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第3話 到着したのは“崩壊寸前”の孤児院
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第3話 到着したのは“崩壊寸前”の孤児院
王都から外へ出ると、景色は驚くほど早く変わる。
舗装された道は土に代わり、立ち並んでいた石造りの家々は次第に木造の建物へと移り変わっていく。
馬車は小さな川を渡り、緩やかな丘を越え、さらに進む。
やがて、王都の喧騒は完全に背後へ遠ざかり、鳥の鳴き声と風の音だけが響く静かな世界になった。
「そろそろですわね……」
揺れる馬車の中で、リオナは地図を眺めながら小さくつぶやく。
王都の外れにある孤児院は、王家の管理名義とはいえ、地図の端に小さく印があるだけ。
目立たないどころか、うっかりすれば見落としてしまいそうなほどだ。
御者が声を上げた。
「お嬢様、前方に目的の孤児院が見えてまいりました」
「ありがとうございます」
リオナはそっとカーテンを開き、外を覗く。
その瞬間、小さな息が漏れた。
「……まあ」
そこにあったのは、想像以上の、――いや、想像を遥かに下回るほどの、荒れ果てた建物だった。
屋根は一部が完全に抜け落ち、梁がむき出しになっている。
壁には大きなひびが走り、木材は黒ずみ、腐食している箇所すらある。
玄関の扉は傾き、片方の蝶番が外れかけていた。
庭らしき場所には雑草が生い茂り、背の高い草が膝ほどまで伸びている。
子どもが転べば怪我をしそうな木の破片が散乱し、小さな畑だったと思われる区画は土が掘り返され、もはや原型を留めていなかった。
王家が“慈善施設”として管理しているとは、とても思えない。
リオナは馬車から降りると、風に揺れる古びた看板に目を向けた。
「……『陽だまりの孤児院』」
かつては明るい名前だったのだろう。
しかし今は、その文字がかろうじて読める程度に薄れてしまっている。
荷馬車の後ろから、侍女のメアリが恐る恐る顔を出した。
「お、お嬢様……もしかして、ここが……?」
「ええ。ここが、わたくしたちの新しい職場ですわ」
「新しいというには、あまりにも……」
メアリは涙目で建物を見上げた。
リオナは逆に、妙な冷静さで全貌を眺め回していた。
「ここまで荒れているということは……相当長く、修繕されていなかったのですわね」
「修繕どころではなく、これ……住めるのでしょうか?」
「大丈夫ですわ。住めるようにいたしますもの」
さらりと言って笑うリオナに、メアリは呆然とした。
そのとき――建物の影から、小さな影がこちらを伺っていることに気づいた。
「!」
リオナはそっと空気を動かさないよう、ゆっくりと振り返る。
ボロボロの麻袋のような服を着た、小さな男の子。
髪は伸び放題で、手には泥がついている。
裸足で、石の上に立っているようだった。
年の頃は、六歳か七歳か。
だが、何よりも気になったのは――その瞳。
怯えきった、野良猫のような目だ。
リオナが一歩近づくと、子どもはびくりと肩を震わせ、後ずさった。
「待って」
リオナは慌てて、手を上げて見せた。
「大丈夫ですわ。驚かせてしまってごめんなさい」
優しく声をかけると、男の子はおそるおそる立ち止まった。
「……だれ?」
「リオナと申します。今日から、この孤児院で一緒に暮らすことになりましたの」
「……ウソだ。ここに来る人、みんな出ていく」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「出ていく、ですの?」
「ごはんも、屋根も、ないから……みんな、すぐいなくなる」
子どもがぽつぽつと話していくうち、別の小さな影が物陰から顔を出す。
少女、少年、合計三人。
誰もが怯えた目で、遠巻きにリオナを見つめていた。
メアリは口元を押さえた。
「お嬢様……こんな……」
「メアリ、まずは子どもたちを安心させましょう」
リオナはしゃがみ込み、子どもと同じ目線に合わせる。
「お名前を聞いてもよろしいかしら?」
最初の男の子は、逡巡した末、ぽそりと言った。
「……ティム」
「ティム。素敵なお名前ですわね」
ふわっと笑ってみせると、ティムの警戒がほんの少しだけ緩んだ。
「ティム、ここに他の子どもたちは?」
「奥……いる。でも、出てこない。こわいから」
「こわい……」
リオナは建物の奥に向かって視線を向ける。
薄暗い廊下が続き、ところどころ床板が抜けかけていた。
足音は、しない。
人の気配も、ほとんど感じない。
(本当に……ここで子どもたちが暮らしているの?)
疑問と同時に、胸の奥に強い決意が沸き上がる。
「ティム。わたくしは、あなたたちを見捨てません」
「……ほんと?」
「ええ。わたくし、生き物を大切に育てるのが得意なのです。人間も、猫も、植物も、帳簿も」
「ちょうぼ?」
「それは、おいおい説明いたしますわ」
ぽかんとするティムに、リオナはくすりと笑った。
そのとき、建物の奥から、わずかに気配が動いた。
「……だれか、きたの?」
おずおずと顔をのぞかせたのは、やせ細った少女だった。
腕には擦りむいた傷があり、ほつれた服の袖からは冷たい風が吹き込んでいる。
リオナの胸がぎゅっと痛んだ。
「こんにちは。わたくしはリオナ。あなたは?」
「……ミラ」
「ミラ、よろしくお願いいたします。すぐに温かいごはんを作りますわ」
ミラの目がかすかに開いた。
「ごはん……?」
「ええ。お腹は空いていませんか?」
「すいてる……けど、ずっと……ずっと我慢してた」
ミラの言葉は細く震え、風に消えそうだ。
ティムが小さく頷く。
「ごはん……ないから」
リオナはゆっくりと立ち上がり、馬車の方へ向き直った。
「メアリ。荷馬車を開けて、持ってきた食糧をすぐに取り出しましょう。簡単なスープを作ります。水は……ああ、まず井戸の確認が必要でしたわね」
「は、はい! すぐに準備します!」
「それから、雑巾と掃除用具。あと、少しでも暖かくなる布を子どもたちの分だけ先に出してください」
「承知しました!」
メアリが慌ただしく動き始める。
リオナは再び子どもたちに向き直った。
「これから、少し忙しくなりますわ。でも、心配いりません。屋根も壁も、わたくしたちが直していきます」
「なおる……の?」
「はい。必ず」
「でも、いままで誰も……」
「誰もできなかったことを、わたくしがやりますわ。孤児院は、あなたたちの家ですもの」
ティムとミラ、そして奥から出てきた少年の顔にも、かすかな光が灯った。
リオナは深く息を吸い込み、老朽化した孤児院を見渡す。
穴だらけの屋根、壊れた扉、抜けた床板、雑草に埋もれた庭。
――やるべきことは山ほどある。
だが、不思議と絶望ではなかった。
むしろ、胸が高鳴っていた。
「さあ、始めましょう。まずはごはんと、お掃除と、寝床の確保ですわ」
リオナは新しい住処に向け、一歩を踏み出した。
そして、この一歩が、孤児院の歴史を大きく変える最初の一歩になることを、彼女はまだ知らない。
王都から外へ出ると、景色は驚くほど早く変わる。
舗装された道は土に代わり、立ち並んでいた石造りの家々は次第に木造の建物へと移り変わっていく。
馬車は小さな川を渡り、緩やかな丘を越え、さらに進む。
やがて、王都の喧騒は完全に背後へ遠ざかり、鳥の鳴き声と風の音だけが響く静かな世界になった。
「そろそろですわね……」
揺れる馬車の中で、リオナは地図を眺めながら小さくつぶやく。
王都の外れにある孤児院は、王家の管理名義とはいえ、地図の端に小さく印があるだけ。
目立たないどころか、うっかりすれば見落としてしまいそうなほどだ。
御者が声を上げた。
「お嬢様、前方に目的の孤児院が見えてまいりました」
「ありがとうございます」
リオナはそっとカーテンを開き、外を覗く。
その瞬間、小さな息が漏れた。
「……まあ」
そこにあったのは、想像以上の、――いや、想像を遥かに下回るほどの、荒れ果てた建物だった。
屋根は一部が完全に抜け落ち、梁がむき出しになっている。
壁には大きなひびが走り、木材は黒ずみ、腐食している箇所すらある。
玄関の扉は傾き、片方の蝶番が外れかけていた。
庭らしき場所には雑草が生い茂り、背の高い草が膝ほどまで伸びている。
子どもが転べば怪我をしそうな木の破片が散乱し、小さな畑だったと思われる区画は土が掘り返され、もはや原型を留めていなかった。
王家が“慈善施設”として管理しているとは、とても思えない。
リオナは馬車から降りると、風に揺れる古びた看板に目を向けた。
「……『陽だまりの孤児院』」
かつては明るい名前だったのだろう。
しかし今は、その文字がかろうじて読める程度に薄れてしまっている。
荷馬車の後ろから、侍女のメアリが恐る恐る顔を出した。
「お、お嬢様……もしかして、ここが……?」
「ええ。ここが、わたくしたちの新しい職場ですわ」
「新しいというには、あまりにも……」
メアリは涙目で建物を見上げた。
リオナは逆に、妙な冷静さで全貌を眺め回していた。
「ここまで荒れているということは……相当長く、修繕されていなかったのですわね」
「修繕どころではなく、これ……住めるのでしょうか?」
「大丈夫ですわ。住めるようにいたしますもの」
さらりと言って笑うリオナに、メアリは呆然とした。
そのとき――建物の影から、小さな影がこちらを伺っていることに気づいた。
「!」
リオナはそっと空気を動かさないよう、ゆっくりと振り返る。
ボロボロの麻袋のような服を着た、小さな男の子。
髪は伸び放題で、手には泥がついている。
裸足で、石の上に立っているようだった。
年の頃は、六歳か七歳か。
だが、何よりも気になったのは――その瞳。
怯えきった、野良猫のような目だ。
リオナが一歩近づくと、子どもはびくりと肩を震わせ、後ずさった。
「待って」
リオナは慌てて、手を上げて見せた。
「大丈夫ですわ。驚かせてしまってごめんなさい」
優しく声をかけると、男の子はおそるおそる立ち止まった。
「……だれ?」
「リオナと申します。今日から、この孤児院で一緒に暮らすことになりましたの」
「……ウソだ。ここに来る人、みんな出ていく」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「出ていく、ですの?」
「ごはんも、屋根も、ないから……みんな、すぐいなくなる」
子どもがぽつぽつと話していくうち、別の小さな影が物陰から顔を出す。
少女、少年、合計三人。
誰もが怯えた目で、遠巻きにリオナを見つめていた。
メアリは口元を押さえた。
「お嬢様……こんな……」
「メアリ、まずは子どもたちを安心させましょう」
リオナはしゃがみ込み、子どもと同じ目線に合わせる。
「お名前を聞いてもよろしいかしら?」
最初の男の子は、逡巡した末、ぽそりと言った。
「……ティム」
「ティム。素敵なお名前ですわね」
ふわっと笑ってみせると、ティムの警戒がほんの少しだけ緩んだ。
「ティム、ここに他の子どもたちは?」
「奥……いる。でも、出てこない。こわいから」
「こわい……」
リオナは建物の奥に向かって視線を向ける。
薄暗い廊下が続き、ところどころ床板が抜けかけていた。
足音は、しない。
人の気配も、ほとんど感じない。
(本当に……ここで子どもたちが暮らしているの?)
疑問と同時に、胸の奥に強い決意が沸き上がる。
「ティム。わたくしは、あなたたちを見捨てません」
「……ほんと?」
「ええ。わたくし、生き物を大切に育てるのが得意なのです。人間も、猫も、植物も、帳簿も」
「ちょうぼ?」
「それは、おいおい説明いたしますわ」
ぽかんとするティムに、リオナはくすりと笑った。
そのとき、建物の奥から、わずかに気配が動いた。
「……だれか、きたの?」
おずおずと顔をのぞかせたのは、やせ細った少女だった。
腕には擦りむいた傷があり、ほつれた服の袖からは冷たい風が吹き込んでいる。
リオナの胸がぎゅっと痛んだ。
「こんにちは。わたくしはリオナ。あなたは?」
「……ミラ」
「ミラ、よろしくお願いいたします。すぐに温かいごはんを作りますわ」
ミラの目がかすかに開いた。
「ごはん……?」
「ええ。お腹は空いていませんか?」
「すいてる……けど、ずっと……ずっと我慢してた」
ミラの言葉は細く震え、風に消えそうだ。
ティムが小さく頷く。
「ごはん……ないから」
リオナはゆっくりと立ち上がり、馬車の方へ向き直った。
「メアリ。荷馬車を開けて、持ってきた食糧をすぐに取り出しましょう。簡単なスープを作ります。水は……ああ、まず井戸の確認が必要でしたわね」
「は、はい! すぐに準備します!」
「それから、雑巾と掃除用具。あと、少しでも暖かくなる布を子どもたちの分だけ先に出してください」
「承知しました!」
メアリが慌ただしく動き始める。
リオナは再び子どもたちに向き直った。
「これから、少し忙しくなりますわ。でも、心配いりません。屋根も壁も、わたくしたちが直していきます」
「なおる……の?」
「はい。必ず」
「でも、いままで誰も……」
「誰もできなかったことを、わたくしがやりますわ。孤児院は、あなたたちの家ですもの」
ティムとミラ、そして奥から出てきた少年の顔にも、かすかな光が灯った。
リオナは深く息を吸い込み、老朽化した孤児院を見渡す。
穴だらけの屋根、壊れた扉、抜けた床板、雑草に埋もれた庭。
――やるべきことは山ほどある。
だが、不思議と絶望ではなかった。
むしろ、胸が高鳴っていた。
「さあ、始めましょう。まずはごはんと、お掃除と、寝床の確保ですわ」
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