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16話
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繋がり始めるふたりの想い
それからというもの、私はセイルと何度かお茶や食事をともにする機会を重ねた。父母には一応「知人の騎士と会っている」と伝えてあるが、特に反対されていない。むしろ母は「リオネル殿下との件で落ち込んでいるだろうから、気の合う人と気晴らしするのはいいことよ」と寛容だった。
セイルは騎士団の訓練や任務があるので、そう頻繁には会えない。それでも、週に一度か二度、王都のどこかで落ち合うと、ふたりでひとときの“普通の時間”を楽しむのだ。
最初は雑談ばかりだったが、回数を重ねるごとに自然とお互いのことを深く知るようになる。私の趣味である読書やお茶について話すと、セイルは興味深そうに耳を傾け、「いつか一緒に図書室へ行ってみたいですね」と笑ってくれる。逆にセイルの訓練の話や、騎士団での武功の話は私にとって未知の世界で、彼が誇らしげに語る姿は微笑ましい。
私が少し落ち込んだ様子を見せると、セイルはさりげなく励ましてくれる。王宮での出来事はまだ心の傷になっているが、彼の存在があるだけでいくらか救われる思いだった。そんな中、ゆっくりとふたりの距離は縮まっていった。
運命を変える求婚
ある日の夕暮れ。私はセイルと連れ立って、侯爵家の庭に出ていた。今日は特別に父が「客人を招いて庭で夕涼みをしてもよい」と許可してくれたのだ。もっとも、父母は奥で別の来客対応をしていて顔を出さないので、実質的に私はセイルとふたりきり。
夏の夕闇がゆっくりと濃くなり、中庭の灯がぼんやりと花壇を照らしている。セイルは何かを決心したようで、じっと私の顔を見つめて口を開いた。
「ルージュ様……。今まで貴女様と過ごしてきて、私は改めて確信しました。私は貴女様を愛しています。もしよろしければ、私と——正式に婚約していただけませんか?」
静かな声だったが、その言葉は私に大きく響いた。
婚約……再び耳にするその言葉に、一瞬ためらいが生まれる。つい最近、私は形ばかりの婚姻の破局を経験したばかりだ。もう結婚の話など聞きたくないはずなのに、セイルのまなざしを見ていると、不思議なくらい恐怖感や拒否感は湧かなかった。むしろ、胸の奥から何か温かな感情が広がっていく。
「……でも、私は貴族の娘。あなたは庶子——準男爵家の血筋とはいえ、身分差があるのは事実よ。それに、私がもし結婚するなら、家の事情も考えなくてはならない。そんなに簡単には……」
正直にそう返すと、セイルはきっぱりと頷く。
「もちろん、そうですね。先走ってしまい申し訳ありません。ただ、私は決して衝動的に言っているのではなく、ずっと貴女様を想い、準備をしてきたつもりなんです。もし許されるなら、爵位を得るための戦功を挙げ、貴女様のご両親からも認めてもらえるだけの実績を積みたい。時間はかかるかもしれませんが、僕は絶対に諦めません」
彼の真摯な気持ちが痛いほどに伝わる。リオネル殿下のときのように、“形”だけで妥協するのとは違う、本物の誠意だ。私は嬉しさとも戸惑いともつかない感情に押し流されながらも、そっと息を整える。
「……そんなに思い詰めなくてもいいのよ。私だって、あなたに好意を持っている。すぐ婚約とまでは言いきれないかもしれないけれど、あなたとなら……一緒に暮らす未来が見える気がするわ」
私がそう言葉を繋ぐと、セイルの瞳が大きく見開き、驚きのあとに喜びの光が差し込むのが分かる。
そして、彼はほんの少し震える声でつぶやいた。
「……ありがとうございます。貴女様のそんな言葉を聞けただけで、私は幸せです。どうか、これからもそばにいさせてください。私が騎士としてさらに実績を築いて、堂々とご両親に許しを求められるようになるまで——」
「ええ……待ってるわ。でも、あまり無茶はしないでね。国境の紛争地へ行くなんて話もよく聞くし、あなたが怪我をしたら私……」
不意に心配が胸を突き上げ、思わず言葉を詰まらせる。私はそれほど人に執着する性格ではなかったはずなのに、セイルのことは失いたくないと思っている自分に気づいていた。
セイルは静かに微笑み、私の手をそっと取って言う。
「大丈夫です。私は必ず帰ってきます。貴女様を一人にしません。いつか必ず、貴女様を堂々と娶るその日まで——」
小さく重ねた手は温かく、私の心を穏やかにしてくれる。私はうなずき、ささやかな誓いのキスを受け入れた。
こうして私とセイルは、正式に“婚約を前提としたお付き合い”を始めることになった。まだ父母の公認は取っていないが、近い将来に話すつもりだ。私がほんの少し勇気を出せば、きっと家も「仕方ない」と受け入れてくれるだろう。
そうして、私の新しい人生が、ゆっくりと動き始めたのだ。
それからというもの、私はセイルと何度かお茶や食事をともにする機会を重ねた。父母には一応「知人の騎士と会っている」と伝えてあるが、特に反対されていない。むしろ母は「リオネル殿下との件で落ち込んでいるだろうから、気の合う人と気晴らしするのはいいことよ」と寛容だった。
セイルは騎士団の訓練や任務があるので、そう頻繁には会えない。それでも、週に一度か二度、王都のどこかで落ち合うと、ふたりでひとときの“普通の時間”を楽しむのだ。
最初は雑談ばかりだったが、回数を重ねるごとに自然とお互いのことを深く知るようになる。私の趣味である読書やお茶について話すと、セイルは興味深そうに耳を傾け、「いつか一緒に図書室へ行ってみたいですね」と笑ってくれる。逆にセイルの訓練の話や、騎士団での武功の話は私にとって未知の世界で、彼が誇らしげに語る姿は微笑ましい。
私が少し落ち込んだ様子を見せると、セイルはさりげなく励ましてくれる。王宮での出来事はまだ心の傷になっているが、彼の存在があるだけでいくらか救われる思いだった。そんな中、ゆっくりとふたりの距離は縮まっていった。
運命を変える求婚
ある日の夕暮れ。私はセイルと連れ立って、侯爵家の庭に出ていた。今日は特別に父が「客人を招いて庭で夕涼みをしてもよい」と許可してくれたのだ。もっとも、父母は奥で別の来客対応をしていて顔を出さないので、実質的に私はセイルとふたりきり。
夏の夕闇がゆっくりと濃くなり、中庭の灯がぼんやりと花壇を照らしている。セイルは何かを決心したようで、じっと私の顔を見つめて口を開いた。
「ルージュ様……。今まで貴女様と過ごしてきて、私は改めて確信しました。私は貴女様を愛しています。もしよろしければ、私と——正式に婚約していただけませんか?」
静かな声だったが、その言葉は私に大きく響いた。
婚約……再び耳にするその言葉に、一瞬ためらいが生まれる。つい最近、私は形ばかりの婚姻の破局を経験したばかりだ。もう結婚の話など聞きたくないはずなのに、セイルのまなざしを見ていると、不思議なくらい恐怖感や拒否感は湧かなかった。むしろ、胸の奥から何か温かな感情が広がっていく。
「……でも、私は貴族の娘。あなたは庶子——準男爵家の血筋とはいえ、身分差があるのは事実よ。それに、私がもし結婚するなら、家の事情も考えなくてはならない。そんなに簡単には……」
正直にそう返すと、セイルはきっぱりと頷く。
「もちろん、そうですね。先走ってしまい申し訳ありません。ただ、私は決して衝動的に言っているのではなく、ずっと貴女様を想い、準備をしてきたつもりなんです。もし許されるなら、爵位を得るための戦功を挙げ、貴女様のご両親からも認めてもらえるだけの実績を積みたい。時間はかかるかもしれませんが、僕は絶対に諦めません」
彼の真摯な気持ちが痛いほどに伝わる。リオネル殿下のときのように、“形”だけで妥協するのとは違う、本物の誠意だ。私は嬉しさとも戸惑いともつかない感情に押し流されながらも、そっと息を整える。
「……そんなに思い詰めなくてもいいのよ。私だって、あなたに好意を持っている。すぐ婚約とまでは言いきれないかもしれないけれど、あなたとなら……一緒に暮らす未来が見える気がするわ」
私がそう言葉を繋ぐと、セイルの瞳が大きく見開き、驚きのあとに喜びの光が差し込むのが分かる。
そして、彼はほんの少し震える声でつぶやいた。
「……ありがとうございます。貴女様のそんな言葉を聞けただけで、私は幸せです。どうか、これからもそばにいさせてください。私が騎士としてさらに実績を築いて、堂々とご両親に許しを求められるようになるまで——」
「ええ……待ってるわ。でも、あまり無茶はしないでね。国境の紛争地へ行くなんて話もよく聞くし、あなたが怪我をしたら私……」
不意に心配が胸を突き上げ、思わず言葉を詰まらせる。私はそれほど人に執着する性格ではなかったはずなのに、セイルのことは失いたくないと思っている自分に気づいていた。
セイルは静かに微笑み、私の手をそっと取って言う。
「大丈夫です。私は必ず帰ってきます。貴女様を一人にしません。いつか必ず、貴女様を堂々と娶るその日まで——」
小さく重ねた手は温かく、私の心を穏やかにしてくれる。私はうなずき、ささやかな誓いのキスを受け入れた。
こうして私とセイルは、正式に“婚約を前提としたお付き合い”を始めることになった。まだ父母の公認は取っていないが、近い将来に話すつもりだ。私がほんの少し勇気を出せば、きっと家も「仕方ない」と受け入れてくれるだろう。
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