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3-1 静かな日常に落ちる影
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3-1 静かな日常に落ちる影
ガルフストリーム公爵家に嫁いでから、まもなく一年――。
形式的な結婚生活の中で、クラリティは自分らしい居場所を少しずつ築き上げていた。
冷たかった屋敷にも慣れ、気の置けない友人もでき、庭園には季節の花が咲き誇る。
かつての孤独が嘘のように、心は穏やかな波を取り戻しつつあった。
だが、その平穏は、ある一通の封書によって揺さぶられることになる。
---
■ 不穏な手紙
朝の陽光が差し込む部屋で、クラリティは執事に渡された手紙を順番に確認していた。
その中の一つ――差出人の記名がない封書に違和感を覚える。
封を切ると、短い文が目に飛び込んできた。
> 「公爵家に迫る危機。真実を知りたければ、この手紙を燃やさず心に留めよ。」
それだけ。
用件も理由も、差出人の名すらない。
「……何かの悪戯かしら」
そう思いたかったが、胸の奥でざわりと何かが蠢いた。
その日の夕食時、クラリティはそっと探りを入れてみた。
「最近……屋敷で変わったことはありませんか?」
ガルフストリームは一瞬だけ視線を上げた。
その瞳に、微かな警戒が宿る。
「屋敷にはない。だが、国情は少しざわついている。貴族間の火種も増えつつある……用心に越したことはない」
その冷静な声音に、クラリティの不安はさらに深まった。
---
■ 裏庭の囁き
数日後。
庭園でメイドたちと話していたクラリティの耳に、裏手から不審な声が届いた。
ひそひそと押し殺すような声。
何かを隠すような気配。
そっと近づくと、使用人が数名、紙片を囲んでいた。
クラリティの姿に気づくや否や、彼らは血相を変えて散り散りに逃げていった。
残されたのは、一枚の紙切れ。
彼女が拾い上げると、“使用人の雑談”で済ませられない単語が並んでいた。
> 契約・報酬・引き渡し
「……これは、一体?」
胸がざわめく。
手紙が告げた「危機」の言葉が、頭をよぎった。
---
■ 書斎での相談
その夜、クラリティは書斎の扉を叩いた。
「入れ」
短い声に促されて中へすると、ガルフストリームは書類を閉じ、彼女に視線を向けた。
クラリティは深呼吸し、紙切れを差し出した。
「……屋敷で少し気になる動きがありました」
ガルフストリームは紙を受け取ると、表情を変えずに内容を読み――
次第に眉をひそめた。
「……これは、ただの噂話では終わらないな」
その声に、クラリティは思わず息をのむ。
「何か……問題が?」
「分からない。ただ、使用人の中に“紛れ込んだ者”がいる可能性はある」
普段は揺れない男の声に、かすかな苛立ちと警戒が滲んでいた。
クラリティは迷わず言う。
「もし調査が必要なら、私にも――」
「君は巻き込まれるな」
きっぱりとした拒絶だった。
だがその声音には、以前にはなかった温度がある。
「危険を冒す必要はない。私は……君に何かあっては困る」
クラリティの胸がわずかに震えた。
形式的な結婚のはずの彼から、初めて聞く“心からの気遣い”だった。
---
■ それでも彼女は動き出す
しかし、クラリティは首を振った。
「私はこの家の一員です。
ただ守られるだけでは……もう、いたくありません」
ガルフストリームは驚いたように彼女を見つめ、しばらく沈黙の後――
静かに頷いた。
「……分かった。だが単独で動くな。私の側近をつける」
その妥協には、明らかな“信頼”が含まれていた。
---
■ 屋敷に潜む影
翌日からクラリティは、自然な会話の中に小さな違和感をすくい取っていった。
新しく雇われた使用人の素性が曖昧であること。
夜間に不自然な出入りがあること。
セリーナや他の友人にも情報収集を頼み、網は徐々に広がっていく。
そして――
報告を受けたガルフストリームの表情は、これまでで最も険しかった。
「……クラリティ。これは単なる内部の不満ではない。外部の人間が関わっている可能性が高い」
不穏な空気が、二人の間に漂う。
「これ以上、危ないことは――」
「やめません。
私には、この家を守りたい理由があります」
クラリティの瞳は強く、揺るがなかった。
ガルフストリームは、諦めるように息を吐く。
「……分かった。ならば共に調べよう」
その瞬間、形式的だった夫婦の間に
初めて“同じ目的”が生まれた。
---
■ 真実へ向かう、二人の第一歩
こうしてクラリティとガルフストリームは、
屋敷に潜む陰謀を暴くため、手を取り合い動き始めた。
契約から始まった関係に、
小さくとも確かな “絆の芽” が息づきはじめる。
それが後に、二人の未来を大きく変える扉を開くことになるとは――
この時の誰もが、まだ知らなかった。
---
ガルフストリーム公爵家に嫁いでから、まもなく一年――。
形式的な結婚生活の中で、クラリティは自分らしい居場所を少しずつ築き上げていた。
冷たかった屋敷にも慣れ、気の置けない友人もでき、庭園には季節の花が咲き誇る。
かつての孤独が嘘のように、心は穏やかな波を取り戻しつつあった。
だが、その平穏は、ある一通の封書によって揺さぶられることになる。
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■ 不穏な手紙
朝の陽光が差し込む部屋で、クラリティは執事に渡された手紙を順番に確認していた。
その中の一つ――差出人の記名がない封書に違和感を覚える。
封を切ると、短い文が目に飛び込んできた。
> 「公爵家に迫る危機。真実を知りたければ、この手紙を燃やさず心に留めよ。」
それだけ。
用件も理由も、差出人の名すらない。
「……何かの悪戯かしら」
そう思いたかったが、胸の奥でざわりと何かが蠢いた。
その日の夕食時、クラリティはそっと探りを入れてみた。
「最近……屋敷で変わったことはありませんか?」
ガルフストリームは一瞬だけ視線を上げた。
その瞳に、微かな警戒が宿る。
「屋敷にはない。だが、国情は少しざわついている。貴族間の火種も増えつつある……用心に越したことはない」
その冷静な声音に、クラリティの不安はさらに深まった。
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■ 裏庭の囁き
数日後。
庭園でメイドたちと話していたクラリティの耳に、裏手から不審な声が届いた。
ひそひそと押し殺すような声。
何かを隠すような気配。
そっと近づくと、使用人が数名、紙片を囲んでいた。
クラリティの姿に気づくや否や、彼らは血相を変えて散り散りに逃げていった。
残されたのは、一枚の紙切れ。
彼女が拾い上げると、“使用人の雑談”で済ませられない単語が並んでいた。
> 契約・報酬・引き渡し
「……これは、一体?」
胸がざわめく。
手紙が告げた「危機」の言葉が、頭をよぎった。
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■ 書斎での相談
その夜、クラリティは書斎の扉を叩いた。
「入れ」
短い声に促されて中へすると、ガルフストリームは書類を閉じ、彼女に視線を向けた。
クラリティは深呼吸し、紙切れを差し出した。
「……屋敷で少し気になる動きがありました」
ガルフストリームは紙を受け取ると、表情を変えずに内容を読み――
次第に眉をひそめた。
「……これは、ただの噂話では終わらないな」
その声に、クラリティは思わず息をのむ。
「何か……問題が?」
「分からない。ただ、使用人の中に“紛れ込んだ者”がいる可能性はある」
普段は揺れない男の声に、かすかな苛立ちと警戒が滲んでいた。
クラリティは迷わず言う。
「もし調査が必要なら、私にも――」
「君は巻き込まれるな」
きっぱりとした拒絶だった。
だがその声音には、以前にはなかった温度がある。
「危険を冒す必要はない。私は……君に何かあっては困る」
クラリティの胸がわずかに震えた。
形式的な結婚のはずの彼から、初めて聞く“心からの気遣い”だった。
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■ それでも彼女は動き出す
しかし、クラリティは首を振った。
「私はこの家の一員です。
ただ守られるだけでは……もう、いたくありません」
ガルフストリームは驚いたように彼女を見つめ、しばらく沈黙の後――
静かに頷いた。
「……分かった。だが単独で動くな。私の側近をつける」
その妥協には、明らかな“信頼”が含まれていた。
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■ 屋敷に潜む影
翌日からクラリティは、自然な会話の中に小さな違和感をすくい取っていった。
新しく雇われた使用人の素性が曖昧であること。
夜間に不自然な出入りがあること。
セリーナや他の友人にも情報収集を頼み、網は徐々に広がっていく。
そして――
報告を受けたガルフストリームの表情は、これまでで最も険しかった。
「……クラリティ。これは単なる内部の不満ではない。外部の人間が関わっている可能性が高い」
不穏な空気が、二人の間に漂う。
「これ以上、危ないことは――」
「やめません。
私には、この家を守りたい理由があります」
クラリティの瞳は強く、揺るがなかった。
ガルフストリームは、諦めるように息を吐く。
「……分かった。ならば共に調べよう」
その瞬間、形式的だった夫婦の間に
初めて“同じ目的”が生まれた。
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■ 真実へ向かう、二人の第一歩
こうしてクラリティとガルフストリームは、
屋敷に潜む陰謀を暴くため、手を取り合い動き始めた。
契約から始まった関係に、
小さくとも確かな “絆の芽” が息づきはじめる。
それが後に、二人の未来を大きく変える扉を開くことになるとは――
この時の誰もが、まだ知らなかった。
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