愛は契約範囲外〈完結〉

結塚 まつり

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第二十六話 出生

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こちらを見上げる澄んだ紫の瞳。しどけなく肩にかかった射干玉ぬばたまの髪。動いたせいで僅かに乱れた夜着。額に触れた手の冷たさ。レナートの名を呼ぶ声。
レナートはフェデリカに背を向けて悶々としていた。生殖機能を失ったはずの体が火照っている。
愚か者、と自分を嘲笑う声がする。男ではなくなった癖に、未だにそんな感情があったのかと驚きさえした。
レナートは必死に眠ろうとしたが、全く寝付けない。1時間ほどして諦めて起き上がった。フェデリカは徐々にこちらに近づいてきている。今日も今日とて元気な寝相を見て、レナートはくすりと笑った。
——いいえ。
宴の最中に聞いた声が蘇る。デル・ヴェッキオ令嬢に幸せか問われた時、フェデリカは笑顔で否定した。彼女にとっての幸せは研究だと知っていて、それでも王妃の位に縛り付けているのが申し訳なくなった。彼女が自分で選んだ道ではあるが、もしもあの時違う令嬢と踊っていたら、巻き込まずに済んだのではないかという思いがあった。

「......醜いな、俺は」

揃いのブレスレットの宝石は、レナートは紫、フェデリカが青だ。それぞれの瞳の色を纏うことで噂の鎮静化を図ったのは勿論だが、それだけではないこともいい加減自覚していた。
——いつかその時が来たら、俺は君を笑って送り出せるだろうか。
レナートは既に、その答えを知っていた。


***


「王妃殿下に拝謁いたします」
「顔を上げなさい。デアンジェリス子爵、昨日ぶりですね」
「王妃殿下におかれましては益々ご清栄とのこと、心よりお喜び申し上げます」

デアンジェリス子爵。茶色の髪と瞳を持つ、フェデリカには似ていない実の父。
ジュリアマリアと違って距離を置かれているが、捨て置かれたわけではない。幼い頃は上級貴族並みの教師を雇ってくれたし、大学進学のための費用も出してくれて、養子入りも躊躇わず受け入れてくれた。
ただ、そばにはいてくれなかった。

「恐れながら、お人払いをお願いしてもよろしいでしょうか」
「......いいでしょう」

人払いを命じると、躊躇いつつ従者は下がる。

「――1年後、という辺境伯様のお言葉を破り、今ここでお話しすることをお許しいただけますか」

フェデリカは目を見開いた。
私は誰の子なのか。かつて手紙に記した問いに対する返答であることは明白だった。

「......あれほどかたくなであったというのに、どういった心境の変化でしょう」
「貴女はこの国の王妃となられた。回避することは叶わないという結論に至りました。辺境伯さまが未だ領地を離れられないため、私からお話させていただきたく存じます」
「1年という期限を設けたのはなぜです」
「妃殿下が大学におられたからです。折しも、砂の皇国の第十三皇子が留学されていた」

フェデリカは眉根を寄せた。
紫の瞳。砂の皇国。20年前の王朝交代。辺境伯家の令嬢が子爵家に嫁いだこと。貴族籍から抜けることを許されなかったこと。褐色の肌の赤子を抱え、この国から海の王国へ渡った白い肌の男。海の王国の有力な領主が、血筋ではない者を養子にした経緯。
半ば、予感はしていた。考えるのが億劫だっただけで。

「これまでの非礼、平にお詫び申し上げます」

貴女様は、と静かな小さな声が耳朶を打つ。

「砂の皇国前王朝、最後の皇帝とその后......現王レナート陛下の異母姉でもあるルドヴィカ様の遺児です」


***


砂の皇国は複数の流浪の民と定住民族からなる複合国家である。かつて国を統べていたのはシルハーン族、しかしこの王朝は20年前、バニー・クトバ族によって滅ぼされた。皇帝と后は惨殺され、一族郎党に至るまで殺害命令が下された。今も尚、残党狩りが続いているという。
この前王朝の最後の皇帝に嫁いだのが、レナートの異母姉にあたるルドヴィカ王女である。北の帝国出身の母に似た銀の髪、王家に多く見られる深い青の瞳を持つ美しい姫だった。神殿法を独自改正した現王朝と異なり一夫一妻制であったため、夫婦は仲睦まじかったそうだ。
最後の皇帝が殺された時、ルドヴィカ王女は子を孕んでいた。祖国に戻る道中で産み月より早いにも関わらず産気づき、双子を産んで薨去した。双子を連れて従者は砂漠を渡ったが、その途中で現在砂漠の民と呼ばれている民族に囚われた。たまたまアンヌンツィアータ家の令嬢が討伐に赴き、従者と双子を保護したという。砂漠の民に痛めつけられた従者は死の淵で双子の養育を令嬢に託した。
双子の一方は白い肌を持つ娘、もう一方は褐色の肌を持つ息子であった。王家に養育を託そうかとも思ったが、令嬢が話を聞いたということ以外、証明する方法もない。また、その時から既にシルハーン族が根絶やしにされているという噂が届いていた。最後の皇帝の遺児ともなれば、最優先で狙われるだろう。諍いの元となりかねない子供らを、王家は果たして受け入れてくれるのか。悩んだ末に身分を偽り養育することとした。
しかし、娘は兎も角、息子はこの国で養育することができない。そこで遠い親戚である海の王国の領主に事情を話し、引き取ってもらうことにした。
この息子というのが、ベルトランである。
一方で残された娘は辺境伯家の令嬢が養育することになった。子爵と偽装結婚し、平民との子を嫡出子として認める代わりに、縁もゆかりもない娘を嫡出子として認めさせたのである。
事情を打ち明けるべきか悩んでいる間に、子爵夫人となった辺境伯家の令嬢は事故で亡くなってしまった。物理学に熱中する娘が砂の皇国と関わることもあるまいと腹を括り、今日に至るまで沈黙を守ってきた。

「三点確認があります。子爵と辺境伯の他にこれを知る者、或いはこの話を事実であると証明出来る者は?」
「辺境伯家の執事と侍女が2人ずつ、我が家の使用人が2人でございます」
「随分と少ないのですね」
「覚えておいでかもしれませんが、当家では6歳まで離れで暮らしていただき、ナーディア夫人フェデリカの母と私の乳母、口が堅く老齢である執事や侍女しか近づけさせませんでした」
「あぁ......記憶しています」

朧気ではあるが、小さな部屋で母が礼儀作法を教えてくれたような気がする。

「では二点目。私が生まれたとされる日はどのように決めたのですか?」
「夫人の輿入れから11か月を目安としました」

つまり、大体2歳半ほど実年齢と公表されている年齢が違うということだ。ベルトランは同い年なのにあれほど素晴らしい研究をしているのか、と変な方向でフェデリカは感心した。

「それまで私はどこに?」
「辺境伯家で戦災孤児と共にお育ちいただきました」
「表向き私が生まれたとされた日はどう対応したのです? 産声など上がらないはずですが」
「使用人がちょうど子を宿しておりました。平民で腕利きの者を呼び、そのお産を手伝わせました。その使用人と夫が妃殿下の秘密を知っておりますが、どちらも口が堅いことは保証いたします。産婆は当時高齢であったため、既に亡くなっております」

用意周到である。フェデリカは感心しながら最後の問いを口にした。

「三点目。辺境伯が私を勘当することを拒んだのは、私が貴族の庇護を失い、殺されることを恐れたためですね?」
「……はい。第十三皇子から情報が伝わっていることを懸念しておりました」

フェデリカは深々と息を吐いた。

「――子爵。今まで守ってくれたこと、礼を言います」
「いえ。私は......殿下との接し方に迷い、上手く父親としてふるまうこともできませんでした」

それはそうかもしれない。そもそも子爵はジュリアマリアとその母の元にいることが多く、フェデリカとは週に一、二度しか顔を合わせなかった。

「今日に至るまで私が永らえているのは、夫人と子爵、辺境伯の尽力の賜物でしょう。ありがとう、と言わせてください」

王家の血を引くと言えど、縁もゆかりもない子供をよく育てようと思ったものである。

「辺境伯が何度も婚約解消を願った訳も、理解いたしました」
「......はい」
「私と陛下の婚姻は、法に触れていますね」

子爵は黙って頷いた。
王国法第六章第一節第九条。三親等以内の血族との婚姻は、これを禁じるものとする。

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