48 / 71
第4章:夢幻泡影
閑話 ある兄弟と姉の話
しおりを挟む
シトラス十二歳の春の日――
コルラウトとエルベルトが、シトラスの部屋に遊びに来ていた。
二人は両腕に溢れるほどのリラの花を抱えている。
「森の中で見つけたのです! 姉上、これをどうぞ!」
「どうぞ!」
「まぁ! 綺麗ね、ありがとう二人とも」
二人の弟から花束を受け取ったシトラスが、その香りを楽しんでから嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ姉上、僕たちはこれで!」
「これで!」
微笑むシトラスを見て満足したコルラウトが、恥ずかしそうに部屋から駆け出した。
エルベルトも兄を追いかけるように部屋から出ていった。
廊下を歩く二人の兄弟が、頬を染めながら言葉を交わす。
「姉上の前だと、緊張するな」
「なんでだろうねー?」
通りかかったアンリに、コルラウトが言葉をかける。
「アンリ兄上! 聞いてください!」
「ん? どうした二人とも」
「僕たち、姉上に花を贈ったんです。
でも姉上が笑ってくださると、なんだかとても恥ずかしくなってしまって、顔を見れなくなるんです。なぜなのでしょうか」
アンリが困ったように微笑んだ。
コルラウトは今年で九歳、エルベルトは六歳だ。
幼いころから五年間、見慣れているはずの二人の弟たちでもシトラスの前では緊張するらしいと知って、アンリは何と言って良いか分からないようだった。
「お前たちにとって、シトラスはどんな存在なんだ?」
コルラウトが恥ずかしそうに頬を染めた。
「理想の女性です! いつか僕は、姉上のような伴侶を娶りたいと思っています!」
エルベルトは明るい笑顔で告げる。
「母上と同じくらい大好きな人です!」
アンリが頭を掻きながら告げる。
「うーん……コルラウト、それは難しいと思うぞ?
シトラスに匹敵する令嬢は、お前たちの年代でも居ないはずだ。
望みを高くし過ぎると、婚期を逃すことになる」
「それほど姉上は美しい女性なのですか?」
「私も、シトラスほど美しい令嬢を見た覚えがないからな。
シトラスを見慣れているお前たちは、婚約者選びに苦労するかもしれない」
「では、兄上の婚約者はどうなるのですか?
兄上も、婚約者がいないままですよね?」
アンリが少し寂しそうに微笑んだ。
「私は、できればシトラスを娶りたいと思っている。
その道は簡単ではないだろう。
それでも私には、シトラス以外を考えることができないんだ」
コルラウトがまじまじとアンリを見つめていた。
「兄上が娶れるなら、僕が姉上を娶ることもできるのでしょうか」
「ははは! 不可能ではないだろう。だがシトラスは手強いぞ?
特にお前たちは、男として見てもらえないだろう。
私以上に苦しい道だという覚悟が必要だな」
「兄上は、男として見てもらえるのですか?」
痛恨のカウンターだった。
子供の言葉は、時にナイフより鋭く心を抉る。
アンリは胸を抑え、壁に寄り掛かっていた。
「……そうなるよう、努力はしているのだがな。
五年経った今でも、男として見てもらえている気がしない。
年齢が近い私ですら難しいのだから、年下のお前たちではまず無理だろう」
コルラウトがアンリの目をまっすぐ見つめた。
「姉上と兄上は三歳差、僕と姉上も三歳差です。
兄上に可能性があるなら、僕にだって可能性があるはずです」
アンリがクスリと笑った。
「そうか、では私とコルラウトはライバルだな。
どちらが先にシトラスに男として認めてもらえるか、勝負だ。
――だがおそらく、お前に機会はないと思うぞ?」
エルベルトが元気に手を挙げた。
「兄上! 僕はー?!」
「さすがにエルベルトは、どう頑張っても無理だろう。
素直に他の令嬢を探す努力をするべきだ。
――じゃあな。お前たち、あまりシトラスに迷惑をかけるなよ」
アンリが部屋に戻っていくのを見送って、二人の兄弟が顔を見合わせた。
「兄上だけが姉上を娶る機会があるだなんて、ずるいと思わないか?」
「思うー! 僕も姉上とずっと一緒に居たい!」
「よし、エルベルト! 僕らも姉上に見合う男になるよう、これから頑張ろう!」
「頑張るー!」
周囲の従者たちは、その微笑ましい会話を笑いをこらえながら聞いていた。
幼い彼らには、まだシトラスが背負う王統の話など理解はできないだろう。
彼女と添い遂げるならば、この国を背負う覚悟が必要だ。
それをいつか理解した時、彼らがどんな結論を下すのか――従者たちはそれを温かく見守ることにした。
今はまだ、幼い彼らに夢を見せても構わないだろう。
二人の兄弟は意気込みながら、自習をするために部屋に戻っていった。
コルラウトとエルベルトが、シトラスの部屋に遊びに来ていた。
二人は両腕に溢れるほどのリラの花を抱えている。
「森の中で見つけたのです! 姉上、これをどうぞ!」
「どうぞ!」
「まぁ! 綺麗ね、ありがとう二人とも」
二人の弟から花束を受け取ったシトラスが、その香りを楽しんでから嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ姉上、僕たちはこれで!」
「これで!」
微笑むシトラスを見て満足したコルラウトが、恥ずかしそうに部屋から駆け出した。
エルベルトも兄を追いかけるように部屋から出ていった。
廊下を歩く二人の兄弟が、頬を染めながら言葉を交わす。
「姉上の前だと、緊張するな」
「なんでだろうねー?」
通りかかったアンリに、コルラウトが言葉をかける。
「アンリ兄上! 聞いてください!」
「ん? どうした二人とも」
「僕たち、姉上に花を贈ったんです。
でも姉上が笑ってくださると、なんだかとても恥ずかしくなってしまって、顔を見れなくなるんです。なぜなのでしょうか」
アンリが困ったように微笑んだ。
コルラウトは今年で九歳、エルベルトは六歳だ。
幼いころから五年間、見慣れているはずの二人の弟たちでもシトラスの前では緊張するらしいと知って、アンリは何と言って良いか分からないようだった。
「お前たちにとって、シトラスはどんな存在なんだ?」
コルラウトが恥ずかしそうに頬を染めた。
「理想の女性です! いつか僕は、姉上のような伴侶を娶りたいと思っています!」
エルベルトは明るい笑顔で告げる。
「母上と同じくらい大好きな人です!」
アンリが頭を掻きながら告げる。
「うーん……コルラウト、それは難しいと思うぞ?
シトラスに匹敵する令嬢は、お前たちの年代でも居ないはずだ。
望みを高くし過ぎると、婚期を逃すことになる」
「それほど姉上は美しい女性なのですか?」
「私も、シトラスほど美しい令嬢を見た覚えがないからな。
シトラスを見慣れているお前たちは、婚約者選びに苦労するかもしれない」
「では、兄上の婚約者はどうなるのですか?
兄上も、婚約者がいないままですよね?」
アンリが少し寂しそうに微笑んだ。
「私は、できればシトラスを娶りたいと思っている。
その道は簡単ではないだろう。
それでも私には、シトラス以外を考えることができないんだ」
コルラウトがまじまじとアンリを見つめていた。
「兄上が娶れるなら、僕が姉上を娶ることもできるのでしょうか」
「ははは! 不可能ではないだろう。だがシトラスは手強いぞ?
特にお前たちは、男として見てもらえないだろう。
私以上に苦しい道だという覚悟が必要だな」
「兄上は、男として見てもらえるのですか?」
痛恨のカウンターだった。
子供の言葉は、時にナイフより鋭く心を抉る。
アンリは胸を抑え、壁に寄り掛かっていた。
「……そうなるよう、努力はしているのだがな。
五年経った今でも、男として見てもらえている気がしない。
年齢が近い私ですら難しいのだから、年下のお前たちではまず無理だろう」
コルラウトがアンリの目をまっすぐ見つめた。
「姉上と兄上は三歳差、僕と姉上も三歳差です。
兄上に可能性があるなら、僕にだって可能性があるはずです」
アンリがクスリと笑った。
「そうか、では私とコルラウトはライバルだな。
どちらが先にシトラスに男として認めてもらえるか、勝負だ。
――だがおそらく、お前に機会はないと思うぞ?」
エルベルトが元気に手を挙げた。
「兄上! 僕はー?!」
「さすがにエルベルトは、どう頑張っても無理だろう。
素直に他の令嬢を探す努力をするべきだ。
――じゃあな。お前たち、あまりシトラスに迷惑をかけるなよ」
アンリが部屋に戻っていくのを見送って、二人の兄弟が顔を見合わせた。
「兄上だけが姉上を娶る機会があるだなんて、ずるいと思わないか?」
「思うー! 僕も姉上とずっと一緒に居たい!」
「よし、エルベルト! 僕らも姉上に見合う男になるよう、これから頑張ろう!」
「頑張るー!」
周囲の従者たちは、その微笑ましい会話を笑いをこらえながら聞いていた。
幼い彼らには、まだシトラスが背負う王統の話など理解はできないだろう。
彼女と添い遂げるならば、この国を背負う覚悟が必要だ。
それをいつか理解した時、彼らがどんな結論を下すのか――従者たちはそれを温かく見守ることにした。
今はまだ、幼い彼らに夢を見せても構わないだろう。
二人の兄弟は意気込みながら、自習をするために部屋に戻っていった。
299
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる