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第3章 嫉妬する旦那様と政略結婚の崩壊
19話
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そんな疑念を抱えたまま、シュヴァルツ邸に戻った翌日――。
リゼットが朝食をとっていると、アレクシスの執事が慌てた様子でやってきた。
「旦那様、奥様……申し上げにくいのですが、王宮のほうから『エヴァンティア公爵がシュヴァルツ家との縁談を破棄する意向を示唆している』という噂が流れてきております」
「……何だと?」
アレクシスが眉間に深く皺を寄せる。リゼットも驚きのあまり固まった。
「まさか……破棄する意向なんて、そんな馬鹿な……。もう挙式を挙げた後なのに……」
「はい。常識的にはあり得ない話でございます。ただし、公爵様が王宮の一部の貴族と会合を重ね、あろうことか『リゼット様には別の相手がふさわしい』などと口にしているらしいのです。真偽のほどは定かではありませんが……」
リゼットは言葉を失う。まさか父がここまで露骨に動くとは思っていなかった。たとえ思惑があったとしても、実際に「破棄」などという噂を流すのは尋常ではない。婚礼後にそんなことをすれば、両家ともに信用を失う大問題になる。
隣を見やると、アレクシスの表情は憤りに満ちていた。いつもは抑えめな彼の感情が、明らかに揺らいでいる。
「……リゼット、すまないが、これから俺は王宮へ行く。公爵の真意を探る必要がある。もし本当に破棄を画策しているのなら、ただでは済ませない」
「わ、私も行きます。私の父のことですし、何か分かるかもしれません」
リゼットがそう申し出ると、アレクシスは一瞬迷ったように視線を落とすが、すぐに首を縦に振った。
「……分かった。だが、危険を伴うかもしれない。公爵が背後で何を企んでいるか分からないからな。もし何かあれば、俺のそばを離れないでくれ」
こうして、二人は急ぎ王宮へ向かうことになった。
王宮の廊下はいつもと変わらず厳かだが、通りすがる貴族や衛兵たちがリゼットを見る目には微妙な色がある。まるで噂の当事者を見つけたというようにヒソヒソと囁き合っているようだ。
アレクシスとリゼットはまず、信頼できる知人である高官の元を訪れて事情を聞き出した。どうやら噂の発信源はかなり限定的で、エヴァンティア公爵が密かに流したと見てほぼ間違いないらしい。
「……破棄などという話を、挙式後に流すなんて信じられません。もし真実なら、ガイウス公爵は常軌を逸しています。シュヴァルツ侯爵殿、リゼット様、お気の毒に……」
そう言って同情してくる高官もいるが、その裏に潜む政治的思惑を考えると、そう簡単に鵜呑みにはできない。
アレクシスは表情を険しくしたまま、「ガイウス公爵の居所は分かるか」と問う。
「本日はちょうど王宮にいるはずです。近衛や他の貴族数名と打ち合わせをしているとか……」
それを聞いたアレクシスは即座に動く。リゼットを伴い、ガイウスがいるとされる会議室へ向かった。扉の前には近衛兵が立っているが、アレクシスの姿を見るなり軽く敬礼をして道を開ける。
中へ入ると、いくつかの机が並び、数名の貴族が書類を前に何やら議論していた。まさにその中心で、ガイウス公爵が大きな身振り手振りで話をしている。
すると、そこへ一人の貴族が息を切らせて駆け込んできた。王宮の書類を扱う管理官らしき人物だ。彼はガイウスに向けて叫ぶ。
「ガ、ガイウス公爵様、大変です! 先日からの裏取引の件が、王宮の審問官に嗅ぎつけられたとの報告が……!」
「……何だと?」
ガイウスの表情が一変する。裏取引――それが何を指すか、リゼットには分からない。けれど、ガイウスが裏で何か良からぬ“取り引き”をしていたらしいことは、この場の空気で察せられる。
管理官は続ける。
「公爵様が一部の貴族と共謀して、王宮への献金や領地での特別許可を不正に取得しようとした疑いがある、と……。今までは巧妙に隠されていましたが、先日クランベル伯爵子息と連れ立っていた人物が証拠を掴んだらしく、審問官に密告したそうです……!」
まるで一瞬にして世界が変わったかのように、その場の全員が凍りつく。ガイウスは明らかに動揺を隠せない。
「証拠……そんなもの、あるはずが……」
だが、管理官は震える声で言う。
「クランベル伯爵子息の従者が、なぜかエヴァンティア家とやり取りしていた書状の一部を複写しており、それが不正の証拠になり得ると……。急ぎ公爵様にお知らせしようと……」
リゼットは目を見開く。アルヴィンがガイウスと内通していたと思いきや、むしろガイウスを陥れるために動いていたのか? それとも別の目論見があったのか……。いずれにしても、父がとんでもない不正疑惑の渦中にいることだけは間違いない。
アレクシスはこの状況を受け止め、一気に表情を変えた。怒りではなく、冷徹な判断をする男の顔だ。
「ガイウス公爵、もうこの場で腹を割って話をしてもらおう。お前がリゼットとの縁組を破棄しようとしていたのは、この不正が露見する前にどこか別の後ろ盾を手に入れたかったからか?」
ガイウスは言葉に詰まる。周囲の視線が注がれるなか、彼はうろたえながらも弁解を試みる。
「そ、それは……私がリゼットを思う親心から……ただ、少しでも家を安泰にするために……」
もう、何もかも手遅れだ。こんな醜態をさらしては、エヴァンティア家がどうなるか想像に難くない。ガイウスの悪事が暴かれれば、公爵位すら危うい。
リゼットは愕然とする。たとえ政略であろうと、自分の結婚を材料に使って父が裏でこんなことをしていたなんて。
アレクシスはその場で審問官を呼び出し、すぐさま調査の開始を要請する。そしてガイウスに向かって冷然と言い放つ。
「これで分かっただろう。リゼットはもうお前の思惑には巻き込まれない。お前が抱えている裏取引の尻拭いも、二度と俺たちに押し付けるな」
ガイウスは声を荒げ、「お、おのれシュヴァルツ……! 俺の娘を奪っただけでなく、俺まで失脚させる気か……!」と叫ぶが、もはや状況を覆すことはできない。周りを取り囲む貴族や衛兵の視線が冷ややかだ。
リゼットはただ呆然と立ち尽くす。父の本性がここまで醜いとは思いたくなかった。これが、政略結婚を強要してきた父の本当の姿なのか。
アレクシスはそんなリゼットの手を強く握り、低い声で囁く。
「……悪いが、もう戻る必要はない。エヴァンティア家の名前を気にしなくてもいい。俺が守る」
その言葉に、リゼットは知らず涙がこぼれそうになる。どんなに父に裏切られ、家が崩れようとも、今はアレクシスがそばにいてくれる――それだけが彼女の救いだった。
こうして、エヴァンティア公爵による破談の陰謀と裏取引の疑惑は、一気に王宮に知れ渡ることになる。
噂は瞬く間に広がり、ガイウス公爵は大規模な調査を受ける羽目に陥る。取り返しのつかない失脚への道を、自ら選んでしまったのだ。
リゼットはアレクシスに手を引かれながら王宮をあとにした。心の中には父への哀れと怒り、そして安堵がないまぜになっている。
政略結婚が崩れかけたその末に、今やすべての決着が迫っている。エヴァンティア公爵の立場は崩壊し、リゼットの運命もまた変わるだろう。だが、そのそばには常にアレクシスがいる。
――今はただ、それが救いだった。
リゼットが朝食をとっていると、アレクシスの執事が慌てた様子でやってきた。
「旦那様、奥様……申し上げにくいのですが、王宮のほうから『エヴァンティア公爵がシュヴァルツ家との縁談を破棄する意向を示唆している』という噂が流れてきております」
「……何だと?」
アレクシスが眉間に深く皺を寄せる。リゼットも驚きのあまり固まった。
「まさか……破棄する意向なんて、そんな馬鹿な……。もう挙式を挙げた後なのに……」
「はい。常識的にはあり得ない話でございます。ただし、公爵様が王宮の一部の貴族と会合を重ね、あろうことか『リゼット様には別の相手がふさわしい』などと口にしているらしいのです。真偽のほどは定かではありませんが……」
リゼットは言葉を失う。まさか父がここまで露骨に動くとは思っていなかった。たとえ思惑があったとしても、実際に「破棄」などという噂を流すのは尋常ではない。婚礼後にそんなことをすれば、両家ともに信用を失う大問題になる。
隣を見やると、アレクシスの表情は憤りに満ちていた。いつもは抑えめな彼の感情が、明らかに揺らいでいる。
「……リゼット、すまないが、これから俺は王宮へ行く。公爵の真意を探る必要がある。もし本当に破棄を画策しているのなら、ただでは済ませない」
「わ、私も行きます。私の父のことですし、何か分かるかもしれません」
リゼットがそう申し出ると、アレクシスは一瞬迷ったように視線を落とすが、すぐに首を縦に振った。
「……分かった。だが、危険を伴うかもしれない。公爵が背後で何を企んでいるか分からないからな。もし何かあれば、俺のそばを離れないでくれ」
こうして、二人は急ぎ王宮へ向かうことになった。
王宮の廊下はいつもと変わらず厳かだが、通りすがる貴族や衛兵たちがリゼットを見る目には微妙な色がある。まるで噂の当事者を見つけたというようにヒソヒソと囁き合っているようだ。
アレクシスとリゼットはまず、信頼できる知人である高官の元を訪れて事情を聞き出した。どうやら噂の発信源はかなり限定的で、エヴァンティア公爵が密かに流したと見てほぼ間違いないらしい。
「……破棄などという話を、挙式後に流すなんて信じられません。もし真実なら、ガイウス公爵は常軌を逸しています。シュヴァルツ侯爵殿、リゼット様、お気の毒に……」
そう言って同情してくる高官もいるが、その裏に潜む政治的思惑を考えると、そう簡単に鵜呑みにはできない。
アレクシスは表情を険しくしたまま、「ガイウス公爵の居所は分かるか」と問う。
「本日はちょうど王宮にいるはずです。近衛や他の貴族数名と打ち合わせをしているとか……」
それを聞いたアレクシスは即座に動く。リゼットを伴い、ガイウスがいるとされる会議室へ向かった。扉の前には近衛兵が立っているが、アレクシスの姿を見るなり軽く敬礼をして道を開ける。
中へ入ると、いくつかの机が並び、数名の貴族が書類を前に何やら議論していた。まさにその中心で、ガイウス公爵が大きな身振り手振りで話をしている。
すると、そこへ一人の貴族が息を切らせて駆け込んできた。王宮の書類を扱う管理官らしき人物だ。彼はガイウスに向けて叫ぶ。
「ガ、ガイウス公爵様、大変です! 先日からの裏取引の件が、王宮の審問官に嗅ぎつけられたとの報告が……!」
「……何だと?」
ガイウスの表情が一変する。裏取引――それが何を指すか、リゼットには分からない。けれど、ガイウスが裏で何か良からぬ“取り引き”をしていたらしいことは、この場の空気で察せられる。
管理官は続ける。
「公爵様が一部の貴族と共謀して、王宮への献金や領地での特別許可を不正に取得しようとした疑いがある、と……。今までは巧妙に隠されていましたが、先日クランベル伯爵子息と連れ立っていた人物が証拠を掴んだらしく、審問官に密告したそうです……!」
まるで一瞬にして世界が変わったかのように、その場の全員が凍りつく。ガイウスは明らかに動揺を隠せない。
「証拠……そんなもの、あるはずが……」
だが、管理官は震える声で言う。
「クランベル伯爵子息の従者が、なぜかエヴァンティア家とやり取りしていた書状の一部を複写しており、それが不正の証拠になり得ると……。急ぎ公爵様にお知らせしようと……」
リゼットは目を見開く。アルヴィンがガイウスと内通していたと思いきや、むしろガイウスを陥れるために動いていたのか? それとも別の目論見があったのか……。いずれにしても、父がとんでもない不正疑惑の渦中にいることだけは間違いない。
アレクシスはこの状況を受け止め、一気に表情を変えた。怒りではなく、冷徹な判断をする男の顔だ。
「ガイウス公爵、もうこの場で腹を割って話をしてもらおう。お前がリゼットとの縁組を破棄しようとしていたのは、この不正が露見する前にどこか別の後ろ盾を手に入れたかったからか?」
ガイウスは言葉に詰まる。周囲の視線が注がれるなか、彼はうろたえながらも弁解を試みる。
「そ、それは……私がリゼットを思う親心から……ただ、少しでも家を安泰にするために……」
もう、何もかも手遅れだ。こんな醜態をさらしては、エヴァンティア家がどうなるか想像に難くない。ガイウスの悪事が暴かれれば、公爵位すら危うい。
リゼットは愕然とする。たとえ政略であろうと、自分の結婚を材料に使って父が裏でこんなことをしていたなんて。
アレクシスはその場で審問官を呼び出し、すぐさま調査の開始を要請する。そしてガイウスに向かって冷然と言い放つ。
「これで分かっただろう。リゼットはもうお前の思惑には巻き込まれない。お前が抱えている裏取引の尻拭いも、二度と俺たちに押し付けるな」
ガイウスは声を荒げ、「お、おのれシュヴァルツ……! 俺の娘を奪っただけでなく、俺まで失脚させる気か……!」と叫ぶが、もはや状況を覆すことはできない。周りを取り囲む貴族や衛兵の視線が冷ややかだ。
リゼットはただ呆然と立ち尽くす。父の本性がここまで醜いとは思いたくなかった。これが、政略結婚を強要してきた父の本当の姿なのか。
アレクシスはそんなリゼットの手を強く握り、低い声で囁く。
「……悪いが、もう戻る必要はない。エヴァンティア家の名前を気にしなくてもいい。俺が守る」
その言葉に、リゼットは知らず涙がこぼれそうになる。どんなに父に裏切られ、家が崩れようとも、今はアレクシスがそばにいてくれる――それだけが彼女の救いだった。
こうして、エヴァンティア公爵による破談の陰謀と裏取引の疑惑は、一気に王宮に知れ渡ることになる。
噂は瞬く間に広がり、ガイウス公爵は大規模な調査を受ける羽目に陥る。取り返しのつかない失脚への道を、自ら選んでしまったのだ。
リゼットはアレクシスに手を引かれながら王宮をあとにした。心の中には父への哀れと怒り、そして安堵がないまぜになっている。
政略結婚が崩れかけたその末に、今やすべての決着が迫っている。エヴァンティア公爵の立場は崩壊し、リゼットの運命もまた変わるだろう。だが、そのそばには常にアレクシスがいる。
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