司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第4章:異界文書

41.

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 午後になり司書室に戻ると、見かけない顔の女性が私たちを待っていた。

「オットー子爵夫人に言いつけられまして、ヴィルヘルミーナさんに付き添うことになりました。
 カラクス男爵家、ラナと申します。よろしくお願いします」

「ああ、あなたが一緒に居てくれるの?
 ありがとう、ごめんなさい。あなたも本来の仕事があったでしょ?」

「いえ、私は清掃員ですから。
 生徒の居ない学内は清掃が終わってしまいました。
 午後はまるまる空いていますから、問題ありませんよ」

 私はにっこり微笑んで応える。

「ほんと?! じゃあお願いしますね!」

 私はさっそくエプロンを着込んで、ラナさんを率いて司書室を飛び出していった。


 午前と同じように本に目を通していると、ラナさんがおずおずと私に声をかける。

「あの、そんなに速くページをめくって、何をなさっているんですか?」

 私は本を読みながら応える。

「何って、読書ですよ?」

「そんな馬鹿な……一秒もページを見てないじゃないですか。
 それで文字を読める訳がありません」

「この場で文字を読む必要がないだけですよ。
 あとで時間がある時に思いだして読み返せば、それで堪能できますから。
 今はただ、内容を覚えられればそれでいいんです」

 私は一冊を読み終わると、本をしまって隣の本を抜き取り、ページをめくっていく。

 ラナさんが戸惑いながら告げる。

「後で……読み返す? 意味がわかりませんが」

「私は一目見れば丸暗記できるので。
 一度見たページは、何度でも鮮明に思いだせるんですよ。
 損傷をチェックするついでに中身も覚えて、あとで堪能する。
 とっても便利で効率的な読書です」

 堪能するといっても、一冊を思い返すのに十分もかからない。

 だからとにかく大量の本を頭に叩き込んでいくのだ。

 ラナさんは言葉を失ったようで、それ以後は黙って私の傍で佇んでいた。


 しばらくして、遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえた――フランツさんが、一冊の本を持って私の前に現れた。

 なんだか深刻そうな顔をしている。

「どうしたんですか? フランツさん。何かありました?」

「それが、これを見てくれないか」

 フランツさんが本を開いて渡してくる――その場所は、ページが破り取られたようになっていた。

 えー?! 魔導学院なんてとこに通う貴族子女が、こんなことするの?! 貴重な魔導書だよ?!

 私は内心で憤慨ふんがいしながらも、表向きは冷静に口を開く。

「あらぁ、これは酷いですね。魔導書のページを破り取るなんて、何を考えてるんでしょうか」

 フランツさんが眉をひそめて私に告げる。

「目録をチェックして、直前に誰が借りたか調べるべきだろうか。回収しないとまずいんじゃないか」

「え? これはステラ・フォン・グロスマン侯爵夫人の『魔導による心理学~恋愛応用編~』ですよね?
 このページに書かれていたのは『想い人の心を自分に向ける術式』です。
 恋愛中の誰かが、思い詰めて破り取っちゃったんでしょうかね。
 でもこれは未完成の術式。効果は出ませんから、無害ですよ」

 きょとんとしたフランツさんが、私に応える。

「そうなのか? だが放置するのもよくないだろう。
 直近で借りた生徒に、こういうことは二度とやらないよう戒めておかないと」

「直前に借りた人が破ったとは限りませんし。
 この本は女子生徒に人気で、比較的借りられてるんですよ。
 今月だけで三回、先月も五回借りられてます。
 どこで破られたかなんて、わかりませんよ」

 ラナさんが、戸惑うように私に告げる。

「なぜ目録も見ずに貸し出し履歴がわかるんですか?
 それに、破られたページまでわかるなんて、どういうことです?」

 私はラナさんに振り向いて、微笑んで応える。

「一度目を通した本は内容を覚えてますから。
 貸し出し記録も、毎日すべて目を通してチェックしてますので、誰がどの本をいつ借りたのかも覚えてますよ。
 ――フランツさん、その本を貸してください。修復室で破られたページを修復してきます」

 戸惑うようなフランツさんから本を受け取り、私は修復室に足を向けた。




****

 修復室に入ると、早速手袋を装着して解体作業に入る。

 いつものように魔術を併用して装丁を剥がし、折り丁をばらし、該当する破かれたページを抜き取る。

 新しい羊皮紙を用意して、そこに丁寧に書かれていた魔導術式を記載していった。

 背後で見ているラナさん、そしてなぜかフランツさんの気配がする。

 ラナさんが戸惑うように声をかけてくる。

「何も見ないででたらめな術式を書いて、大丈夫なんですか」

 私は羊皮紙に向き合ってペンを入れながら応える。

「でたらめじゃないですよー。きっちり元通りの術式です。
 言ったでしょう? 一目見れば全部覚えられるって」

 フランツさんからも戸惑う声が聞こえる。

「だがこの本は、まだヴィルマが蔵書点検していないエリアだったはず。
 どこでこの本を読んだんだ?」

「第五図書館ですよ。この魔導書はそれだけ人気なのでしょうね。
 魔導心理学ジャンルは比較的不人気なんですけど、この本だけは借りる人が多いんですよねぇ。
 ――よし、できた」

 書きあがった羊皮紙のインクを術式で乾かし、破かれたページの代わりに差し込み、紙を麻糸で綴じて装丁を張りつけ、フランツさんの手に魔導書を渡した。

「ダブルチェックは無理でしょうから、今回は諦めましょうか。
 不安なら第五図書館から同じ本を借りてきますけど、どうします?」

 フランツさんは少し悩んだようだけど、私に頷きながら告げる。

「ヴィルマの記憶力は、充分わかってる。
 お前が不完全な写本なんて、するわけがないしな」

 私はニカッと微笑みながら応える。

「よくわかってますね! 当然じゃないですか!
 一言一句、魔力波長に至るまで元通りですよ!」

 私はフランツさんに所定位置に戻して来てもらうよう告げ、自分の読書の続きをするために書架に向かって歩きだした。

 後ろからついてくるラナさんが、戸惑うように告げる。

「あの……ヴィルヘルミーナさんはいつも、あんな仕事振りなんですか?」

「そうですねー。だいたいいつもあんな感じです」

「凄いですね……普通、魔導書の写本は二等級以上の魔力が必要だと言われてます。
 あなたは本当に五等級なんですか?」

「王様が『公式に五等級にする』って宣言してましたし、そうなんじゃないですか?
 私がなんで魔導書を修復できるのかは、よくわからないですねぇ」


 私は書架に辿り着くと、読みかけの本を取り出して続きから読み始めた。

 ラナさんは呆れた雰囲気を出しながら、私の傍で佇んでくれていた。




****

 閉館十五分前のベルが鳴った。

 私は本を書架に戻すと司書室に戻り、フランツさんと合流した。

 ……あれ? そういえばディララさんはもう帰ったけど、閉館できるの?

「閉館処理はどうするんですか? ディララさんが居なくてもできるんですか?」

 フランツさんが爽やかに微笑んで頷いた。

「大丈夫、閉館処理は簡単だし、私やカールステンも教えられているから。
 私だけでもできることだよ」

 そっか、それならいいかな。

 ケープを羽織ると、ラナさんを含めて三人で図書館を出る――さっむい?!

 凍えながら、フランツさんが図書館のドアに≪施錠≫の術式を施すのを見届ける。

 フランツさんがこちらに振り向き、「――さぁ、帰ろうか」と告げた。

 ラナさんが私たちにお辞儀をして告げる。

「では私も、ここで失礼いたします」

「あ、はーい。ありがとうございましたー」

 私は笑顔で応え、ラナさんの背中を見送った。

 衛兵たちにも挨拶をしてから、私はフランツさんに笑顔で告げる。

「それじゃ、また明日!」

 フランツさんは戸惑うように、私に手を挙げながら応える。

「あ、ああ。また、明日な」

 私は宿舎に向かって歩きだすけど、背後のフランツさんの気配が動かない。

 ……見られてる?

 振り返ると、フランツさんが挙動不審になって真っ赤な顔で狼狽うろたえていた。

 ……何をしてるんだ、あの人は。

 小さくため息をついてから、私は宿舎へ向かって真っ直ぐ歩いて行った。
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