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第5章:魔性の少女
第51話 難敵
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ダヴィデ殿下の夜会から一か月が経った。
社交界に通うお母様の話では、私の評判はさらに上昇したらしい。
お母様は「狙い通りよ!」と上機嫌だ。
「お母様、狙い通りということは、社交界に『一発ガツンと殴り込み』は出来たのでしょうか」
「ええそうよ。今の社交界で最も美しい姫として噂されてるわ。
あなたの美貌に勝てる令嬢はいないと、皆が認めたのよ」
えー……貴族の審美眼、どうなってるの?
ちょっと露出の高い服を着ただけでコロッと騙されてない?
私よりきれいな令嬢、あの場にはたくさんいたと思うけどなぁ。
納得のいかない気持ちでモヤモヤしてると、お母様が優しく告げてくる。
「これであなたは、望む相手のところに嫁ぎやすくなったわ。
宰相の件が片付けば、あなたはもう聖女の人生を強要される事もなくなるはず。
普通の公爵令嬢として、自由に生きていいのよ」
「自由に、ですか」
「ええそうよ? あなたはあなたが望む相手と婚姻して、家庭を築いていいの。
王位はダヴィデ殿下が継いでくれれば、王統のことも気にしなくていいわ。
聖女ではなく、一人の女性としての人生を生きていいのよ」
一人の女性として、か。
私の幸福は、あの夏の日々。泡沫と消えた夢。
あの時のアンリ兄様のように、私を強く想ってくれる人であれば、夫として愛していけるのかな。
私には未だに、愛とか恋はぼんやりとしかわからない。
こうなったら、他の令嬢が読むような本でも読んでみるかな。
****
休日の午後、サロンの一室に、アンリ、ファウスト、そしてレナートの姿があった。
アンリが紅茶を口にしながらレナートに尋ねる。
「それで、見せたいものというのはなんだ?」
レナートがニヤリと笑みを浮かべ、一枚のメモをテーブルに置いた。
ファウストがそれを手に取り、内容を見て行く。
二桁の数字が八個並んでいるだけのようだ。
「……なんですか? これは」
「お嬢様のスリーサイズです」
「え?!」
ファウストが大きな声を上げていた。
「ちょっと待って! 数字が八つ並んでるけど、スリーサイズなの?!」
「里帰り前の数字と、先日測定したばかりの最新値ですよ」
きっちりアンダーバストまで控えている、公爵家の機密書類である。
この部屋にエルメーテ公爵が入って来れば、少なくともレナートとファウストの命はないだろう。
レナートが命がけで入手した極秘情報だ。
ファウストが目を見開いて数字を見比べていた。
「伸びすぎじゃない?!」
「ええ、驚異の成長力と言わざるを得ませんね。
それだけ数字が伸びていて、ウェストとアンダーバストが一切変化してません。
もはや化け物です」
アンリが苦笑を浮かべた。
「今のシトラスは、もうハイティーンの令嬢たちに匹敵する体型だ、驚くのも無理はないがな」
「本当に十二歳なんですか?!」
「私が聞きたいぐらいだ。時々シトラスが十二歳であることを忘れそうになる」
「うわぁ……こんなに体型が変わってたら、着る物なんて毎月新調しないといけないんじゃない? 発注が間に合うの?」
レナートが澄まし顔で応える。
「そこは成長を見込んで大きめのサイズを作る事でなんとか回しているようです。
おろしたての時には詰め物で形を整えていたドレスも、一か月後には詰め物が不要になるんですから、成長期とは恐ろしいものですね」
「この速度で成長していったら、最終的にどうなるの?」
「予想ですが……おそらく三桁の大台に乗る可能性もあるかと」
「あの顔で三桁?! 怖いよ!」
アンリが苦笑のまま手で制した。
「大丈夫、シトラスの自己申告だが、そこまでは伸びないようだ――ギリギリ、だがな」
里帰りの間に聞いていた、これまた極秘情報である。
シトラスはアンリに対し、その辺りはあけすけに明かしていた。
「だとしても、着る物には苦労しそうだなぁ……あの夜会みたいな極端な服、もうやめた方が良いと思うんだけど」
「ああ、それは私も賛成だし、シトラス本人も嫌がっていた。
今後はボディラインを隠す服を選んでいくんじゃないかな」
「ですが社交界では既にお嬢様の魔性の体型が噂になっています。
あの日に来れなかった好色家の貴族令息も触手を伸ばし始めたという話も聞きます。
今後はさらに警戒した方が良いでしょう」
「なに、父上や私がそんな輩を近づけるわけが無いだろう。
その心配は要らん」
「そっかー、こんなに伸びてるのか……アンリ様、もしかしてこのサイズのシトラス様に、まだ毎日スキンシップの責め苦を受けてるの?」
「……私の鋼の自制心をほめてくれ」
「アンリ様、すごいね……私だったら、抱き着かれただけで理性が吹き飛びそうだな。
――ねぇ、身長は伸びてないの?」
「百五十に届かないところで止まっていますね。里帰り前と変わりません。おそらく打ち止めでしょう。
ですが体重は少しずつ増えています。これはスリーサイズが伸びてる以上、仕方がないと思います」
アンリがため息をついて告げる。
「それでわかると思うが、今のシトラスは十歳の時のような運動能力を発揮する事はできないだろう。
重りを着て戦うようなものだからな。
あいつは自覚がないみたいだが、あいつ自身が戦うような局面は極力避けてくれ。
街に出かける時も、あいつは後先考えず行動することがある。くれぐれも油断はするなよ」
ファウストが紅茶を口に含みながら、メモをしみじみと眺めていた。
「これで聖女様か……ねぇ、聖神様の加護って、スリーサイズにも影響するの?」
「だとしたら、体型に悩むご令嬢方は敬虔な信徒に変わりそうですけどね。
知り合いの信徒は慎ましい体型でしたから、おそらく無関係です」
扉がノックされ、レナートが対応するより先に扉が開かれた。
「お兄様、やっと見つけた!」
扉からアンリに向かって小走りに近寄ったシトラスが、アンリの首元に背後から抱き着いていた。
シトラスの吐息が、アンリの耳にかかる。
「……ふむ」
続いてファウスト、レナートの首元にも背後から抱き着いていく。
「……なるほど?」
アンリが困惑しながら、シトラスに尋ねる。
「シトラス、なにをしてるんだ?」
シトラスが可憐な微笑みを浮かべた。
「先ほど読んだ本の内容を確かめていただけですわ!
それより、珍しい取り合わせですわね。お兄様たちこそ、何をしてらっしゃったの?」
シトラスがテーブルの上のメモを見つけ、手に取って中身を見て行く。
「……なんですの? この数字」
レナートがあわててシトラスからメモを奪い返した。
「なんでもございません! お嬢様は、どうかお気になさらず」
採寸結果をシトラスは知らない。
侍女に測ってもらったら、あとは用意された服を着るだけのシトラスは、具体的な自分のスリーサイズなど把握していないのだ。
「そう? じゃあ私は部屋に戻りますわね。
――皆さま、顔が赤いですわよ? 熱でもあるのですか?」
「本当に何でもありませんので!」
「……そう? わかったわ。風邪には気を付けてね」
シトラスはそのまま部屋を退出していった。
彼女が階段を上っていく音を聞きながら、ファウストがつぶやく。
「……あれで十二歳? 将来が怖すぎるよ」
レナートも疲れたようにうなだれた。
「アンリ様、よくあんなものを毎日食らって正気を保っていますね」
「里帰りで受けた生殺しの日々に比べたら、このくらいはまだ耐えられる」
「どんだけの責め苦を受けてたの?!」
アンリの口からシトラスによる生殺しの責め苦を聞いて、二人の男たちは悲鳴を上げた。
「なんでそれで手を出さないの?! もしかして不能なの?!」
「それで手を出さずに居ろとか、シトラス様も極悪な要求をしますね……」
「私もあれで随分鍛えられたよ……発狂寸前だったがな」
一人の少女を思う男たちは、自分たちの想い人がいかに難敵かを思い知っていた。
三人はその後も赤裸々な会話を楽しみ、時間が過ぎていった。
社交界に通うお母様の話では、私の評判はさらに上昇したらしい。
お母様は「狙い通りよ!」と上機嫌だ。
「お母様、狙い通りということは、社交界に『一発ガツンと殴り込み』は出来たのでしょうか」
「ええそうよ。今の社交界で最も美しい姫として噂されてるわ。
あなたの美貌に勝てる令嬢はいないと、皆が認めたのよ」
えー……貴族の審美眼、どうなってるの?
ちょっと露出の高い服を着ただけでコロッと騙されてない?
私よりきれいな令嬢、あの場にはたくさんいたと思うけどなぁ。
納得のいかない気持ちでモヤモヤしてると、お母様が優しく告げてくる。
「これであなたは、望む相手のところに嫁ぎやすくなったわ。
宰相の件が片付けば、あなたはもう聖女の人生を強要される事もなくなるはず。
普通の公爵令嬢として、自由に生きていいのよ」
「自由に、ですか」
「ええそうよ? あなたはあなたが望む相手と婚姻して、家庭を築いていいの。
王位はダヴィデ殿下が継いでくれれば、王統のことも気にしなくていいわ。
聖女ではなく、一人の女性としての人生を生きていいのよ」
一人の女性として、か。
私の幸福は、あの夏の日々。泡沫と消えた夢。
あの時のアンリ兄様のように、私を強く想ってくれる人であれば、夫として愛していけるのかな。
私には未だに、愛とか恋はぼんやりとしかわからない。
こうなったら、他の令嬢が読むような本でも読んでみるかな。
****
休日の午後、サロンの一室に、アンリ、ファウスト、そしてレナートの姿があった。
アンリが紅茶を口にしながらレナートに尋ねる。
「それで、見せたいものというのはなんだ?」
レナートがニヤリと笑みを浮かべ、一枚のメモをテーブルに置いた。
ファウストがそれを手に取り、内容を見て行く。
二桁の数字が八個並んでいるだけのようだ。
「……なんですか? これは」
「お嬢様のスリーサイズです」
「え?!」
ファウストが大きな声を上げていた。
「ちょっと待って! 数字が八つ並んでるけど、スリーサイズなの?!」
「里帰り前の数字と、先日測定したばかりの最新値ですよ」
きっちりアンダーバストまで控えている、公爵家の機密書類である。
この部屋にエルメーテ公爵が入って来れば、少なくともレナートとファウストの命はないだろう。
レナートが命がけで入手した極秘情報だ。
ファウストが目を見開いて数字を見比べていた。
「伸びすぎじゃない?!」
「ええ、驚異の成長力と言わざるを得ませんね。
それだけ数字が伸びていて、ウェストとアンダーバストが一切変化してません。
もはや化け物です」
アンリが苦笑を浮かべた。
「今のシトラスは、もうハイティーンの令嬢たちに匹敵する体型だ、驚くのも無理はないがな」
「本当に十二歳なんですか?!」
「私が聞きたいぐらいだ。時々シトラスが十二歳であることを忘れそうになる」
「うわぁ……こんなに体型が変わってたら、着る物なんて毎月新調しないといけないんじゃない? 発注が間に合うの?」
レナートが澄まし顔で応える。
「そこは成長を見込んで大きめのサイズを作る事でなんとか回しているようです。
おろしたての時には詰め物で形を整えていたドレスも、一か月後には詰め物が不要になるんですから、成長期とは恐ろしいものですね」
「この速度で成長していったら、最終的にどうなるの?」
「予想ですが……おそらく三桁の大台に乗る可能性もあるかと」
「あの顔で三桁?! 怖いよ!」
アンリが苦笑のまま手で制した。
「大丈夫、シトラスの自己申告だが、そこまでは伸びないようだ――ギリギリ、だがな」
里帰りの間に聞いていた、これまた極秘情報である。
シトラスはアンリに対し、その辺りはあけすけに明かしていた。
「だとしても、着る物には苦労しそうだなぁ……あの夜会みたいな極端な服、もうやめた方が良いと思うんだけど」
「ああ、それは私も賛成だし、シトラス本人も嫌がっていた。
今後はボディラインを隠す服を選んでいくんじゃないかな」
「ですが社交界では既にお嬢様の魔性の体型が噂になっています。
あの日に来れなかった好色家の貴族令息も触手を伸ばし始めたという話も聞きます。
今後はさらに警戒した方が良いでしょう」
「なに、父上や私がそんな輩を近づけるわけが無いだろう。
その心配は要らん」
「そっかー、こんなに伸びてるのか……アンリ様、もしかしてこのサイズのシトラス様に、まだ毎日スキンシップの責め苦を受けてるの?」
「……私の鋼の自制心をほめてくれ」
「アンリ様、すごいね……私だったら、抱き着かれただけで理性が吹き飛びそうだな。
――ねぇ、身長は伸びてないの?」
「百五十に届かないところで止まっていますね。里帰り前と変わりません。おそらく打ち止めでしょう。
ですが体重は少しずつ増えています。これはスリーサイズが伸びてる以上、仕方がないと思います」
アンリがため息をついて告げる。
「それでわかると思うが、今のシトラスは十歳の時のような運動能力を発揮する事はできないだろう。
重りを着て戦うようなものだからな。
あいつは自覚がないみたいだが、あいつ自身が戦うような局面は極力避けてくれ。
街に出かける時も、あいつは後先考えず行動することがある。くれぐれも油断はするなよ」
ファウストが紅茶を口に含みながら、メモをしみじみと眺めていた。
「これで聖女様か……ねぇ、聖神様の加護って、スリーサイズにも影響するの?」
「だとしたら、体型に悩むご令嬢方は敬虔な信徒に変わりそうですけどね。
知り合いの信徒は慎ましい体型でしたから、おそらく無関係です」
扉がノックされ、レナートが対応するより先に扉が開かれた。
「お兄様、やっと見つけた!」
扉からアンリに向かって小走りに近寄ったシトラスが、アンリの首元に背後から抱き着いていた。
シトラスの吐息が、アンリの耳にかかる。
「……ふむ」
続いてファウスト、レナートの首元にも背後から抱き着いていく。
「……なるほど?」
アンリが困惑しながら、シトラスに尋ねる。
「シトラス、なにをしてるんだ?」
シトラスが可憐な微笑みを浮かべた。
「先ほど読んだ本の内容を確かめていただけですわ!
それより、珍しい取り合わせですわね。お兄様たちこそ、何をしてらっしゃったの?」
シトラスがテーブルの上のメモを見つけ、手に取って中身を見て行く。
「……なんですの? この数字」
レナートがあわててシトラスからメモを奪い返した。
「なんでもございません! お嬢様は、どうかお気になさらず」
採寸結果をシトラスは知らない。
侍女に測ってもらったら、あとは用意された服を着るだけのシトラスは、具体的な自分のスリーサイズなど把握していないのだ。
「そう? じゃあ私は部屋に戻りますわね。
――皆さま、顔が赤いですわよ? 熱でもあるのですか?」
「本当に何でもありませんので!」
「……そう? わかったわ。風邪には気を付けてね」
シトラスはそのまま部屋を退出していった。
彼女が階段を上っていく音を聞きながら、ファウストがつぶやく。
「……あれで十二歳? 将来が怖すぎるよ」
レナートも疲れたようにうなだれた。
「アンリ様、よくあんなものを毎日食らって正気を保っていますね」
「里帰りで受けた生殺しの日々に比べたら、このくらいはまだ耐えられる」
「どんだけの責め苦を受けてたの?!」
アンリの口からシトラスによる生殺しの責め苦を聞いて、二人の男たちは悲鳴を上げた。
「なんでそれで手を出さないの?! もしかして不能なの?!」
「それで手を出さずに居ろとか、シトラス様も極悪な要求をしますね……」
「私もあれで随分鍛えられたよ……発狂寸前だったがな」
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