白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので

鍛高譚

文字の大きさ
17 / 18

16話

しおりを挟む
繋がり始めるふたりの想い

 それからというもの、私はセイルと何度かお茶や食事をともにする機会を重ねた。父母には一応「知人の騎士と会っている」と伝えてあるが、特に反対されていない。むしろ母は「リオネル殿下との件で落ち込んでいるだろうから、気の合う人と気晴らしするのはいいことよ」と寛容だった。
 セイルは騎士団の訓練や任務があるので、そう頻繁には会えない。それでも、週に一度か二度、王都のどこかで落ち合うと、ふたりでひとときの“普通の時間”を楽しむのだ。
 最初は雑談ばかりだったが、回数を重ねるごとに自然とお互いのことを深く知るようになる。私の趣味である読書やお茶について話すと、セイルは興味深そうに耳を傾け、「いつか一緒に図書室へ行ってみたいですね」と笑ってくれる。逆にセイルの訓練の話や、騎士団での武功の話は私にとって未知の世界で、彼が誇らしげに語る姿は微笑ましい。
 私が少し落ち込んだ様子を見せると、セイルはさりげなく励ましてくれる。王宮での出来事はまだ心の傷になっているが、彼の存在があるだけでいくらか救われる思いだった。そんな中、ゆっくりとふたりの距離は縮まっていった。


運命を変える求婚

 ある日の夕暮れ。私はセイルと連れ立って、侯爵家の庭に出ていた。今日は特別に父が「客人を招いて庭で夕涼みをしてもよい」と許可してくれたのだ。もっとも、父母は奥で別の来客対応をしていて顔を出さないので、実質的に私はセイルとふたりきり。
 夏の夕闇がゆっくりと濃くなり、中庭の灯がぼんやりと花壇を照らしている。セイルは何かを決心したようで、じっと私の顔を見つめて口を開いた。

「ルージュ様……。今まで貴女様と過ごしてきて、私は改めて確信しました。私は貴女様を愛しています。もしよろしければ、私と——正式に婚約していただけませんか?」

 静かな声だったが、その言葉は私に大きく響いた。
 婚約……再び耳にするその言葉に、一瞬ためらいが生まれる。つい最近、私は形ばかりの婚姻の破局を経験したばかりだ。もう結婚の話など聞きたくないはずなのに、セイルのまなざしを見ていると、不思議なくらい恐怖感や拒否感は湧かなかった。むしろ、胸の奥から何か温かな感情が広がっていく。

「……でも、私は貴族の娘。あなたは庶子——準男爵家の血筋とはいえ、身分差があるのは事実よ。それに、私がもし結婚するなら、家の事情も考えなくてはならない。そんなに簡単には……」

 正直にそう返すと、セイルはきっぱりと頷く。

「もちろん、そうですね。先走ってしまい申し訳ありません。ただ、私は決して衝動的に言っているのではなく、ずっと貴女様を想い、準備をしてきたつもりなんです。もし許されるなら、爵位を得るための戦功を挙げ、貴女様のご両親からも認めてもらえるだけの実績を積みたい。時間はかかるかもしれませんが、僕は絶対に諦めません」

 彼の真摯な気持ちが痛いほどに伝わる。リオネル殿下のときのように、“形”だけで妥協するのとは違う、本物の誠意だ。私は嬉しさとも戸惑いともつかない感情に押し流されながらも、そっと息を整える。

「……そんなに思い詰めなくてもいいのよ。私だって、あなたに好意を持っている。すぐ婚約とまでは言いきれないかもしれないけれど、あなたとなら……一緒に暮らす未来が見える気がするわ」

 私がそう言葉を繋ぐと、セイルの瞳が大きく見開き、驚きのあとに喜びの光が差し込むのが分かる。
 そして、彼はほんの少し震える声でつぶやいた。

「……ありがとうございます。貴女様のそんな言葉を聞けただけで、私は幸せです。どうか、これからもそばにいさせてください。私が騎士としてさらに実績を築いて、堂々とご両親に許しを求められるようになるまで——」

「ええ……待ってるわ。でも、あまり無茶はしないでね。国境の紛争地へ行くなんて話もよく聞くし、あなたが怪我をしたら私……」

 不意に心配が胸を突き上げ、思わず言葉を詰まらせる。私はそれほど人に執着する性格ではなかったはずなのに、セイルのことは失いたくないと思っている自分に気づいていた。
 セイルは静かに微笑み、私の手をそっと取って言う。

「大丈夫です。私は必ず帰ってきます。貴女様を一人にしません。いつか必ず、貴女様を堂々と娶るその日まで——」

 小さく重ねた手は温かく、私の心を穏やかにしてくれる。私はうなずき、ささやかな誓いのキスを受け入れた。
 こうして私とセイルは、正式に“婚約を前提としたお付き合い”を始めることになった。まだ父母の公認は取っていないが、近い将来に話すつもりだ。私がほんの少し勇気を出せば、きっと家も「仕方ない」と受け入れてくれるだろう。
 そうして、私の新しい人生が、ゆっくりと動き始めたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

【完結】純白のウェディングドレスは二度赤く染まる

春野オカリナ
恋愛
 初夏の日差しが強くなる頃、王都の書店では、ある一冊の本がずらりと並んでいた。  それは、半年前の雪の降る寒い季節に死刑となった一人の囚人の手記を本にまとめたものだった。  囚人の名は『イエニー・フラウ』  彼女は稀代の悪女として知らぬ者のいない程、有名になっていた。  その彼女の手記とあって、本は飛ぶように売れたのだ。  しかし、その内容はとても悪女のものではなかった。  人々は彼女に同情し、彼女が鉄槌を下した夫とその愛人こそが裁きを受けるべきだったと憤りを感じていた。  その手記の内容とは…

処理中です...