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第二十五話 生誕祭
しおりを挟む「――我が妃フェデリカの生誕祭に集まってくれたこと感謝する。皆、心行くまで宴を楽しむと良い」
フェデリカの誕生日である。シャンデリアが煌々と輝くダンスホールで貴族たちは思い思いに踊り、それを眺めて軽食を摘まんでいる。フェデリカとレナートは挨拶に来る貴族たちの対処に追われていた。
「——フェデリカ妃殿下、お誕生日心からお祝い申し上げます」
「ペネロペ、堅苦しい口調はよしてちょうだい。揶揄われている気分になるわ」
「では普段通りに話させてもらうわね」
ペネロペは嫣然と微笑んだ。前から美しいとは思っていたけれど、最近は美しさに磨きがかかった気がする。
「こうして話すのは随分久しぶりね」
「お互い忙しかったもの、仕方ないわ」
「ああ——そういえば、エスピノサ様と縁談がまとまったと聞いたわ。おめでとう」
フェデリカがその知らせを聞いたのは半月ほど前だった。思いがけない人同士の組み合わせに目を丸くした覚えがある。
——結局ベルトランの調査は途中で行き詰った。20年ほど前、褐色の肌の赤子を抱えた男が王国の港を出立したところまで確認が取れたが、その男は南下したり北上したり、奇怪な動きをするせいで足取りを追うことが出来なかったそうだ。
「ありがとう。やきもきしていたわ、砂の皇国か海の王国か、最後までお父様は迷っておられたから」
ハーレムなんてごめんよ、とペネロペは言い切る。気にしていないとは言うが、婚約解消で思うところがあったのだろう。浮気も愛人も嫌だわ、と唇を尖らせる。
「知っていて? 皇太孫殿下は、24歳なのにもう4人も子がいるそうよ」
「随分と熱心な方ね。神殿法を改正しただけあるわ」
それよりも、皇太孫より第十三皇子の方が年下という事実に眩暈がする。アーキルも不遇なようだったし、一夫多妻の闇を感じた。ペネロペがそんな国に行かなくてよかった。
「エスピノサ様が一途だといいわね」
「それは確実よ。大学の学士だったというのなら、あなたと同じで研究にしか目がないでしょうから」
「さあ、どうかしら。あの方は研究一辺倒ではないようだから」
「ちょっと、友人の不安をあおらないでちょうだい」
ふたりはくすくすと笑った。
「ところであなた、天文学に関する初心者にもわかりやすい論文を知らない? 嫁ぐ前に少しは学んでおこうと思って」
「まあ! ペネロペが興味を持つなんて」
「あくまで婚約者と友好を深めるためよ、専門的なものを混ぜないでちょうだい」
「わかっているわ。あとで手紙にまとめて送る」
「あんまり沢山は読めないから、少しにしてちょうだいよ」
「善処するわ」
ねえフェデリカ、と名前を呼ばれた。
「あたくしの行く末は決まったわ。上手く行くかは分からないけれど、出来る限り彼を愛し、愛されたい」
「それが叶うことを願っているわ」
「ありがとう——けれど、あなたはどうなの?」
フェデリカは咄嗟に返事が出来なかった。笑い飛ばそうとしたが、ペネロペの言葉の方が早かった。
「12の頃からあなたの行動を見てきたわ。とにかくあなたは社交界に向いていない。大学で研究に没頭している方がお似合いよ」
「友人に対して酷い言い様じゃないかしら」
「ねえ、フェデリカ。その椅子に座っていて、あなたは幸せ?」
フェデリカは微笑んだ。
「いいえ」
ペネロペが去ると、息つく暇もなく貴族が押し寄せてきた。賛辞の言葉を受け取りながら、耳は別の声も拾う。
「――ご成婚されて3か月が経つのに、まだ同衾されていないとか」
「仕方ありませんわ。陛下は随分前に心を捧げてしまわれたそうですし......ねえ?」
「けれど今では妃殿下に夢中だとも聞きましてよ」
「ただの方便でしょう。大学などに通う小賢しい娘のどこに惹かれる要素があると言うのです」
「まあ、子爵家の血を引く娘では、陛下の心をお慰めできないのでしょうねえ。ここはいち早く身を引くべきだと思われませんこと?」
聞こえる声量で囁かれる悪罵と嫌味に、少しずつ気力が削がれていく。着飾るのも、迂遠な物言いも、扇の陰での笑いも嫌いだ。大学にいるときのように白衣だけ着て走り回りたいなんて、貴族子女としては落第であるとは知っているけれど。
「――フェデリカ」
「はい?」
額に柔らかな感触があった。きゃあ、と黄色い悲鳴が上がる。
見上げると、レナートがきらきらしい笑顔を浮かべている。額に口づけを落とされたらしい、とやや遅れて理解した。
「愛しているよ」
少し大きな声が響くと、再び黄色い悲鳴が上がる。嘘っ、そんなぁ、と嘆く声も聞こえた。フェデリカは目を瞬いた。演技であるはずの甘やかな声が、どこか切なさを帯びているように感じた。
「一曲踊っていただけますか?」
「喜んで」
フェデリカは細められた青い瞳を見つめ、己の掌をレナートの掌に重ねた。
***
フェデリカは夫婦の寝室に入り椅子に腰かけた。先に部屋に戻っていたレナートが、湯気が立ち上るティーカップを差し出してくれる。ありがたく頂く。
「お疲れ様。大変だったな」
「いえ......レナートに色々と助けていただきましたから」
「微々たるものだよ」
宴の後で、贈答品の確認の続きをした。何せ男爵家から他国の王族からのものまであり、宴の前までに終わらなかったのだ。
「それで、だな。遅くなってしまったんだが」
「? はい」
「......誕生日、おめでとう」
フェデリカは寝転んだまま目を見開いた。レナートの手に乗っているのは、フルーツを乗せたタルトである。
「これ、もしかして」
「......作った。一応、味は保証されている」
「食べていいのですか!?」
「ああ」
フェデリカは皿を受け取り、一口頬張った。瑞々しい果実の甘酸っぱさと甘い生地がとてもよく合っている。
「おいしいです! タルト職人になるのもいいかもしれません」
「今度はタルト職人か。喜んでもらえたら嬉しいよ」
フェデリカは半分ほど食べたところでふと手を止めた。
「レナートは食べましたか?」
「ああ、一口味見をした」
それを聞いてフェデリカは大きめにタルトを取り分ける。フォークに刺してレナートの口元に近づけた。
「......フェデリカ?」
「せっかく美味しいので、一口とは言わず食べてください」
あ、まずい。精神年齢が10歳くらいのラヴィニアによくやるようにしてしまったが、レナートは26歳の成人男性だった。引っ込めようかと考えた途端に、レナートがぱくりとタルトを頬張る。
「ふむ、確かにタルト職人を目指すのも悪くないかもしれないな」
「でしょう?」
フェデリカは最後の一口を頬張り、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。とても素敵なプレゼントです」
「あー......その、プレゼントは他にあってだな」
レナートはどこか気まずそうにしている。フェデリカは目を瞠った。
「そんなにもらっていいのですか」
「タルトだけだと思われていたのなら心外だ」
レナートはソファの後ろから薄紫色の小さな箱を差し出した。
「ありがとうございます」
しゅるっとリボンを解くと、レナートは慌てた様子だった。
「開けない方が宜しかったですか?」
「目の前で開けられるというのは緊ちょ......なんでもない。開けてくれ」
はて、と首を傾げつつ、フェデリカは箱を開けた。
「......栞と、ブレスレット?」
押し花の栞と青い宝石がついたブレスレット。レナートは視線を合わせないまま問いかけた。
「本を読むときに使えるだろうか」
「はい。ありがとうございます」
フェデリカはよく本を何冊も開いたまま計算式を解いたり実験器具を考えるのだが、ふとした拍子に本が閉じて慌てることがある。栞を使えばいい話だが、買いに行くのも実家から送ってもらうのも面倒だった。
「ブレスレットは......揃いのものがあれば噂も鎮静するかと思い、作らせた」
「なるほど。宝石がレナートの瞳の色と同じですね。綺麗」
「ぶっ」
レナートは噎せた。何も飲んでいないはずだが。
「大丈夫ですか?」
「......問題ない」
「顔が赤いですよ。熱がおありなのでは?」
触れた額は僅かに熱を帯びている。自分の額と比較しようと引っ込めかけた手を掴まれた。
「レナート?」
「......済まない。なんでもない」
レナートは手を離し、ついでに身も引いた。なんでもないと言う割には、こちらを見てくれない。
「今日は遅くなってしまったから、寝よう。明日は、デアンジェリス子爵からの謁見要請があるのだろう?」
「あ......はい」
布団にもぐりこんだが、いつもと違ってレナートはフェデリカに背を向けている。やっぱりお子様向けのあーんで不快にさせただろうか、とフェデリカは首を傾げた。
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