。


***


「王妃殿下に拝謁いたします」
「顔を上げなさい。デアンジェリス子爵、昨日ぶりですね」
「王妃殿下におかれましては益々ご清栄とのこと、心よりお喜び申し上げます」

デアンジェリス子爵。茶色の髪と瞳を持つ、フェデリカには似ていない実の父。
ジュリアマリアと違って距離を置かれているが、捨て置かれたわけではない。幼い頃は上級貴族並みの教師を雇ってくれたし、大学進学のための費用も出してくれて、養子入りも躊躇わず受け入れてくれた。
ただ、そばにはいてくれなかった。

「恐れながら、お人払いをお願いしてもよろしいでしょうか」
「......いいでしょう」

人払いを命じると、躊躇いつつ従者は下がる。

「――1年後、という辺境伯様のお言葉を破り、今ここでお話しすることをお許しいただけますか」

フェデリカは目を見開いた。
私は誰の子なのか。かつて手紙に記した問いに対する返答であることは明白だった。

「......あれほどかたくなであったというのに、どういった心境の変化でしょう」
「貴女はこの国の王妃となられた。回避することは叶わないという結論に至りました。辺境伯さまが未だ領地を離れられないため、私からお話させていただきたく存じます」
「1年という期限を設けたのはなぜです」
「妃殿下が大学におられたからです。折しも、砂の皇国の第十三皇子が留学されていた」

フェデリカは眉根を寄せた。
紫の瞳。砂の皇国。20年前の王朝交代。辺境伯家の令嬢が子爵家に嫁いだこと。貴族籍から抜けることを許されなかったこと。褐色の肌の赤子を抱え、この国から海の王国へ渡った白い肌の男。海の王国の有力な領主が、血筋ではない者を養子にした経緯。
半ば、予感はしていた。考えるのが億劫だっただけで。

「これまでの非礼、平にお詫び申し上げます」

貴女様は、と静かな小さな声が耳朶を打つ。

「砂の皇国前王朝、最後の皇帝とその后......現王レナート陛下の異母姉でもあるルドヴィカ様の遺児です」


***


砂の皇国は複数の流浪の民と定住民族からなる複合国家である。かつて国を統べていたのはシルハーン族、しかしこの王朝は20年前、バニー・クトバ族によって滅ぼされた。皇帝と后は惨殺され、一族郎党に至るまで殺害命令が下された。今も尚、残党狩りが続いているという。
この前王朝の最後の皇帝に嫁いだのが、レナートの異母姉にあたるルドヴィカ王女である。北の帝国出身の母に似た銀の髪、王家に多く見られる深い青の瞳を持つ美しい姫だった。神殿法を独自改正した現王朝と異なり一夫一妻制であったため、夫婦は仲睦まじかったそうだ。
最後の皇帝が殺された時、ルドヴィカ王女は子を孕んでいた。祖国に戻る道中で産み月より早いにも関わらず産気づき、双子を産んで薨去した。双子を連れて従者は砂漠を渡ったが、その途中で現在砂漠の民と呼ばれている民族に囚われた。たまたまアンヌンツィアータ家の令嬢が討伐に赴き、従者と双子を保護したという。砂漠の民に痛めつけられた従者は死の淵で双子の養育を令嬢に託した。
双子の一方は白い肌を持つ娘、もう一方は褐色の肌を持つ息子であった。王家に養育を託そうかとも思ったが、令嬢が話を聞いたということ以外、証明する方法もない。また、その時から既にシルハーン族が根絶やしにされているという噂が届いていた。最後の皇帝の遺児ともなれば、最優先で狙われるだろう。諍いの元となりかねない子供らを、王家は果たして受け入れてくれるのか。悩んだ末に身分を偽り養育することとした。
しかし、娘は兎も角、息子はこの国で養育することができない。そこで遠い親戚である海の王国の領主に事情を話し、引き取ってもらうことにした。
この息子というのが、ベルトランである。
一方で残された娘は辺境伯家の令嬢が養育することになった。子爵と偽装結婚し、平民との子を嫡出子として認める代わりに、縁もゆかりもない娘を嫡出子として認めさせたのである。
事情を打ち明けるべきか悩んでいる間に、子爵夫人となった辺境伯家の令嬢は事故で亡くなってしまった。物理学に熱中する娘が砂の皇国と関わることもあるまいと腹を括り、今日に至るまで沈黙を守ってきた。

「三点確認があります。子爵と辺境伯の他にこれを知る者、或いはこの話を事実であると証明出来る者は?」
「辺境伯家の執事と侍女が2人ずつ、我が家の使用人が2人でございます」
「随分と少ないのですね」
「覚えておいでかもしれませんが、当家では6歳まで離れで暮らしていただき、ナーディア夫人フェデリカの母と私の乳母、口が堅く老齢である執事や侍女しか近づけさせませんでした」
「あぁ......記憶しています」

朧気ではあるが、小さな部屋で母が礼儀作法を教えてくれたような気がする。

「では二点目。私が生まれたとされる日はどのように決めたのですか?」
「夫人の輿入れから11か月を目安としました」

つまり、大体2歳半ほど実年齢と公表されている年齢が違うということだ。ベルトランは同い年なのにあれほど素晴らしい研究をしているのか、と変な方向でフェデリカは感心した。

「それまで私はどこに?」
「辺境伯家で戦災孤児と共にお育ちいただきました」
「表向き私が生まれたとされた日はどう対応したのです? 産声など上がらないはずですが」
「使用人がちょうど子を宿しておりました。平民で腕利きの者を呼び、そのお産を手伝わせました。その使用人と夫が妃殿下の秘密を知っておりますが、どちらも口が堅いことは保証いたします。産婆は当時高齢であったため、既に亡くなっております」

用意周到である。フェデリカは感心しながら最後の問いを口にした。

「三点目。辺境伯が私を勘当することを拒んだのは、私が貴族の庇護を失い、殺されることを恐れたためですね?」
「……はい。第十三皇子から情報が伝わっていることを懸念しておりました」

フェデリカは深々と息を吐いた。

「――子爵。今まで守ってくれたこと、礼を言います」
「いえ。私は......殿下との接し方に迷い、上手く父親としてふるまうこともできませんでした」

それはそうかもしれない。そもそも子爵はジュリアマリアとその母の元にいることが多く、フェデリカとは週に一、二度しか顔を合わせなかった。

「今日に至るまで私が永らえているのは、夫人と子爵、辺境伯の尽力の賜物でしょう。ありがとう、と言わせてください」

王家の血を引くと言えど、縁もゆかりもない子供をよく育てようと思ったものである。

「辺境伯が何度も婚約解消を願った訳も、理解いたしました」
「......はい」
「私と陛下の婚姻は、法に触れていますね」

子爵は黙って頷いた。
王国法第六章第一節第九条。三親等以内の血族との婚姻は、これを禁じるものとする。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【1月18日完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

処理中です...