愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

文字の大きさ
27 / 59

第二十七話 秘密

しおりを挟む

「貴重な話、感謝します。気をつけてお帰りなさい」
「妃殿下。失礼とは存じますが、幾つか質問を」
「許しましょう」
「妃殿下は、陛下にこの話をお伝えなさいますか?」
「必要がありますか?」

おおやけにすればフェデリカの命が危なくなる話だ。わざわざ伝える必要も感じないし、話したらレナートは気にしそうだ。
いや、とフェデリカは心の中で悩む。最近お茶会で、夫婦の秘密についての話があった。秘密がない方が円満らしい。レナートはどう思っているだろう。

「それは......そうですが」
「他の質問は?」
「——妃殿下は、陛下との婚姻を無効になされるおつもりですか?」

フェデリカは微笑んで答えなかった。


***


「レナート。私、ついさっき秘密ができました」
「......うん?」

寝台に横たわりながら、フェデリカはそんなことを言った。意を図りかねてレナートは首を傾げる。

「レナートは、夫婦の間に隠し事はあるべきでないとお考えですか?」
「......あってもいいんじゃないか。誰にでもひとつやふたつ、言いたくないことはあるだろう」

レナートは視線を落とした。己の不完全な体を思った。

「私もそう思います。それがどんなものであっても、隠すに足る理由があれば、或いは本人が話したくないという意思があれば話す必要はないかと」
「......そうかな。もしそれで婚姻生活が破綻するほどの大事であれば、言いたくなくても言った方がいいかもしれない。小さなこと——たとえば昔の恥ずかしいことなんかは、言わなくていいと思うけどね」
「そうですか?」
「ああ。知らずに結婚生活を続けるなんて、もう片方が可哀想だろう」

この婚姻はもともと終わりが見えているからいいけれど、そうでなければ今頃フェデリカはつらい思いをしていただろう。
なぜ夫が自分を抱いてくれないのか、と。

「では言っておいた方がいいですね」
「へ?」
「私はレナートの姪だそうです」

レナートはたっぷり数秒、フェデリカの紫の瞳を見つめた。言葉の意味を理解して飛び起きると、フェデリカはもぞもぞと起き上がった。

「め、い?」
「はい」
「先王の、子?」
「いえ、ルドヴィカ王女の娘だそうです」
「......姉上の?」

レナートは家族の肖像画を記憶から引っ張り出した。20近く年上で、物心ついた時には既に国を出ていた異母姉。北の帝国の血を引いていると一目でわかる白銀の髪と、美しい青の瞳。砂の皇国前王朝最後の皇帝に嫁ぎ、惨殺されたと伝わる。フェデリカにはあまり似ていない。最後の皇帝には、似ているかもしれない。

「詳細を説明してもらえるか?」

それからフェデリカが語ったことは、レナートが想像もしなかったことだ。子爵との謁見で伝えられたのだろうが、執務室に戻ってきたときは何らおかしい様子ではなかったので、てっきり父娘の和やかな会話とばかり思っていた。

「......なるほど、状況は把握した」
「婚姻生活に支障が出ないので言わずともいいかと思ったのですが、婚姻生活が破綻する大事にあたるので申し上げました」
「うん......」

権力が偏ることと近親婚を避けるために制定された、王国法第六章の項目のことだろう。レナートは痛む頭を押さえた。

「......砂の皇国現王朝のことを考えても、君の身分を公にすることはできない」
「そうですね」
「......君は、気にするか?」
「はい?」

フェデリカが首を傾げるので、レナートは言葉を付け加えた。

「知らないことだったとはいえ、君は伯父である私と婚姻した。これは法に触れることだ。不快ではないか」
「もしレナートと体を繋げてからこの話を知ったとしても、後悔しなかったと思います」

レナートは目を見開いた。

「法は人に害を及ぼさないために制定していると考えています。この婚姻は誰にも害を与えません」
「それは、そうだが」

フェデリカは少し考え込む様子を見せる。

「正直に申し上げて、婚約を解消しようと言われた時、少し迷いました。解消すれば、3年の隔たりなく研究に取り組むことができます」

唐突な話に戸惑いつつ、レナートは相槌を打つ。

「それでも結婚したのは、研究者の間で契約が重んじられるからです」

そうだったのか、とレナートは頷く。研究熱心な彼女らしい理由だ。

「しかし、もしラ・ヴァッレ——アルディーニ伯やイゾラ公が相手であれば、悩んだ末に婚約解消に動いたかもしれません」
「......え?」
「あなたの妻になるのなら、大丈夫だと思いました」
「な、ぜ」
「あなたは私を尊重してくれたからです——貴族は家を重んじ、研究者は人よりも先にその論文を見ます」
「あ、ああ......」
「あなたは私が研究を継続したいという意思を尊重し、私を自由にしてくださった。神殿との対立が深まりかねない婚姻の無効の申し出も、許容してくださった」

それは、と言いかけてレナートは口を閉ざす。

「結婚後も、研究所への出入りを許してくださいましたし、貴族の悪意から私を守ってくださいました。それが、私には好ましかった」

レナートは少し下にある紫の瞳を見つめた。

「あなたとの婚姻が法に触れるとしても、私は自分の選択を変えようとは思いません」
「......そう、か」

何か気の利いたことを言おうと思ったのに、口を突いて出たのは凡百な言葉だ。

「それに今更王家の血筋だと言われても何の感慨もありません。私はフェデリカ・ヴェルディアナ・ディ・ラヴィトラーノです。他のどんなことも、私が私であるという事実を損なわせることはできません」
「......君が君であるという事実か」

今、レナートがあのことを口にしたら、フェデリカはなんというだろうか。

「......たとえば君が怪我をして、子を産めない体になったとしても?」
「はい」
「実験ができない状態になったとしても?」
「私の気概を著しく削ぎますが、はい」

レナートは深く息を吐いた。

「......私も、君に隠していたことがある」
「あ、先程は私が言おうと思って言っただけなので、無理にお話される必要はないかと」
「いや。君に——君に、知っておいてほしい」

レナートは夜着の前をはだけた。一部以外は均整のとれた体が露わになる。フェデリカはぽかんとした後、耳まで真っ赤に染まった。こんな状況なのに、可愛いと思った。

「――私は、6年前に生殖器を先代国王に切り落とされた」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上
恋愛
「君のような地味な不純物は不要だ」と婚約破棄され追放されたルチア。失意の彼女を拾ったのは、皆から恐れられる辺境伯レオンハルトだった。だが彼には意外な一面があって!? ルチアはレオンハルトと共に、自らの知識や技術で領地を改革し始める。 一方、ルチアを追放した王国は、彼女の不在によって崩壊の危機に陥る。 今更戻ってきてほしいと嘆願されましたが、それに対する答えは……。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

処理中です...