お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第6章:聖女の使命

第52話 添い寝

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 年末も近くなった冬、その日は雪が降っていた。

 窓から外を見ても一面の銀世界。庭の花壇も、雪の下に埋もれてしまっている。


 この前お父様から、シュミット侯爵がにせ聖水の製造に関わっていた証拠を確保したと伝えられた。

 宰相の役職を剥奪されたシュミット侯爵はさらに力を落とし、お父様の追求からのがれることがついにできなかったようだ。

 私は即座に王都におもむき、グレゴリオ最高司祭にシュミット侯爵の反逆罪を宣告した。彼の死罪が決定した瞬間だ。


 私はあとのことをお父様たちに任せ、そのまま公爵邸に帰ってきて、こうして景色を眺めている。

 この雪がやめば、その時が処刑の日になるはずだ。

 聖神様から命じられた魔神復活の阻止――それはたぶん、今回のことで片が付いたんだと思う。


 まだまだ、王都には醜い亡者たちが巣くってる。

 だけど現在はお父様が新しい宰相となり、国政を動かしている。

 重要な部署から宰相派閥だった貴族たちは追い出され、お父様が信頼する貴族たちで固めて居るらしい。

 元宰相派閥だった貴族たちも、お父様派閥となって監視下に置かれて居る形なんだとか。

 宰相の行っていた悪事の数々が白日のもとにさらされ、それに加担していた宰相派閥の貴族たちも余罪を追及されている最中だそうだ。

 エリゼオ公爵やフェルモ伯爵も同様で、このままなら爵位を没収しての死罪になるんじゃないかってお父様が言っていた。

 雪の季節が終わる頃、お父様による宮廷の大掃除が終わる予定だ。

 そうなれば、もう聖玉が崩壊する事もないだろうとグレゴリオ最高司祭も言っていた。

 だけど聖玉の力は衰えている。そのことも間違いではなかった。

 私は引き続き新しい聖玉の作り方の調査をグレゴリオ最高司祭にお願いしている。


「――ふぅ」

 ため息をついて、私はソファに腰を下ろした。

 クッションを抱え込んで、そのままソファに倒れ込む。

 今回の人生は、無事に使命を果たせたのだろうか。

 聖神様は洗礼の時を最後に、言葉をくれることはなかった。

 あの時『これが最後の力』と言っていたし、私に伝えたくても伝えられないのかもしれない。

 ――実感がなかった。

 悪夢は変わらず、私をさいなんでいる。

 聖神様の使命を果たせと、私をせかす。

 だけどこれ以上何をしたらいいのか、私にはもうわからない。

 使命を果たし終わったら悪夢が終わると考えたこともある。

 だけどやっぱり、この悪夢とは一生付き合わないといけないのかもしれない。

 お父さんの胸で寝ていても、悪夢は見た。

 さすがのお父さんでも、悪夢を追い払うことはできなかったみたいだ。


 ――ああでも、あの夏の日々では一度も悪夢を見なかったな。


 それはどういうことなんだろう。

 起き上がって時計を見る――午後三時。

 そろそろアンリ兄様が格闘術の講義を終え、階段を上ってくる時間だ。

 私はソファから立ち上がり、いそいそと部屋の外へ向かっていった。




****

 階段を上ってきたアンリ兄様の腕に向かって、私は思いっきり飛びついた。

「お兄様!」
「うわぁ! 危ない!」

 アンリ兄様の腕が私の胸に挟み込まれ、バランスを崩したアンリ兄様がそれでも私の身体を支えようと手を伸ばした――その先に、私のお尻があった。

 兄妹が、抱き合った形で時間が止まっていた。

「お兄様? どうしましたの?」

 アンリ兄様の腕にしがみついたまま、その顔を見上げた。

 いつもなら『階段の上でこんなことするな』とか、そういうことを言ってくるはずだ。

 だけど今のお兄様は、顔を真っ赤に染めて硬直していた。

「……シトラス、お前はもう少し自分の破壊力を自覚してくれないか」

 破壊力、とは。

「お兄様? どういう意味でして?」

 アンリ兄様の手が、ゆっくりと私のお尻から離れていった。

「……できれば、腕を解放してくれると助かる」

「……『腕を解放すれば』良いのですね?」

 私はアンリ兄様の腕を解放した後、今度はアンリ兄様の背中に思いっきり抱き着いていた。

「さぁお兄様、お部屋へ行きましょう。少しおはなししませんか?」

「……シトラス、当たってる」

「ええ、存じてますわ。腕を解放すれば文句はないのでしょう? さぁ行きましょう!」

 私はアンリ兄様を背後から操るように自分の部屋へと導いて行った。




****

「レイチェル、人払いをしてもらえる?」

 アンリ兄様を背後から操りながら、私はレイチェルに告げた。

 レイチェルが眉をひそめ、困惑した顔で尋ねてくる。

「お嬢様、この状況で人払いは、うけたまわることが難しく感じます」

 おや? 珍しい。

 どうやら私たちが兄妹の一線を超えないか、心配されているみたいだ。

「別に変なことをする訳じゃないから、安心して?
 こうでもしないとお兄様が部屋に来てくれないと思ったから、無理やり連れてきただけよ。
 それとも、私の言葉が信じられない?」

 私がまっすぐ見つめていると、レイチェルはうやうやしく頭を下げた。

「かしこまりました」




 扉が閉まったのを確認して、私はアンリ兄様をソファに押し倒した。

「シトラス! お前言うこととやってることに剥離はくりがないか?!」

「変なことをしたい訳じゃないの。少し眠りたいから、添い寝して欲しいだけですわ。
 それとも――ねぇアンリ、こうしてお願いすれば、わかってくれるかな?」

 私の言葉で、真っ赤になっていたアンリが真顔になった。

 しばらく私たちは見つめあった後、アンリが優しく微笑んだ。

「ああ、わかったよシトラス。私は添い寝してればいいんだな?」

「そういうこと。さすがアンリはよくわかってるね!」

 私は正面からアンリに抱き着いて、その胸の中で意識を手放していった。





「お嬢様、ご起床ください。夕食の時刻です」

 その言葉で意識が覚醒し、私はゆっくりと目を開けた。

 目の前にはアンリの胸板。上を見上げると、アンリも気持ちよさそうに寝ていた。

 私を抱きしめているアンリの腕をそっとほどき、耳元でささやく。

「アンリ、ごはんの時間だってさ。起きて」

 アンリの目が動き、少しずつ開いて行った。

「……ああ、もうそんな時間か」

「ええ、そうらしいですわ。さぁ参りましょう、お兄様」

 私はアンリ兄様と一緒にダイニングに向かって階段を降りていった。




****

「お母様、今日は私、お兄様の部屋で寝ますわ」

 お母様がカトラリーを落とす音が食卓に響いていた。

 戸惑うお母様に、私はさらに告げる。

「ですので、見張りになる従者の手配をお願いします。
 夜番やばんの従者が居て下されば、問題にはならないでしょう?」

 兄と妹の共寝ともねに見張りの従者が付く。

 十二歳なら、まだ問題になる年齢にはギリギリ達していないはずだ。

「……どういうことかしら。そこまでして、アンリと一緒に寝たいの?」

 私は微笑んで応える。

「ええ! おそらく今夜、私は悪夢を見ると思います。
 一人で寝ていては、また叫んでしまうでしょう。
 ですがお兄様に添い寝してもらえたら、叫ばずに済むかもしれないのです。
 それを確かめたいと思いまして」

 少なくとも、午後のお昼寝では悪夢を見なかった。

 あの時間、夏の日々のような安らぎを感じていた。

 それなら夜だって、期待できるかもしれない。

 お母様が真剣な目で私を見つめてきた。

「あなた……まだ悪夢を見ているの?
 もうシュミット侯爵の件は片付いたはずよ?」

「はい、今も変わらず見ていますわ。
 少なくとも週に二、三回は悪夢を見ています。
 普段は叫ばずに済んでいますから、お母様たちはご存じないのですわね」

「そんなに頻繁に……あなたが朝に弱いのは、もしかしてそのせいなのかしら」

「どうでしょうか? 平和だった時の記憶が遠い過去なので、元から弱かったのかなんて、もう思い出せませんわ」

 お母様がアンリ兄様を見た。

 アンリ兄様も真剣な顔でお母様を見ていた。

「アンリ、わかっているわね」

「はい、母上。シトラスは私が守ります」

 お母様が深いため息をついた。

「わかったわ。遅番の侍女に頼んで、あなたたちの共寝ともねを見守ってもらいます。
 それでいいかしら?」

 私は微笑んで応える。

「はい、ありがとうございます!」




 入浴を終えた後、レイチェルと遅番の侍女を連れてアンリ兄様の部屋を訪れる。

「お兄様、お願いしますわね」

 ベッドで横たわるアンリ兄様が、布団にスペースを作ってくれた。

「お邪魔しまーす」

 するりとアンリ兄様の腕の中に収まり、頭をその胸の中にうずめた。

「それじゃあおやすみ、アンリ」

 アンリに抱き着いたまま、私はゆっくりと意識を手放していった。

 その夜の夢は、とても幸せな気分にひたれたような気がした。
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