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1-2 無慈悲な提案と、クラリティの選択
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1-2 無慈悲な提案と、クラリティの選択
ローゼンハイト公爵邸の前に立ったクラリティは、重厚な黒檀の扉を見上げた。
伝統ある公爵家にふさわしい荘厳さが、まるで「覚悟はあるのか」と問いかけてくるようだった。
深呼吸を三度。
手袋に包まれた指先が震えてしまうのを、必死に押しとどめる。
なぜ、公爵家当主が自分に――?
理由は分からない。それでも行かなければ何も変わらない。
意を決して扉を叩くと、無表情な執事が静かに中へ案内した。
---
ローゼンハイト公爵との邂逅
通された客間は広く、冷たいほど整然としていた。
余計な装飾が一切なく、それがかえって圧迫感を生み出している。
その中央。
一人の男が、クラリティを待ち構えていた。
ガルフストリーム・ローゼンハイト。
噂に名高い、公爵家の若き当主。
端正な顔立ち、整った姿勢。
そして、氷のように澄んだ青い瞳がクラリティをまっすぐに射抜いた。
彼はクラリティが挨拶を口にするより早く、静かに口を開いた。
「よく来たな。時間通りだ」
礼を欠いてはいないのに、不思議と温度がない声。
クラリティは胸の奥がざわつくのを感じながら会釈した。
「お手紙を拝見し、参上いたしました。私に何かご用があると……」
「本題に入る。私は君に結婚を申し込みたい」
……はい?
クラリティは、一瞬思考が止まった。
「……私に、ですか?」
「そうだ」
彼は淡々と頷いた。
「だが、この結婚は形式的なものだ。互いに愛情を求める必要はない。
干渉もしない。要は――契約としての結婚だ」
部屋に静寂が落ちた。
クラリティは思わず握りしめた手を見下ろす。
結婚とは本来、胸が熱くなるものだと思っていた。
憧れていた未来は、こんな冷たい声とは程遠い。
「……形式的、とおっしゃいますと?」
「夫婦として周囲にふるまってくれれば十分だ。
君の生活は君のまま。私も私のまま。干渉しない。自由であればいい」
あまりにも合理的すぎる説明に、胸の奥がひりついた。
それでも疑問は消えない。
「なぜ……私なのですか?
私は婚約を破棄されたばかりで、評価も落ちています。もっとふさわしい方がいるはずです」
するとガルフストリームは、ほんのわずか――皮肉めいた笑みを添えて言った。
「君が婚約破棄されたという事実こそ、私にとっては好都合だ」
「……好都合?」
「君は名誉を失い、立ち場を奪われた。
その反動として、失ったものを取り戻す気力もあるはずだ。
一方、私は妻を迎えることで政治の均衡を保つ必要がある。
君の家柄は、条件として申し分ない」
合理的で、冷徹で――どこかズルいほど用意周到な男だった。
でも。
ガルフストリームが言う「君ならやれる」という一言だけは、不思議と嘘には聞こえない。
「……私には、他に道がないということですね」
ぽつりと漏れた言葉に、ガルフストリームは少しだけ表情を和らげた。
それは、慰めでも優しさでもなく――現実を受け入れる者への評価のようなものだった。
「悪い話ではないはずだ。
落ちぶれる気がないのなら、私の妻として表に立つ方がいい」
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
彼にとって自分は“駒”。
でも、自分も――今の自分を変えるために、駒のまま終わるわけにはいかなかった。
クラリティは、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。お受けいたします」
ガルフストリームは満足げに静かに頷き、契約内容を淡々と説明し始めた。
---
帰り道の孤独と、小さな決意
説明を終え屋敷を後にすると、夕刻の冷気が頬に刺さる。
馬車に乗り込み、窓に映る自分の表情を見て、クラリティは小さく呟いた。
「本当に……これでいいの?」
夢見た幸せとは違う、冷たく硬い結婚。
それでも――このまま何もせず潰れていくよりはずっといい。
両親の失望の視線も、社交界の嘲笑も、すべて変えられるかもしれない。
これはきっと、終わりではなく始まり。
「……やるしかないわ」
かすかな震えとともに、クラリティはそう心に刻んだ。
この契約がどんな未来へ繋がるのか――
その先で待つ“真のざまぁ”を、クラリティはまだ知らなかった。
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ローゼンハイト公爵邸の前に立ったクラリティは、重厚な黒檀の扉を見上げた。
伝統ある公爵家にふさわしい荘厳さが、まるで「覚悟はあるのか」と問いかけてくるようだった。
深呼吸を三度。
手袋に包まれた指先が震えてしまうのを、必死に押しとどめる。
なぜ、公爵家当主が自分に――?
理由は分からない。それでも行かなければ何も変わらない。
意を決して扉を叩くと、無表情な執事が静かに中へ案内した。
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通された客間は広く、冷たいほど整然としていた。
余計な装飾が一切なく、それがかえって圧迫感を生み出している。
その中央。
一人の男が、クラリティを待ち構えていた。
ガルフストリーム・ローゼンハイト。
噂に名高い、公爵家の若き当主。
端正な顔立ち、整った姿勢。
そして、氷のように澄んだ青い瞳がクラリティをまっすぐに射抜いた。
彼はクラリティが挨拶を口にするより早く、静かに口を開いた。
「よく来たな。時間通りだ」
礼を欠いてはいないのに、不思議と温度がない声。
クラリティは胸の奥がざわつくのを感じながら会釈した。
「お手紙を拝見し、参上いたしました。私に何かご用があると……」
「本題に入る。私は君に結婚を申し込みたい」
……はい?
クラリティは、一瞬思考が止まった。
「……私に、ですか?」
「そうだ」
彼は淡々と頷いた。
「だが、この結婚は形式的なものだ。互いに愛情を求める必要はない。
干渉もしない。要は――契約としての結婚だ」
部屋に静寂が落ちた。
クラリティは思わず握りしめた手を見下ろす。
結婚とは本来、胸が熱くなるものだと思っていた。
憧れていた未来は、こんな冷たい声とは程遠い。
「……形式的、とおっしゃいますと?」
「夫婦として周囲にふるまってくれれば十分だ。
君の生活は君のまま。私も私のまま。干渉しない。自由であればいい」
あまりにも合理的すぎる説明に、胸の奥がひりついた。
それでも疑問は消えない。
「なぜ……私なのですか?
私は婚約を破棄されたばかりで、評価も落ちています。もっとふさわしい方がいるはずです」
するとガルフストリームは、ほんのわずか――皮肉めいた笑みを添えて言った。
「君が婚約破棄されたという事実こそ、私にとっては好都合だ」
「……好都合?」
「君は名誉を失い、立ち場を奪われた。
その反動として、失ったものを取り戻す気力もあるはずだ。
一方、私は妻を迎えることで政治の均衡を保つ必要がある。
君の家柄は、条件として申し分ない」
合理的で、冷徹で――どこかズルいほど用意周到な男だった。
でも。
ガルフストリームが言う「君ならやれる」という一言だけは、不思議と嘘には聞こえない。
「……私には、他に道がないということですね」
ぽつりと漏れた言葉に、ガルフストリームは少しだけ表情を和らげた。
それは、慰めでも優しさでもなく――現実を受け入れる者への評価のようなものだった。
「悪い話ではないはずだ。
落ちぶれる気がないのなら、私の妻として表に立つ方がいい」
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
彼にとって自分は“駒”。
でも、自分も――今の自分を変えるために、駒のまま終わるわけにはいかなかった。
クラリティは、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。お受けいたします」
ガルフストリームは満足げに静かに頷き、契約内容を淡々と説明し始めた。
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帰り道の孤独と、小さな決意
説明を終え屋敷を後にすると、夕刻の冷気が頬に刺さる。
馬車に乗り込み、窓に映る自分の表情を見て、クラリティは小さく呟いた。
「本当に……これでいいの?」
夢見た幸せとは違う、冷たく硬い結婚。
それでも――このまま何もせず潰れていくよりはずっといい。
両親の失望の視線も、社交界の嘲笑も、すべて変えられるかもしれない。
これはきっと、終わりではなく始まり。
「……やるしかないわ」
かすかな震えとともに、クラリティはそう心に刻んだ。
この契約がどんな未来へ繋がるのか――
その先で待つ“真のざまぁ”を、クラリティはまだ知らなかった。
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