お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
53 / 71
第5章:魔性の少女

第50話 悪意

しおりを挟む
 私たちはホールのお父様たちの元へ向かっていた。

 歩いている間、マリアの視線はアンリ兄様とファウスト伯爵令息の間を行ったり来たりしていた。

 ……そういえばマリア、結構な面食いだったっけ。

「マリア、二人が気になるの?」

 マリアがあわてて赤い顔で振り向いてきた。

「えっ?! そう言う訳では!」

「わかってますわ。お兄様は本当に美術品みたいに綺麗だし、ファウスト伯爵令息もいい線を行ってますもの。
 思わずマリアが二人を目で追ってしまうのも、仕方がありませんわね」

 私の言葉で、真っ赤になったマリアがうつむいてしまった。

「ねぇマリア。あなたがよろしければ、私たちと一緒に行動しませんこと?
 そうすれば、もっと近くで長くお兄様たちを見てられますわよ?」

 急にマリアが顔を上げ、真顔で私の言葉を手で制した。

「いえ! 近くで何ておそれ多い! 私など壁や天井となって遠くから見守ることが出来ればそれで充分なのですわ!」

 ……こういうところ、本当に変わらないなぁ。

 私が懐かしくてクスクスと笑みをこぼしていると、マリアが不思議そうに私を見てきた。

「シトラス様、私を変な令嬢とは思わないのですか?」

「どういう意味かしら?」

「いえ、私が今のようにうっかり素を出してしまうと、皆様もっとドン引きされてしまうので……シトラス様は、そういう方の反応とは違って見えます」

「それはもう、充分知っていますもの。驚くことではありませんわ」

 マリアが社交場の隅っこに居る私と仲良くなったのは、これが理由だ。

 遠くから顔の良い貴族令息を愛でていたマリアと、会う機会が多かった――そんな些細ささいな縁だった。

 マリアがきょとんとしながら私に尋ねてくる。

「誰かから私のことをお聞きになったのですか?
 でもシトラス様が社交場に出るのは、今日が初めてでしたわよね?」

「……聖神様が教えてくださったのですわ。
 ――お父様、今戻りましたわ」

 私たちはお父様やバルベーロ伯爵の元へ合流した。


 その後は他愛のない会話を交換しつつ、マリアはバルベーロ伯爵と共に辞去していった。

「――ふぅ。やはり今回は、あまり仲良くなれそうにありませんわね。寂しいですわ」

 アンリ兄様が私の背中をぽんぽんと、優しく叩きながら応えてくれる。

「状況が違う。仕方がないさ。
 もっと時間をかければ、仲良くなる機会もあるだろう」


 またしばらく、私は貴族たちの挨拶攻勢をさばいていた。

 飽きもせず私を利用しようと近寄ってくる悪意の坩堝るつぼ醸成じょうせいされていた。

 ……ええいめんどくさい!

 もう今日の本命は済んだし、具合が悪いことにして帰ろうかな?!

 私がお父様に退出を願い出ようとすると、誰かの声が遮るように耳に届いた。


「これはこれは、エルメーテ公爵。ご機嫌はいかがかな?」


 ――この声! 忘れもしない、エリゼオ公爵!

 お父様は厳しい目つきでエリゼオ公爵を見ていた。

「エリゼオ公爵、どういう風の吹き回しだ?
 貴公は宰相派閥の最右翼だろう。私に近寄る理由などないはずだが」

 エリゼオ公爵は嫌らしい笑みで応える。

「私が用があるのは貴公ではない。聖女シトラス様だ。
 貴公が中々シトラス様に会わせてくれぬのでな。
 聖神様の信徒として、聖女様に挨拶せぬわけにもいくまい?」

 お父様は口を引き結んで押し黙った。

 聖神様への信仰を理由にされれば、お父様もそれを無碍むげに断れない。

 エリゼオ公爵が私を見る――それだけで、全身が総毛立つのがわかった。

「シトラス様、お初にお目にかかります。
 私はプリモ・アンム・エリゼオと申す者。以後、お見知り置きください」

「……シトラスですわ。それで、用件とはなんですの?」

 自分の声が固いのがわかる。

 膝が震え始め、手袋の中でも嫌な手汗がにじみ出る。

「今日は自慢の息子を連れてまいりました。
 ぜひ、彼に会ってやって欲しいのです。
 ――アレッシオ、挨拶なさい」

 前に出たのはよく知る顔――エリゼオ公爵の次男。

「エリゼオ公爵が子息、アレッシオです。
 私は今年で十三歳、シトラス様の一歳上です。
 親の確執かくしつは別にして、仲良くして頂ければと思います」

 親譲りの栗色の髪、一見すると爽やかな貴公子の微笑み。

 しかしその全ての言葉がいつわりである事を、私は嫌というほど知っていた。

 この男は、平気な顔で人をおとしいれる。

 人をだますことにかけては、親以上の才能を持つ男だ。

 私も最初は、この微笑みにだまされた。信頼してしまった。

 だけど私を処刑台に送る第一歩を用意したのは、この男だった。

 そして今だからこそわかる。

 目の前の男たちは、私を利用しようとする悪意の塊なのだ――

 私は視界が暗くなっていくのを自覚して、必死にアンリ兄様の腕にしがみついた。

「シトラス! ――父上!」

 お父様がうなずいたのが、少しだけ見えた。

「悪いがエリゼオ公爵、シトラスは身体が弱い。
 あまりに人が多過ぎて、気分が悪くなったようだ。
 今日はもう、我々は帰らせてもらう。貴公もこれで引き取るがいい」

「……では、シトラス様とはまたの機会にお会いしよう。
 帰るぞアレッシオ!」


 目の前から悪意の塊が去っていくのを感じて、私は少しだけ気分を持ち直した。

 お父様の声が聞こえる。

「大丈夫か? シトラス。
 ――だめそうだな、顔色が酷い。
 アンリ、シトラスを抱え上げなさい。
 急いで馬車に戻る」

 ふわりとした浮遊感を感じ、私の意識はそのまま薄れていった。




****

 目が覚めると、別邸のベッドだった。

 壁時計を探す――午後十時。みんなは寝静まっている時間だ。

 身体を見下ろすとネグリジェに着替えさせられていた。

 そっかー。もうあのドレス、出番が終わりか。もったいないな。

 体型が変わる前に、また着る機会があるだろうか――あっても着たくないな、と正直思ってしまった。

 ベッドサイドの水差しを探し、コップに水を注いで飲み干した。

「――ふぅ。お腹空いたな」

 あの程度の悪意なら、悪夢を見る事もないらしい。

 前回の人生と同じような悪意の坩堝るつぼ、やっぱり宮廷の社交界なんて、ろくなものじゃなかった。

 私の立場は随分ずいぶん変わったはずなのに、あそこは変わらず亡者たちの楽園だ。

 私はベッドから立ち上がり、空腹をまぎらわすものを探しに、ガウンを羽織って部屋の外に向かっていった。




 月明かりの中、一階の廊下を厨房の方向へ歩いて行く。

 通り過ぎた応接室の中に人影が居るように見えて、少し戻って中を覗いた。

「――お父様?」

「――ああ、シトラスか。目が覚めたんだね」

 月明かりが差し込むだけの暗い部屋、ソファに座るお父様に近寄り、その隣に腰を下ろした。

「こんな時間に真っ暗な部屋で、何をなさっていたのですか?」

「ちょっとした考え事さ。大丈夫、シトラスは何の心配もいらない。させやしないよ」

 テーブルを見ると、蒸留酒が置いてあった。

 お酒を飲みながら考え事をしていたらしい。

「……お父様、エリゼオ公爵は何を考えているとお思いですか?」

 お父様のため息が聞こえる。

「奴か……お前の話では、アレッシオが冤罪えんざいを仕組んだという話だったね」

 私はテーブルを見ながらうなずいた。

 アレッシオ公爵令息――かつて、『アレッシオ兄様』と呼んだ男。

 アレッシオ公爵令息が言う通りに宮廷で行動したら、いつの間にか私が陛下の暗殺をくわだてたことにされていた。

 指定された時間に指定された部屋に行く――ただそれだけで、全てが終わるように仕組まれていたのだ。

 それまで優しい言葉で慰めてくれていたアレッシオ公爵令息を疑うことは、あの時の私にはできなかった。

 そのまま私にはいつわりの聖女のレッテルが張られ、全ての凶事の元凶と言われ、処刑台に送られた。

 あの男は爽やかな貴公子の微笑みで人をおとしいれる悪魔だ。

 私の言葉を聞き終えたお父様が、グラスを手に取り中身をあおった。

「お前に前回の記憶があってよかった。
 もし今回もお前がアレッシオに篭絡ろうらくされていたら、お前を守り切ることはできなかっただろう。
 奴らにとってもアレッシオは切り札だったはずだ。
 そんなアレッシオをお前に近づけたのは、おそらく王統狙いだと思う」

「王統……お兄様は、宰相が私の夫に自分の手駒をすげるつもりだろうとおっしゃっていました。
 アレッシオ公爵令息が、その手駒だったのですね」

 一見すると無害に見える青年との恋仲――そんなものを邪魔することは、お父様にもできなかっただろう。

 私がもしもアレッシオ公爵令息の手に落ちていたら、そんな未来が待っていたんだ。

 お父様がグラスに蒸留酒を注ぎながら応える。

「ああ……だが、これでその目はついえた。
 もう宰相派閥が力を取り戻す目はない。
 陛下の周囲からも、宰相の息がかかった連中の追い出しが進んでいる。
 あとはシュミット侯爵から宰相の役職を剥奪すれば、奴はしまいだろう。
 それも近いうちに、陛下に承認させる」

「役職の剥奪だけで済ませるおつもりなのですか?」

 お父様が蒸留酒をあおった。

「――ふぅ。まさか! 以前、奴は無理ににせ聖水を流通させた。
 その時、わずかに痕跡を残していたんだ。
 巧くいけば、奴を処刑台送りに出来る」

「そうですか……宰相が居なくなれば、魔神復活はなくなる気がします。
 手抜かりのないよう、お願いいたしますね」

「もちろんだとも! ――さぁ、もう遅い。お前は眠りなさい」

「ええ、少しお腹に詰め込んだら眠ります」

 私は応接室を辞去して、軽い足取りで厨房の食品庫へ向かっていった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

夏芽みかん
ファンタジー
生まれながらに強大な魔力を持ち、聖女として大神殿に閉じ込められてきたレイラ。 けれど王太子に「身元不明だから」と婚約を破棄され、あっさり国外追放されてしまう。 「……え、もうお肉食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?」 追放の道中出会った剣士ステファンと狼男ライガに拾われ、冒険者デビュー。おいしいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 一方、魔物が出るようになった王国では大司教がレイラの回収を画策。レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。 【2025.09.02 全体的にリライトしたものを、再度公開いたします。】

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

処理中です...