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第二十七話 秘密
しおりを挟む「貴重な話、感謝します。気をつけてお帰りなさい」
「妃殿下。失礼とは存じますが、幾つか質問を」
「許しましょう」
「妃殿下は、陛下にこの話をお伝えなさいますか?」
「必要がありますか?」
公にすればフェデリカの命が危なくなる話だ。わざわざ伝える必要も感じないし、話したらレナートは気にしそうだ。
いや、とフェデリカは心の中で悩む。最近お茶会で、夫婦の秘密についての話があった。秘密がない方が円満らしい。レナートはどう思っているだろう。
「それは......そうですが」
「他の質問は?」
「——妃殿下は、陛下との婚姻を無効になされるおつもりですか?」
フェデリカは微笑んで答えなかった。
***
「レナート。私、ついさっき秘密ができました」
「......うん?」
寝台に横たわりながら、フェデリカはそんなことを言った。意を図りかねてレナートは首を傾げる。
「レナートは、夫婦の間に隠し事はあるべきでないとお考えですか?」
「......あってもいいんじゃないか。誰にでもひとつやふたつ、言いたくないことはあるだろう」
レナートは視線を落とした。己の不完全な体を思った。
「私もそう思います。それがどんなものであっても、隠すに足る理由があれば、或いは本人が話したくないという意思があれば話す必要はないかと」
「......そうかな。もしそれで婚姻生活が破綻するほどの大事であれば、言いたくなくても言った方がいいかもしれない。小さなこと——たとえば昔の恥ずかしいことなんかは、言わなくていいと思うけどね」
「そうですか?」
「ああ。知らずに結婚生活を続けるなんて、もう片方が可哀想だろう」
この婚姻はもともと終わりが見えているからいいけれど、そうでなければ今頃フェデリカはつらい思いをしていただろう。
なぜ夫が自分を抱いてくれないのか、と。
「では言っておいた方がいいですね」
「へ?」
「私はレナートの姪だそうです」
レナートはたっぷり数秒、フェデリカの紫の瞳を見つめた。言葉の意味を理解して飛び起きると、フェデリカはもぞもぞと起き上がった。
「め、い?」
「はい」
「先王の、子?」
「いえ、ルドヴィカ王女の娘だそうです」
「......姉上の?」
レナートは家族の肖像画を記憶から引っ張り出した。20近く年上で、物心ついた時には既に国を出ていた異母姉。北の帝国の血を引いていると一目でわかる白銀の髪と、美しい青の瞳。砂の皇国前王朝最後の皇帝に嫁ぎ、惨殺されたと伝わる。フェデリカにはあまり似ていない。最後の皇帝には、似ているかもしれない。
「詳細を説明してもらえるか?」
それからフェデリカが語ったことは、レナートが想像もしなかったことだ。子爵との謁見で伝えられたのだろうが、執務室に戻ってきたときは何らおかしい様子ではなかったので、てっきり父娘の和やかな会話とばかり思っていた。
「......なるほど、状況は把握した」
「婚姻生活に支障が出ないので言わずともいいかと思ったのですが、婚姻生活が破綻する大事にあたるので申し上げました」
「うん......」
権力が偏ることと近親婚を避けるために制定された、王国法第六章の項目のことだろう。レナートは痛む頭を押さえた。
「......砂の皇国現王朝のことを考えても、君の身分を公にすることはできない」
「そうですね」
「......君は、気にするか?」
「はい?」
フェデリカが首を傾げるので、レナートは言葉を付け加えた。
「知らないことだったとはいえ、君は伯父である私と婚姻した。これは法に触れることだ。不快ではないか」
「もしレナートと体を繋げてからこの話を知ったとしても、後悔しなかったと思います」
レナートは目を見開いた。
「法は人に害を及ぼさないために制定していると考えています。この婚姻は誰にも害を与えません」
「それは、そうだが」
フェデリカは少し考え込む様子を見せる。
「正直に申し上げて、婚約を解消しようと言われた時、少し迷いました。解消すれば、3年の隔たりなく研究に取り組むことができます」
唐突な話に戸惑いつつ、レナートは相槌を打つ。
「それでも結婚したのは、研究者の間で契約が重んじられるからです」
そうだったのか、とレナートは頷く。研究熱心な彼女らしい理由だ。
「しかし、もしラ・ヴァッレ——アルディーニ伯やイゾラ公が相手であれば、悩んだ末に婚約解消に動いたかもしれません」
「......え?」
「あなたの妻になるのなら、大丈夫だと思いました」
「な、ぜ」
「あなたは私を尊重してくれたからです——貴族は家を重んじ、研究者は人よりも先にその論文を見ます」
「あ、ああ......」
「あなたは私が研究を継続したいという意思を尊重し、私を自由にしてくださった。神殿との対立が深まりかねない婚姻の無効の申し出も、許容してくださった」
それは、と言いかけてレナートは口を閉ざす。
「結婚後も、研究所への出入りを許してくださいましたし、貴族の悪意から私を守ってくださいました。それが、私には好ましかった」
レナートは少し下にある紫の瞳を見つめた。
「あなたとの婚姻が法に触れるとしても、私は自分の選択を変えようとは思いません」
「......そう、か」
何か気の利いたことを言おうと思ったのに、口を突いて出たのは凡百な言葉だ。
「それに今更王家の血筋だと言われても何の感慨もありません。私はフェデリカ・ヴェルディアナ・ディ・ラヴィトラーノです。他のどんなことも、私が私であるという事実を損なわせることはできません」
「......君が君であるという事実か」
今、レナートがあのことを口にしたら、フェデリカはなんというだろうか。
「......たとえば君が怪我をして、子を産めない体になったとしても?」
「はい」
「実験ができない状態になったとしても?」
「私の気概を著しく削ぎますが、はい」
レナートは深く息を吐いた。
「......私も、君に隠していたことがある」
「あ、先程は私が言おうと思って言っただけなので、無理にお話される必要はないかと」
「いや。君に——君に、知っておいてほしい」
レナートは夜着の前をはだけた。一部以外は均整のとれた体が露わになる。フェデリカはぽかんとした後、耳まで真っ赤に染まった。こんな状況なのに、可愛いと思った。
「――私は、6年前に生殖器を先代国王に切り落とされた」
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