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034 普通の令嬢のように
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ほどなくして件の手紙の返事は届けられた。
日程を調整し、その日の午後公爵家にて騎士団長とはお会いすることとなった。
朝一番から張りきったマリアンヌたちによって、私は見たコトもないような姿に変えさせられた。
私の瞳の色によく似た薄紫のドレスは、あまり胸が強調されていないものだったが、ややタイトでスリットから見える足が気になる。
しかもプレゼントだという赤い石のネックレスは、どこか騎士団長の瞳を思い起こさせた。
「ホントに、これで行くんですか?」
鏡に写る自分を見ながら、私は何度も振り返る。
「それで行かないでどうするのよ」
「そうですよ、アンリエッタ様。マリアンヌ様の言う通りです」
私を飾り立てるマリアンヌもミーアもどこか楽し気だ。
髪は普段やならいハーフアップにされ、しかも何を付けたのか輝いて見える。
派手じゃないかしら、さすがにこれは。
昼間よね、今。
夜会とかに行くんじゃないんだし、こんなに派手な恰好で大丈夫なの、私。
変に気合入りすぎた痛い人になってないかしら。
だいたい生足ってなによ。
しかも親指以上も長いヒールの靴なんて初めてだし。
「化粧もバッチリじゃない。貴女、何が不服なの?」
「いや、バッチリすぎちゃって。派手じゃないですか? こんなにしちゃって大丈夫ですか?」
「なにそれ、なんの心配よ、まったく」
「だって……」
化粧なんて、結婚式の時しかしたことないし。
あの時は異様に似合ってもなかったから、違う意味で気になって仕方なかったけど。
「普通の貴族なら、昼間でもそれでおとなしい方よ」
「これで大人しい……貴族って大変ですね」
このドレス一枚で、金貨一枚以上しそう。
これなら確かにドレスを夜会の度に作ってたら、すぐこの男爵家なんて没落しそうね。
「アタシのおさがりなんだし、そこまで気にならないでしょ」
「でも高そうなので、汚したらって……」
「そこまでヘマしないでしょうに」
私の後ろに立つマリアンヌが、おどおどする私を見て盛大にため息をついた。
「普段、あんなに何しても倒せなさそうなのに、なんで綺麗になった途端そうなるのよ」
「慣れないことしているもので……って、倒せないってモンスターじゃないんですから」
「それに近いものがあるわよ」
「えーーー」
そうは言ったものの、やはりなんだか調子が出ないわね。
でもこれからまず先に父に会わなきゃいけないのよね。
どうせ街に出るついでにと、父との約束も今日にしたのだ。
一旦父に会って話を付けて、その足で返ってくれば馬車がお迎えに来る時間に間に合うはず。
めんどくさい用事は一度に済まさなきゃだけど、このヒールで歩けるかしら。
「父の家まではとりあえず普通の靴がいいかな」
「え、貴女あそこまで歩いていくつもりだったの? しかもその恰好で?」
そう言われても、私のために出す馬車なんてないわけだし。
歩くっていっても、すごくかかるわけでもない。
いつもそうしているから、気にはならないんだけど。
問題はこの恰好か。
「さすがにこの恰好じゃまずいですかね」
「物取りに襲われかねないわね」
「あー」
お金なんて持ってないのに、持っている風よね。
仕方ない、一旦着替えてまたもう一度……。
マリアンヌにそう声をかけようとした瞬間、窓の外に馬車が見える。
「あれ、あの馬車って」
私の言葉に、部屋にいた人たちはみな馬車を見た。
馬車はあの役者のものに似ているような気もするが、前よりも造りが重厚で馬車の扉の部分には家紋が描かれている。
「あれは公爵家の馬車ね」
「へ? だって待ち合わせは昼過ぎだったはずなのに」
「あたしも確認しましたよ、アンリエッタ様」
「そうよね……」
時間は何度か手紙で確認をした。
万が一があっては困るから、ミーアにも見てもらったし。
「どうしましょうか。えええ。どうするのがいいんですかね。午前中に父との約束入れちゃったのに」
まさか父との約束をすっぱかすわけにもいかないし、かといって公爵家を待たすわけにもいかない。
何、この展開。
ちょっと困るわ。
「たぶん公爵家が気をきかせて早くきただけだと思うわ。遅れる方が困るから」
「そういうもんなんですか?」
「そういうものよ」
マリアンヌは腕を組みながら窓の外の馬車を覗く。
確かに彼女が言うように、人が下りてくる気配はない。
いや、だけどあの横を突っ切って父に会いに行くっていうのもなんだかなぁ。
「ついでだから寄ってってもらいなさいよ」
「は⁉」
マリアンヌの言葉に、私は思わず素が出る。
「いや、さすがに公爵家ですよ?」
「まぁね。でも使用人だから大丈夫よ。状況を説明すれば。だいたい、早く来たのは向こうなんだし」
「いやいやいやいや。さすがにそんなこと言えないですよ」
それを言うくらいなら、隠れながら突破した方がマシよ。
伊達にあの鬼のような父の娘歴だけは長いもの、隠れるとか逃げるとかそういうのは得意なのよ。
こっそり後ずさりして逃げようとする私の首をマリアンヌが掴む。
「えええ、離してくださいな」
「大丈夫よ、ホント変なとこで小心者なんだから。騎士団長に啖呵切った勢いはどこよ」
「それとこれとは別です」
抵抗しようとする私を無視し、マリアンヌは私を捕まえたまま歩き出す。
助けを求めようにも、ミーアもにこやかに手を振っていた。
え、あ、え?
この組み合わせで外になんて出て大丈夫かしら。
安定に義母は屋敷から出ることはないし、ダミアンは遊びに行っちゃってるみたいだけど。
公爵家の人からしても変な組み合わせよね。
未だにそんな公にはなってないから大丈夫だろうけど、仮にも本妻と愛人なのに。
そして私たちが馬車へ近づくと、御者が下りてくる。
「もう出発なさいますか、お嬢様」
うやうやしく頭を下げる彼は私と同年代くらいだろうか。
とても愛想よく、動きも丁寧だ。
さすが公爵家の使用人ね。
「公爵家へ向かう前にご実家へ寄りたいそうなの。お願いできるかしら」
「もちろんですお嬢様」
御者はこころよく、馬車の扉を開けた。
外から見ただけでも中の豪華な革張りを見れば、高いのが分かる。
「ほら、これで歩かなくてよくなった」
「それはそうですが」
いつまでも気持ちの定まらない私の背中をマリアンヌが押した。
文句を言おうにも、彼女はどこまでも笑顔だ。
「楽しんできなさいよ、たまにはね」
「……だといいのですが」
「お土産話楽しみにしているわ、アンリエッタ」
アンリエッタ……。
マリアンヌから、初めて名前で呼ばれた。
それだけで心が少し軽くなる。
「ええ。行ってきます」
笑顔で送り出してくれる彼女に感謝しながら、私は馬車に乗り込んだ。
日程を調整し、その日の午後公爵家にて騎士団長とはお会いすることとなった。
朝一番から張りきったマリアンヌたちによって、私は見たコトもないような姿に変えさせられた。
私の瞳の色によく似た薄紫のドレスは、あまり胸が強調されていないものだったが、ややタイトでスリットから見える足が気になる。
しかもプレゼントだという赤い石のネックレスは、どこか騎士団長の瞳を思い起こさせた。
「ホントに、これで行くんですか?」
鏡に写る自分を見ながら、私は何度も振り返る。
「それで行かないでどうするのよ」
「そうですよ、アンリエッタ様。マリアンヌ様の言う通りです」
私を飾り立てるマリアンヌもミーアもどこか楽し気だ。
髪は普段やならいハーフアップにされ、しかも何を付けたのか輝いて見える。
派手じゃないかしら、さすがにこれは。
昼間よね、今。
夜会とかに行くんじゃないんだし、こんなに派手な恰好で大丈夫なの、私。
変に気合入りすぎた痛い人になってないかしら。
だいたい生足ってなによ。
しかも親指以上も長いヒールの靴なんて初めてだし。
「化粧もバッチリじゃない。貴女、何が不服なの?」
「いや、バッチリすぎちゃって。派手じゃないですか? こんなにしちゃって大丈夫ですか?」
「なにそれ、なんの心配よ、まったく」
「だって……」
化粧なんて、結婚式の時しかしたことないし。
あの時は異様に似合ってもなかったから、違う意味で気になって仕方なかったけど。
「普通の貴族なら、昼間でもそれでおとなしい方よ」
「これで大人しい……貴族って大変ですね」
このドレス一枚で、金貨一枚以上しそう。
これなら確かにドレスを夜会の度に作ってたら、すぐこの男爵家なんて没落しそうね。
「アタシのおさがりなんだし、そこまで気にならないでしょ」
「でも高そうなので、汚したらって……」
「そこまでヘマしないでしょうに」
私の後ろに立つマリアンヌが、おどおどする私を見て盛大にため息をついた。
「普段、あんなに何しても倒せなさそうなのに、なんで綺麗になった途端そうなるのよ」
「慣れないことしているもので……って、倒せないってモンスターじゃないんですから」
「それに近いものがあるわよ」
「えーーー」
そうは言ったものの、やはりなんだか調子が出ないわね。
でもこれからまず先に父に会わなきゃいけないのよね。
どうせ街に出るついでにと、父との約束も今日にしたのだ。
一旦父に会って話を付けて、その足で返ってくれば馬車がお迎えに来る時間に間に合うはず。
めんどくさい用事は一度に済まさなきゃだけど、このヒールで歩けるかしら。
「父の家まではとりあえず普通の靴がいいかな」
「え、貴女あそこまで歩いていくつもりだったの? しかもその恰好で?」
そう言われても、私のために出す馬車なんてないわけだし。
歩くっていっても、すごくかかるわけでもない。
いつもそうしているから、気にはならないんだけど。
問題はこの恰好か。
「さすがにこの恰好じゃまずいですかね」
「物取りに襲われかねないわね」
「あー」
お金なんて持ってないのに、持っている風よね。
仕方ない、一旦着替えてまたもう一度……。
マリアンヌにそう声をかけようとした瞬間、窓の外に馬車が見える。
「あれ、あの馬車って」
私の言葉に、部屋にいた人たちはみな馬車を見た。
馬車はあの役者のものに似ているような気もするが、前よりも造りが重厚で馬車の扉の部分には家紋が描かれている。
「あれは公爵家の馬車ね」
「へ? だって待ち合わせは昼過ぎだったはずなのに」
「あたしも確認しましたよ、アンリエッタ様」
「そうよね……」
時間は何度か手紙で確認をした。
万が一があっては困るから、ミーアにも見てもらったし。
「どうしましょうか。えええ。どうするのがいいんですかね。午前中に父との約束入れちゃったのに」
まさか父との約束をすっぱかすわけにもいかないし、かといって公爵家を待たすわけにもいかない。
何、この展開。
ちょっと困るわ。
「たぶん公爵家が気をきかせて早くきただけだと思うわ。遅れる方が困るから」
「そういうもんなんですか?」
「そういうものよ」
マリアンヌは腕を組みながら窓の外の馬車を覗く。
確かに彼女が言うように、人が下りてくる気配はない。
いや、だけどあの横を突っ切って父に会いに行くっていうのもなんだかなぁ。
「ついでだから寄ってってもらいなさいよ」
「は⁉」
マリアンヌの言葉に、私は思わず素が出る。
「いや、さすがに公爵家ですよ?」
「まぁね。でも使用人だから大丈夫よ。状況を説明すれば。だいたい、早く来たのは向こうなんだし」
「いやいやいやいや。さすがにそんなこと言えないですよ」
それを言うくらいなら、隠れながら突破した方がマシよ。
伊達にあの鬼のような父の娘歴だけは長いもの、隠れるとか逃げるとかそういうのは得意なのよ。
こっそり後ずさりして逃げようとする私の首をマリアンヌが掴む。
「えええ、離してくださいな」
「大丈夫よ、ホント変なとこで小心者なんだから。騎士団長に啖呵切った勢いはどこよ」
「それとこれとは別です」
抵抗しようとする私を無視し、マリアンヌは私を捕まえたまま歩き出す。
助けを求めようにも、ミーアもにこやかに手を振っていた。
え、あ、え?
この組み合わせで外になんて出て大丈夫かしら。
安定に義母は屋敷から出ることはないし、ダミアンは遊びに行っちゃってるみたいだけど。
公爵家の人からしても変な組み合わせよね。
未だにそんな公にはなってないから大丈夫だろうけど、仮にも本妻と愛人なのに。
そして私たちが馬車へ近づくと、御者が下りてくる。
「もう出発なさいますか、お嬢様」
うやうやしく頭を下げる彼は私と同年代くらいだろうか。
とても愛想よく、動きも丁寧だ。
さすが公爵家の使用人ね。
「公爵家へ向かう前にご実家へ寄りたいそうなの。お願いできるかしら」
「もちろんですお嬢様」
御者はこころよく、馬車の扉を開けた。
外から見ただけでも中の豪華な革張りを見れば、高いのが分かる。
「ほら、これで歩かなくてよくなった」
「それはそうですが」
いつまでも気持ちの定まらない私の背中をマリアンヌが押した。
文句を言おうにも、彼女はどこまでも笑顔だ。
「楽しんできなさいよ、たまにはね」
「……だといいのですが」
「お土産話楽しみにしているわ、アンリエッタ」
アンリエッタ……。
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