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065 一つ目の願い
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「そんな態度ではもう庇いきれない。離婚されてもいいのか?」
ダミアンはそう言いながら、チラチラと義母を見る。
義母は同調するに決まっているし、私がそれでオロオロする姿が見たかったのでしょうね。
しかし私はただ真っすぐに彼を見ていた。
「なんだ急に恐ろしくなったのか?」
ただ無言の私に、先にダミアンが口を開く。
もちろんこちらはそんな意味で見ていたのではない。
ただここまで来たという感慨深さと、マリアンヌの未来を心配しただけ。
だけど勝手に私が離婚を切り出され、恐怖に慄いていると勘違いさせてしまったらしい。
「嫁は家に遣えるべき存在。これに懲りて、口答えなどしないことね」
「まったくだ。優しくしていればこんなにつけあがって」
「今度から厳しい躾が必要ね」
黙っていれば言いたい放題ね。
もういいわ。こんなバカげた会話、聞いていても無意味だもの。
「離婚でも構いませんよ?」
私から出た言葉に、なぜかダミアンが固まる。
まさか私からそんな言葉が出るとは思いもしなかったのだろう。
「今、なんと言ったんだ、アンリエッタ」
「ですので、離婚でも構いませんと言ったんです。旦那様から言い出されたことですよね?」
「き、貴族が簡単に離婚など出来ないことも知らないのか?」
なんでここへ来て逃げ腰なのよ。
さっきの勢いはどこ?
自分から離婚してもいいって言ったじゃない。
男ならもうちょっと頑張りなさいよ。
「いえ、知っていますけど? ですが、それでも離婚してもいいとおっしゃったんじゃないんですか?」
「それは……」
「まったく何て生意気な嫁なの! 平民のくせに。離婚されたら困るのはあなたでしょう」
「……はぁ」
私のどうでもいい答えに、義母は益々顔を赤くさせテーブルを一人ガンガン叩いていた。
まだ口を付けられていない食事たちが、そのせいでこぼれても、義母は全く気にする様子もない。
貧乏人のくせに、こういうことは気にしないのよね。
もったいない。
「離婚してどうするんだ。あの家には戻れないだろう」
そう言いながら、ダミアンは自分でもいいことを思いついたものだと言わんばかりに、ニタニタと笑う。
この人は父がどういう性格なのか、知っているからこその態度なのだろう。
だけど残念ね、私はあなたのその何十倍も嫌と言うほどあの人の性格を知っているのよ。
「離婚した先のことまで考えていただかなくとも結構です。書類はこちらですでに準備させていただいております」
私は部屋から持参していた、紙をダミアンに手渡した。
二人はおそらく初めて見るであろう離婚届の書類を、食い入るように見る。
書かれていることはとてもシンプルだ。
本来ならばいろいろ文言を追加できると説明を受けたのだが、私はあえて二つのことしか書いては貰わなかった。
一つ目は白い結婚のため離婚に応じるということ。
二つ目は財産の分与はないということ。
そう、たったそれだけ。
「よくこんなものを用意出来たものだな」
すでに私のサインは終わっている。
あとはダミアンにサインをもらってから、証人であるあの二人のサインをもらうだけ。
「よくもこんな勝手なことが出来たものだな」
「まぁ、いいではないの。あの持参金はみんなうちのものになって、こんな厄介な嫁をとっとと追い出せるのだから」
「それはそうだが……」
ダミアンの考えは分かる。
私になど未練はないけど、今まだこの男爵家が不安定な状態で商会というコネを手放したくないのよね。
でもそれも、もうこの先関係なくなるのよ。
「あとで困って泣きついても、知らないからな」
「……」
私はそれでも無言を貫く。
金切り声で叫ぶ義母の後押しもあってか、何度も私に後悔するなよと、捨て台詞を投げかけながらも、ダミアンはその離婚届にサインをした。
長かった。
二度目の人生とはいえ、記憶は一度目からずっとある。
そこから考えると、本当にここまでくるのに長かったわ。
でもやっと一つ目。
これで一つ目の目標が完了ね。
「ご記入ありがとうございます。では今すぐこの屋敷より、ご退出下さい」
どこまでも晴れやかに笑う私に、二人は呆気にとられたような顔をしていた。
ダミアンはそう言いながら、チラチラと義母を見る。
義母は同調するに決まっているし、私がそれでオロオロする姿が見たかったのでしょうね。
しかし私はただ真っすぐに彼を見ていた。
「なんだ急に恐ろしくなったのか?」
ただ無言の私に、先にダミアンが口を開く。
もちろんこちらはそんな意味で見ていたのではない。
ただここまで来たという感慨深さと、マリアンヌの未来を心配しただけ。
だけど勝手に私が離婚を切り出され、恐怖に慄いていると勘違いさせてしまったらしい。
「嫁は家に遣えるべき存在。これに懲りて、口答えなどしないことね」
「まったくだ。優しくしていればこんなにつけあがって」
「今度から厳しい躾が必要ね」
黙っていれば言いたい放題ね。
もういいわ。こんなバカげた会話、聞いていても無意味だもの。
「離婚でも構いませんよ?」
私から出た言葉に、なぜかダミアンが固まる。
まさか私からそんな言葉が出るとは思いもしなかったのだろう。
「今、なんと言ったんだ、アンリエッタ」
「ですので、離婚でも構いませんと言ったんです。旦那様から言い出されたことですよね?」
「き、貴族が簡単に離婚など出来ないことも知らないのか?」
なんでここへ来て逃げ腰なのよ。
さっきの勢いはどこ?
自分から離婚してもいいって言ったじゃない。
男ならもうちょっと頑張りなさいよ。
「いえ、知っていますけど? ですが、それでも離婚してもいいとおっしゃったんじゃないんですか?」
「それは……」
「まったく何て生意気な嫁なの! 平民のくせに。離婚されたら困るのはあなたでしょう」
「……はぁ」
私のどうでもいい答えに、義母は益々顔を赤くさせテーブルを一人ガンガン叩いていた。
まだ口を付けられていない食事たちが、そのせいでこぼれても、義母は全く気にする様子もない。
貧乏人のくせに、こういうことは気にしないのよね。
もったいない。
「離婚してどうするんだ。あの家には戻れないだろう」
そう言いながら、ダミアンは自分でもいいことを思いついたものだと言わんばかりに、ニタニタと笑う。
この人は父がどういう性格なのか、知っているからこその態度なのだろう。
だけど残念ね、私はあなたのその何十倍も嫌と言うほどあの人の性格を知っているのよ。
「離婚した先のことまで考えていただかなくとも結構です。書類はこちらですでに準備させていただいております」
私は部屋から持参していた、紙をダミアンに手渡した。
二人はおそらく初めて見るであろう離婚届の書類を、食い入るように見る。
書かれていることはとてもシンプルだ。
本来ならばいろいろ文言を追加できると説明を受けたのだが、私はあえて二つのことしか書いては貰わなかった。
一つ目は白い結婚のため離婚に応じるということ。
二つ目は財産の分与はないということ。
そう、たったそれだけ。
「よくこんなものを用意出来たものだな」
すでに私のサインは終わっている。
あとはダミアンにサインをもらってから、証人であるあの二人のサインをもらうだけ。
「よくもこんな勝手なことが出来たものだな」
「まぁ、いいではないの。あの持参金はみんなうちのものになって、こんな厄介な嫁をとっとと追い出せるのだから」
「それはそうだが……」
ダミアンの考えは分かる。
私になど未練はないけど、今まだこの男爵家が不安定な状態で商会というコネを手放したくないのよね。
でもそれも、もうこの先関係なくなるのよ。
「あとで困って泣きついても、知らないからな」
「……」
私はそれでも無言を貫く。
金切り声で叫ぶ義母の後押しもあってか、何度も私に後悔するなよと、捨て台詞を投げかけながらも、ダミアンはその離婚届にサインをした。
長かった。
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そこから考えると、本当にここまでくるのに長かったわ。
でもやっと一つ目。
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「ご記入ありがとうございます。では今すぐこの屋敷より、ご退出下さい」
どこまでも晴れやかに笑う私に、二人は呆気にとられたような顔をしていた。
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