司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第6章:司書ですが、何か?

76.

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 朝日が眩しくて目が覚めた。

 ゆっくりと起き上がり、ベッドの上で伸びをする。

 隣は――あれ? もうアイリスの姿がない。

 時計を見ても、まだ六時だ。

 なんとなくぼんやりと、夢の記憶が残ってる。

 見知った誰かと私が結婚をして、アイリスみたいな幸福な笑顔を私が浮かべている夢。

 あれは、誰だったんだろう?

 大きくて柔らかいベッドから這い出して、寝室からリビングに入る――お爺ちゃんたちが、キッチンで料理をしてる?!

「何してるの?! なんで料理をしてるの?!」

 お爺ちゃんがこちらに振り返り、いつもの笑顔で私に告げる。

「おぅ、起きたか。おはようヴィルマ。
 なぁに、ちっと早くに目が覚めちまってな。
 部屋を漁ったら食品庫があったんで、物色してたらアイリスも起きてきた。
 キッチンもあるし、一品か二品作っておくかって話になった」

 アイリスは根菜に包丁を入れながら私に言葉を投げかけてくる。

「おはようございます、ヴィルマさん。
 おそらく七時過ぎには王宮が朝食を持ってきますよ」

「朝食が運ばれてくるのがわかってるのに料理をしてるの?!」

「いけませんか?」

 ……どんだけ『二人で料理』に拘ってるんだろう。

 でもやっぱり、二人は新婚夫婦のような空気を醸し出している。

 最初からこうだったってことは、それだけ二人の相性が良かったのだろう。

 私はダイニングチェアに座りながら、二人が冷製スープを作るのを眺めていた。




****

 私はテーブルに並んだジャガイモとネギのスープやハーブ入りのオムレツを見ながら感心していた。

「あっという間に出来上がったね……」

 アイリスがふふんと得意気に応える。

「毎日ラーズさんに鍛えられてますから。
 まだまだラーズさんの手並みには及びませんが、以前の私と同じだと思わない方が良いですよ?」

 お爺ちゃんも満足そうにスープを飲んでいた。

「――うん、いい味だ。もうアイリスに味付けを任せても大丈夫だな」

 うわぁ、新婚家庭の『圧』を感じる。なんだこの疎外感。

 私にも、こういう相手が居たらなぁ。できるのかな?

「いいなぁ、私もそういう相手が欲しいなぁ」

 ぼそりと呟いた私の言葉に、お爺ちゃんたちが意表を突かれた顔をしていた。

「ヴィルマお前、結婚したいと言ったのか?」

「うーん? どうだろう? でもお爺ちゃんとアイリスみたいな関係って羨ましいと思うし」

 アイリスが私を見ながら告げる。

「今までそんなこと、口にしてこなかったじゃないですか。どうしたんですか?」

「どうしたって……やっぱりアイリスの影響かも?」

 お爺ちゃんとアイリスが顔を見合わせ、ニコリと笑いあった――そこ! 二人だけで意思疎通しないで!

「良い傾向じゃねぇか。同い年のアイリスに刺激されたか。
 半月後のお見合いで、いい男が見つかると良いんだがな」

「お見合いか……気が重たいなぁ」

「どうした? 自分に合う男を探したいんじゃねぇのか?」

「そうなんだけど、なんかこう……違う気がして」

 お爺ちゃんがニヤリと微笑んだ。

「なるほどな。その気持ちを忘れんなよ?」

 どういう意味?

 私たちがゆっくりとスープとオムレツを口に運んでいると、侍女たちが朝食を運んできた。

 侍女たちも料理の跡に驚いていたみたいだけど、すぐに気を取り直して配膳を始めた。

 ……さすが王宮がお客をもてなすメニュー。品数が多い!

 パンに肉料理、魚料理に卵料理、季節のフルーツにスープまで付いて、飲み物まで?!

 でもスープを一口飲んでみたら、さっきのスープの方が美味しく感じた。

 アイリス……王宮の料理人より腕が上達してるとか、どういうこと?


 ゆっくりと朝食を食べ終わってから、お爺ちゃんが告げる。

「そろそろ帰るか! お前も司書の仕事がしたいだろう」

「そうだね。今からなら、午後の業務に間に合うし」

 侍女が王様へ報せに走り、しばらくすると王様が部屋にやってきた。

「もう帰るというのか。もう少しゆっくりしてもよいではないか」

「そうも言ってられねぇよ。こっちもやることがあるからな」

 やること? お爺ちゃんがやることって、なんだろう?


 王宮の入り口で王様たちに見送られ、私たち三人は馬車で学院に戻っていった。




****

 宿舎に帰りついたのはお昼近くだった。

 軽い昼食を宿舎で取り、私は図書館に向かった。

 司書室でエプロンをまとってマギーを背負う。

 そのままカウンターに向かってフランツさんに言葉を投げかける。

「おはようございます! ――っていっても午後ですけど。
 何か手伝うこと、ありますか?」

 フランツさんが爽やかな笑顔で応える。

「おはよう、でいいかな?
 蔵書点検はファビアンとシルビアで足りてるし、修復もサブリナが抱えられる範囲だ。
 ヴィルマが今まで頑張ってくれたおかげで、もう五人でも回せるようになったな」

 全員が本のダメージを見極められるようになったので、返却の時に修復の必要性を判断できるようになった。

 つまり、私が走り回る必要は、もうないのだ。

「それじゃあ私は何をしましょうかねぇ」

「カウンターで本でも読めばいいじゃないか。来客があれば、一緒に対応してくれ」

 なるほど、カウンター業務か。

 ここの本をほとんど読んでしまった私の有効活用――曖昧なニーズに対して、本を案内することぐらいだ。

 繁忙期が終わって暇だから、その時間で残りの本を読み進めてしまおうか。


 カウンターの中でフランツさんと並び、本を読む。

 言いようのない心地良さが私の心を満たしていく。

 やっぱり魔導書を読んでる時が、一番落ち着く……のかなぁ? なんだかちょっと違うような気もする。

 フランツさんがぽつりと呟く。

「なぁヴィルマ、次の休日にまた町に出かけないか」

「デートですか? いいですよ。今度はどこに行くんですか?」

「その……今度は町を散策するだけ、じゃだめかな」

 私は本からフランツさんに視線を移し、小首を傾げて尋ねる。

「それって楽しいんですか?」

 フランツさんは困ったように微笑みながら応える。

「それを確かめてみないか? 少なくとも、一緒に居て辛い相手ではないんだろう?」

 まぁそうなんだけど。町を散策かぁ。王都全部を知ってる訳じゃないし、何か新しい発見があるかな?

「わかりました。そのデートプランで手を打ちましょう。
 私はまだ平民の身分で自由がないので、前回と同じ感じでよろしくお願いします」

「ああ、わかってる。午後に迎えに行くよ」

「……午後からですか? どうせですし、午前から回りません?」

 フランツさんが驚いたような顔で私の顔を見つめてきた。

「……朝から、で大丈夫なのか?」

「そうですね。私は毎朝早起きしてるので、何時でも大丈夫です。
 あとはフランツさんが何時に起きられるか次第ですね」

 フランツさんが喜色を溢れさせて何度も頷いた。

「ああ! では十時に迎えに来るよ!」

 おや、思ったより遅い。

「もう少し頑張れません? 八時とかどうですか?」

「八時?! 店が開く前の時間じゃないか」

「お店に立ち寄る必要はないじゃないですか。
 散策って、ぶらぶらと歩くことでしょう?
 それで私を楽しませてみてください」

 困ったように眉をひそめたフランツさんが、それでもなんとか頷いた。

「わかった、じゃあ八時に、宿舎に行くよ」

「はい、楽しみにしてますね」

 私は再び本を魔導書に戻し、読書の続きを始めた。

 隣からはフランツさんが困惑する気配が伝わってきて、『どうしたんだろう?』と内心で首を傾げていた。
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