【完結】ただのADだった僕が俳優になった話

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「彼方君!!」

事務所に入った瞬間苦しいくらいの力で抱きしめられた

志野さんは「見つかって良かった」と震える声で何度も繰り返す

抱きしめる腕も震えている

こんなにもこの人は、僕を心配してくれていたのかと嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった

ギュッと抱きしめ返し「心配かけてごめんなさい」と言うと、「うぅっ……」と泣き出してしまったようだ

どうしようかと思っていると、隣で叶さんが笑っている

「志野、気持ちは分かるが座らせてやってくれ」

「あ…すみません、怪我してましたね」

そう言って志野さんは鼻をすすりながら、ひょいっと僕を持ち上げてソファに連れていく

「え!?志野さん!?」

これでも54kgあるんだけど!そんな簡単に抱き上げないで!!

「怪我をしてるんだから大人しくしておきなさい」

潤んだ目で言われ大人しくする

ソファに下ろされ、その隣に志野さんが座った

逆の隣には叶さんが座り2人に挟まれた状態で目の前に座る社長と顔を合わせた


「彼方、申し訳なかった」

社長は僕の顔を見るとそう言って頭を下げた

「え…?」

「細井なんかを仮とは言えマネージャーにしてしまって……それだけじゃない、所属役者からもいじめを受けていたんだろう?気づかず彼方には辛い思いをさせた。本当に悪かった。」

また頭を下げる社長にどうしたらいいのかあたふたする

「あの…頭をあげてください……いじめの事は、それくらい自分で解決しないとって思って相談しなかっただけですし……」

「いや、いじめをしていたのはFランクの2人だろ?前から同様の事をしていたからクビにしようと話しが上がっていた奴らなんだ。
さっさとクビにしておけば彼方が標的になることなどなかった。」

1週間ぶりに見た社長の顔は青白く痩せた様に見える

「クビって……」

「あいつら……高松と生田だが、昨年ドラマの主演に抜擢されブレイクした。しかしその後、オファーされた仕事を蔑ろにし、声をかけて貰えなくなり、今じゃあオーディションに行っても落とされる。やさぐれたあの2人はキャバクラ通いを始め、他の役者に虐めをし、さらに無理にキャバクラやクラブに連れていくようになった。
中にはそれが原因でここを辞めていった者もいる。
最初に虐めなどが発覚した時、罰を与え次はクビだと伝えた。だがアイツらまた同じことを繰り返した。証拠がないせいで、ずっとクビに出来なかった。
だが他の者に悪影響を及ぼすアイツらをこれ以上置いておくことはできない。」

「あぁ……キャバクラってあの人達が高松さんと生田さん………」

何度もしつこく誘ってきた2人組を思い浮かべる

「彼方君、ブレイクした後ってね、色々とオファーが来るんだよ。ただドラマや映画だと主演や準主演じゃない事も多い。
彼らはそれが納得できなくて、オファーを断ったり、オファーを受けても現場での態度がすこぶる悪くてね。
業界内ではもう役者として使いたくないって言われるようになったんだ。」

「………そんなに酷かったんですか…」

志野さんは頷いた

「この世界は横の繋がりが大事だからね。あちこちで不義理を働けば誰も使いたがらない。
そこまでしての価値が彼らにはまだ無かった。
けど彼らは天狗になってたんだろうね…」

「以前から、他の役者からも苦情があった。そろそろ潮時だと思っていたんだが、アイツらの金回りが以前より良くなったみたいなんだ。月20万の給料では買えないような高級時計をしていたり、ブランド物の服を着ていたり……大体の事は予測できていたんだけど証拠を隠蔽されているのか、決定打がなくてね…」

「永、結果はどうだったんだ?調べはついたんだろう?」

叶さんが鋭い目で社長さんを見る

「ああ、大体はこちらで調べて予測してたんでな。頼が戻って来てくれたんで、頼んで1日で証拠を集めてもらった。」

頼……?誰だろう??

「頼は今大野弁護士と共に出ていますが、もうすぐ戻って来ると思います。先に今後の話をしましょう。」

志野さんがそう言うと叶さんも社長も頷いた

「まず、彼方の足の怪我は靭帯損傷、暫くは松葉杖生活だ。手術とまではいかないが、安静にしとかなくちゃいけない。
身体中擦り傷や打撲もある。」

叶さんが僕の症状を話す

「分かりました。稽古もしばらく休みましょう。まずは怪我を治さないと。」

「待ってください!足が使えなくても、発声練習とか台詞練習とか……出来ることはあります!やらせてください!」

病院の先生は3週間安静にして、その後少しづつリハビリをしていきましょうと言ったけど、せっかく勉強した事がその間何もしなければダメになってしまいそうで怖かった

「確かに体を動かさないことならできるだろうけど……彼方は絶対無理するよなぁ?」

叶さんは志野さんを見て、志野さんはそれに頷いた

「彼方君は真面目過ぎますからね。すぐ無理をするでしょうね。」

「えっ……と……無理はしないようにします……」

無理をしているつもりは無いんだけど……

「そう言って無意識に無理をするのが彼方君ですからねぇ……」

「まぁまぁ、2人とも。彼方が焦る気持ちもわかるだろ。彼方、約束を守れるなら歌と発声、台詞の稽古に出てもいいぞ。」


社長がやつれた顔でニッコリと微笑んだ


「……約束…ですか?」

「あぁ、まずは大学はレポート提出に切り替える事。大学には彼方が行方不明になった2日後から仕事の為レポート提出での授業参加にしてもらっている。
次に、今日から24時間体制で志野と頼を付ける。これは細井がまだ捕まって無い為だ。
警察には彼方が見つかった事は連絡した。
明日事情を聞きに警察が来ることになっているから、覚えている事を全て話して欲しい。
それから、何件か仕事が入っている。
足に負担をかけないものは受けて欲しい。」

「えっと……志野さんと…よ、頼さん?が24時間体制っていうのは…」

「寝泊まりは彼らの家にして自宅には戻らないで欲しい。細井は君の家を知っているから、狙われる可能性がある。」

「永、その事だけど彼方は俺の家に連れて帰る。」

ピシャリと話しを切った叶さんは、僕の肩に腕を回した

「彼方は今誰を信じればいいか分からない状態だ。志野はまだしも、頼はまだ会わせてもいない。
それに志野達の家じゃ、彼方が気を使って仕方ないだろう。
これ以上彼方に負担をかけるなんて許さないよ。」

「だからって響の家じゃ無くてもいいだろ……」

叶さんと社長は視線を合わせたまま睨み合っているように見える

「あ……あの……僕……ホテルとかでも……」

僕がそう口を挟むと社長は眉を下げ暫くして大きい溜息を吐いた

「……わかった。ただし、志野と頼が送迎と、仕事中と、稽古中は彼方の傍を離れない事。
帰宅したら響……絶対に目を離すなよ。
彼方も、絶対1人になるな。仕事や稽古中に、トイレに行く時も、必ず志野か頼を連れて行く事。もし細井が連絡してきたり接触してきたら必ず知らせろ。わかったな?」

叶さんと社長の睨み合い対決の末、社長の方が折れたようだ


「…分かりました……」




その後、僕は在籍名簿を見せられ、虐めてきた人物の確認、拉致された日のことを詳しく社長に聞かれた

鞄の行くへを聞かれ、お爺ちゃん達には山でなくした事にしといたけど、本当は車から降ろされた時に持って出れなかった事を話した

皆それを聞いて難しい顔をしていた

鞄が無いため財布や携帯などがなく、色々と困るので明日警察の事情聴取後、手続きに行くよう言われた

叶さんが車を出してくれるらしい

志野さんは僕の家から服や勉強道具、パソコンなどを取りに行き、叶さんは僕から見える位置でアメリカへ電話をかけていた

後から聞いた話だが、叶さんはアメリカの撮影を頭を下げて早めてもらい、クランクアップの後のパーティーにも参加せず、自分の撮影が終わった足で日本に戻って来てくれたらしい

電話は、僕が無事見つかった事の報告だったようで、向こうの人達も心配してくれていたとか……
直接僕を知らない人達にさえ心配をかけてしまい申し訳なく思った




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