お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第5章:魔性の少女

第49話 ダヴィデ王子の誕生祝賀会

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 十月中旬、第二王子ダヴィデの誕生日を祝う夜会がもよおされた。

 その夜会は、社交界に流れる一つの噂で、多くの人が詰めかけていた。

『希代の聖女が社交界に参加するらしい』

 確かな筋の情報として、希代の聖女に近づこうとする貴族たちが色めき立っていた。

 なにせ、聖女の心を射止めれば次の王位も夢ではないのだ。

 次期王位継承者の誕生祝賀会は、別の意味で王位に執着する人間が数多く集まっていた。

 そんな貴族たちの様子を、ダヴィデ王子は冷めた目で眺めていた。

 その場にいる人間たちの興味が自分にない事など、言われなくても理解していた。

 たびかさなる不祥事で、国王の権威は地に落ちている。

 早々に国王の退位が望まれてもいるが、王位を譲る先が自分ではない事も、充分に理解していた。

 聖女には苦労をかけっぱなしだと、少年は聖神に向かい謝罪の祈りを捧げる日々だった。


「殿下、誕生日おめでとうございます」

 うわべの笑顔で空虚な祝辞を述べる貴族たちの言葉を、ダヴィデ王子は愛想笑いで受け流していく。

 退屈で苦痛な時間が過ぎてしばらくして、ホールの入り口が騒がしくなっていることに気が付いた。

「なにごとだ?」

「は、エルメーテ公爵一家がご到着されました」

 近衛騎士の言葉に、ダヴィデ王子の心はわずかにおどった。

 かつて間近で一度、遠目に一度だけ見たことのある聖女は、可憐な少女だった。

 聖神の敬虔けいけんな信徒であるダヴィデ王子は、聖女と言葉を交わしたくて仕方がなかったのだ。

 だが父や兄が迷惑をかけた後ろめたさから、自分から行動することを控えていた。

 今日、ようやくその聖女と言葉を交わす機会が来たのだ。


 人々が起こす感嘆の波をかき分け、エルメーテ公爵が姿を見せた。その背後に公爵令息や公爵夫人の姿も見えた。

 聖女の姿を探し、ダヴィデ王子が思わず身を乗り出すと、エルメーテ公爵の背後に小さな少女が居るのがわかった。


 それは、少年にとって雷を受けたような衝撃だった。


 可憐を凝縮したような顔立ちをした少女が、大人びた体型を見せつけるドレスを着ていた。

 聖女が恥ずかしそうにうつむき、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 下品にならないよう地肌はさらしていないが、胸元や袖などが透け素材であしらえられ、少女の美しい肢体を見せつけていた。

 その華奢きゃしゃで女性的な身体付きは、清純な少女性となまめかしい女の魅力を兼ね備えていた。

 可憐な雰囲気をまとい庇護欲をそそりながらも、魅惑的な身体が男性の本能を刺激してくる。

 まさに見ている者の心を惑わす、魔性の少女だった。


「殿下、お誕生日をお祝い申し上げます」

「あ、ああ」

 エルメーテ公爵たちの祝辞をうわの空で受けながら、ダヴィデ王子の目は聖女に釘付けだった。

 いよいよ聖女が前に出る――

「エルメーテ公爵が息女、シトラスにございます。
 殿下と言葉を交わすのは、これが初めてとなりますわね。
 お誕生日、お祝い申し上げますわ」

 優美なカーテシーで挨拶する聖女――シトラスを、ダヴィデ王子は圧倒されながら見つめていた。

 これほど美しい令嬢が居るのかと、頭を鈍器で殴られた気分だった。

 だがそれでも、ダヴィデ王子は聖神への信心を忘れることはなかった。

「……シトラス様、ありがとうございます。
 父上や兄上が、シトラス様にご迷惑をおかけしました。
 この場にて、私に謝罪させてください」

 シトラスがゆっくりと顔を上げて可憐に微笑んだ。

「それはもう、終わったことですわ。
 私はダヴィデ殿下に立派な王となって頂けるなら、それ以上を求めません。
 聖神様も、殿下を罰したりはしないでしょう。
 過ぎたことは忘れて、今日は殿下の誕生日をお祝い致しましょう」


 うやうやしく辞去していくシトラスの姿を、ダヴィデ王子は目で追いかけ続けていた。

 彼はもう、シトラスから目を離すことが出来なくなったのだ。




****

 ダヴィデ殿下に挨拶が終わったので、私はマリアの姿を探した――かった。

 私のところに貴族たちがこぞって押し寄せてきて、それどころではなくなっていた。


 ああもう! 本当に宮廷の社交界はうっとうしいなぁ!


 近寄ってくる人たちの悪意が透けて見える。

 こちらを利用しようと近寄ってくるのなんて、見ればわかってしまう。

 しかもこのドレスのせいなのか、男性陣の目がいやらしく身体にまとわりついてくる。

 そりゃあこんだけ胸元を強調すれば! 胸くらい見たくなるだろうけども!

 お尻まで見る必要はなくない?! 十二歳の女子の身体をそんなに不躾ぶしつけな視線でなめ回して何が面白いの?!

 お母様、やっぱりこのドレスはミスチョイスなのでは?!

 傍にはいつの間にかファウスト伯爵令息も来てくれて、アンリ兄様と一緒に私の左右を固めてくれている。

 お父様とお母様は貴族の親たちをガードしてくれて、アンリ兄様たちが子女をガードする態勢みたいだ。

 小柄な私だけど、高めのヒールを履いているので今日は少しだけ背が高い。

 いつもならアンリ兄様の陰に隠れられたのだけれど、今日だけは視線から逃げる場所を失っていた。

 ……男性の性的な視線って、こんなに気持ち悪いんだなぁ。

 これは前回の人生では感じなかった気持ち悪さだ。

 ボディラインを隠す法衣って、こんな視線から守ってくれてたのか。

 もう今すぐ法衣に着替えたくなってきた。


 何組目になるか分からない貴族を追い払ったお母様が、私に振り向いた。

「――シトラス、顔色が悪いわ。大丈夫?」

「ええ、まだ大丈夫ですわ」

 正直に言えば、悪意でかなりトラウマを刺激されて気分が悪い。

 だけど傍で守ってくれる人が居る今は、それだけで心を強く持てた。

 なにより! 今日の目的であるマリアにまだ会ってない!

 私はその一心で、なんとか会場に踏みとどまっていた。



「お久しぶりですシトラス様」

 その声に振り返ると、バルベーロ伯爵が微笑んでいた。

 ――と、いうことは!

「お久しぶりですわ、バルベーロ伯爵。先日は失礼しましたわね。
 ところで、マリアはどちらにいらっしゃるの?」

 バルベーロ伯爵が困ったように笑った。

「ははは、あいつはシトラス様に会う直前に、『気分が悪くなった』と言って化粧室に駆け込んでいました」

 あの小心者めぇ……そういうところは本当に変わってないな。

 ほっとくと夜会の終わりまで化粧室から出てこないぞ。

「では、私はマリアを探してきますわ」

 アンリ兄様がすかさず声をかけてくる。

「シトラス、私たちも一緒に行く。一人で行動するな」

「あら、女性の化粧室に近寄るつもりでして?」

「傍までは行く! 中には入らん!」

 私は小さく息をついた。

「わかりましたわ。では途中までお願いします」




****

 私たちがホールを抜け、内廊下を歩いて行くと、遠くに貴族令息たちが誰かを囲い込んでいるのが見えた。

「お兄様、あれは何かしら」

 アンリ兄様が深いため息をついた。

「おおかた、会場から連れ出した令嬢を囲んでいるんだろう。
 すまんシトラス。助けに行ってくる。お前はファウストとここで待っていろ」

 アンリ兄様が大股で近寄っていくと、それに気付いた貴族令息たちがひるんだように後退あとずさった。

 その後、アンリ兄様が二言三言を告げると、貴族令息たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 貴族令息に囲まれていた人間があらわになり――あの顔、マリア!

 私はマリアにあわてて駆け寄っていく。

 マリアはすっかり怯え、アンリ兄様がなだめているようだ。

「――マリア! 無事でして?!」

 マリアが顔を上げ、涙目でこちらを見てくる。

「……シトラス様」

「どうしてあんな連中に囲まれていたんですの?!」

 マリアがぽつぽつと告げていく。

「緊張して、気持ち悪くなって、化粧室に向かったんです。
 そうしたら、先程の方たちが、私を取り囲んで……これから外に抜け出さないかと。
 私は嫌だと申し上げたのですが、お引き取りいただけなくて。
 怖くて震えておりました」

 私は大きくため息をついた。

「マリア、あなたは綺麗なのだから、そんな無防備な姿で歩いていては狙ってくれと言っているようなものですわ!
 宮廷の社交場を一人で動くのも、危ない行為でしてよ?
 ここの治安はある意味、貧民区画より悪いんですから」

「シトラス様、あなたがそれをおっしゃいますか?」

 え? 私が言っちゃいけない言葉だった?

 左右を見ると、アンリ兄様とファウスト伯爵令息が揃って深いため息をついていた。

「ともかく、ホールに戻ろう。
 人気ひとけが少ない場所に令嬢が一人でいるものじゃない。
 ホールの内廊下はシトラスが言う通り、無法地帯なんだ。
 まだ気分が悪いなら、化粧室まで我々が同行する」

 マリアはうなずいて「では、ホールへ」と告げた。

 歩いている途中、私はアンリ兄様に質問してみた。

「ねぇお兄様。なんでここはこんなに治安が悪いのかしら」

「逢い引きやナンパをしやすくするための『配慮』として、監視の目がゆるいんだよ。
 夜会で意気投合した男女が、人目を避けるために夜会から抜け出して内廊下で会話したり、そのまま外へ行く。
 その穴をついて、気弱な令嬢を狙うやからが居るというだけだ」

 なんだそれは! 気分が悪い話だな?!

 でも私たちが傍にいる以上、マリアにはもう手出しさせないんだから!


 私たちはマリアを守るように、固まってホールへ戻って行った。
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