形式だけの妻でしたが、公爵様に溺愛されながら領地再建しますわ

鍛高譚

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1-4 契約結婚の条件と、公爵の影

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1-4 契約結婚の条件と、公爵の影

二度目の公爵邸。
重厚な門の前に立ったクラリティは、胸の奥につかえた不安を飲み込むように、静かに息を整えた。

――形式的な結婚。
――干渉しない夫婦。
――愛のない契約。

夢見た結婚とはかけ離れた未来。
それでも、今の彼女には他の選択肢がない。

気持ちを奮い立たせ、鼓動を抑えながら扉を叩いた。

客間で待っていたガルフストリームは、前回と同じ、氷のように静かな瞳でクラリティを迎えた。

「来たか。座ってくれ」

淡々とした声。
温かさはないが、冷たさだけでもない……そんな不思議な距離感だ。

執事に椅子を勧められ、クラリティが腰を下ろすと、ガルフストリームは前置きもなく切り出した。

「では、結婚契約の詳細について話そう」

その声音は、婚姻の話とは思えないほどの事務的さだった。


---

■ 契約の条件

テーブルに置かれたのは分厚い書類。
まるで官僚が作る政策資料のような堅苦しさに、クラリティは目を瞬かせた。

ガルフストリームは一枚、また一枚と指で押さえながら説明する。

「まず――我々の結婚は形式的なものとする。
愛情は求めない。夫婦として振る舞うのは外向けだ。
実生活は互いに独立し、干渉しない」

淡々と語られる“愛なし宣言”に、クラリティの胸がひりついた。
しかし、黙って聞くしかない。

「社交界での活動は君の自由だ。ただし、公爵家の名誉を損なう行動を取れば契約は破棄する」

「……理解しました」

声は震えなかった。
それだけで、少しだけ自分を褒めたい気分だった。

「経済的な自由も保証する。年間の手当はこの額だ」

提示された金額は、伯爵家時代よりはるかに多い。
生活に困ることはない――むしろ、余裕すぎるほどの額だった。

「必要であれば増額にも応じる。ただし正当な理由がある場合のみだ」

あくまで合理的。
彼という人間そのものを表すような条件ばかりだった。


---

■ 最も厳しい条件と、公爵の“影”

そしてガルフストリームは、一瞬だけ言葉を止めた。
空気がわずかに沈む。

「最後に――互いの私生活には、一切干渉しないこと」

その言葉には、他の条項とは異なる重さがあった。

クラリティは気づく。

(まるで……これは彼にとって、最も譲れない条件?)

思わず問いかけた。

「……この条件は、とても強調されているように思えます。
理由を伺っても?」

わずかに――ほんのわずかに。
ガルフストリームの瞳に陰が差した。

すぐにそれは消え、彼はいつもの無表情に戻った。

「私は自由を重視している。それだけだ。
君にも同じ自由を与える」

とても簡潔な言葉。
しかし、言葉の奥に“何か”があることだけは分かった。

彼女は追及しなかった。
この男が見せた一瞬の影を、無遠慮に踏み込むのは正しくない気がした。

「承知いたしました」


---

■ サインと、静かな決意

全ての条項に目を通し、クラリティはペンを手に取る。

――本当にこれでいいの?

胸の奥で何度も問い直した。
だが、答えは出ない。

婚約破棄で失った名誉、家族からの冷たい視線、貴族社会での嘲笑。
すべてを覆すには、この選択しか残されていない。

覚悟を決め、彼女は署名欄に名前を記した。

ペン先が紙を離れた瞬間、ガルフストリームは小さく頷いた。

「これで君は私の妻となる。準備が整い次第、式を挙げる」

淡々とした声。
それなのに、ほんの僅か――安堵の色があったように思えた。

クラリティは胸を押さえる。
不安、緊張、そして微かに灯った決意が、心の中で渦を巻いていた。


---

■ 新たな人生の幕開け

公爵邸を出る頃には、空の色が薄紫に染まっていた。

これまでの人生が終わり、
これからの人生が静かに始まるのだと、胸の奥で感じていた。

「……私は、私のやり方で進む」

彼女はそっと呟いた。

形式的な結婚。
冷たい契約。
しかし、その冷たさの奥に、どんな未来が待っているのか――

クラリティはまだ知らない。

だがその足は、確かな決意とともに前へ踏み出していた。


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