異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第52話 修学旅行12

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 首里城へと向かうタクシーの中。窓の外には沖縄の夜景が流れていく。だが、その美しい風景に目を向ける余裕はなかった。


 ふと隣を見ると、麗華の手が微かに震えているのに気づいた。普段は冷静で毅然とした彼女の様子からは想像できないその姿に、俺の胸が締め付けられる。


 何も言わず、俺はそっと麗華の手を握った。


 
「大丈夫だ、麗華。」



 俺はそう言って、彼女に向かって笑みを見せる。だけど、緊張した空気を少しでも和らげたくて、わざと軽口を叩いた。


 
「この異世界帰りのハーレム王がいるんだ!なんとかなるさ!」



 その言葉に、麗華は驚いたように俺を見た。そして、小さくため息をつきながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。

 

「……貴方のその無駄な自信に、今は助けられるわ。」



 麗華がそう言った瞬間、俺たちの間に少しだけ緊張が解けたような気がした。でも、それも束の間。麗華はすぐに真剣な表情に戻り、俺に向き直る。



「飯田君、今のうちにこれから戦うであろう妖怪たちの特徴を伝えるわね。」



 タクシーの中で、麗華が冷静に説明を始めた。その口調は、緊張を隠しきれないながらも、しっかりと俺に情報を伝えようとする意志に満ちていた。


 
「まず、『マジムン』。琉球の伝承に登場する代表的な妖怪よ。一般的には悪霊の一種と言われているけど、その形や性質は一定じゃないの。怨念や呪詛の塊みたいな存在だから、何をしてくるか予測がつかないわ。」

「次に『ピーシャヤムナン』。これは夜になると家の中を覗く妖怪。普通は人間に危害を加えないけど、封印が解けた今、何をしでかすか分からない。」



 麗華は手元のメモを確認するような仕草をしながら続ける。


 
「『無鼻の怪』はその名の通り鼻がない姿の妖怪。近づくものの嗅覚を奪って混乱させる能力があるわ。『龕の精』は石や岩に宿る霊的な存在で、力任せではどうにもならない厄介な妖怪ね。」

「それから『アカマター』。これは大蛇の妖怪よ。動きが速いだけじゃなく、毒を持っている可能性があるわ。絶対に近づかないで。それとコイツは蛇の姿をした妖怪で、特に女性を魅了する力があると言われているの。女の人を夢中にさせるのよ。」

「お、なんだそりゃ!?俺みたいな奴だな!」



 俺が得意げに胸を張ると、麗華はピシャリと冷たい声で返してきた。


 
「全然違うわよ!」

「いやいや、女性を魅了する力なら俺も負けてないだろ?」

「本気で言ってるの?その発言、どこから自信が湧いてくるのか逆に聞きたいわ。」



 麗華の一言で俺はすっかり黙り込んだ。確かに俺の勘違いが過ぎたかもしれない。でも、雰囲気が少し和らいだ気がして、なんとなく安心した。
 
 

「『ユーリー』。伝承では死者の魂を操る存在と言われているけど、本当の能力は未知数。もし対峙することになったら、絶対に油断しないで。」

「死者の魂を操るって……それ、反則級じゃねぇか……」



 俺は思わず息を呑む。麗華の説明を聞いているうちに、どんどん現実感が失われていくような気がした。
 

 俺はその後も麗華の話を一言も聞き漏らさないように耳を傾けた。彼女が伝える情報は、俺たちがこれから直面する危機に対抗するための貴重な武器だった。


 

「麗華、ありがとう。お前の話、マジで助かるよ。知識ってのは強力な武器だな。」



 俺が真剣にそう言うと、麗華は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに微笑みを返してきた。


 
「……当たり前のことをしているだけよ。でも、役に立てたなら嬉しいわ。」



 タクシーの中は再び静かになり、俺たちはそれぞれの考えに沈んだ。しかし、俺はこの短い説明の間に確信した。


 麗華が隣にいる限り、俺はどんな妖怪が相手でも立ち向かえる気がする。俺はそんな彼女を守るため、決意を新たにした。


 
「麗華、俺たちで絶対に乗り越えような。」

「ええ、必ず。」




 

 ――――――――――




 

 首里城に辿り着いた俺たちの前に広がる光景は、まさに地獄絵図そのものだった。


 燃え盛る首里城の瓦、崩れ落ちた石垣、辺り一面に広がる煙と瓦礫。その中で、異様な存在たちが暴れ回っている。沖縄の伝説として語り継がれてきた妖怪たち――それらが現実となり、この世に災厄をもたらしていた。


 
「…………これ……本当に現実なの…………?」



 麗華の震える声が、場の空気にかき消されるようにか細く響く。普段冷静な彼女ですら、この光景には動揺を隠せないようだった。


 俺たちの目の前では、黒い炎を纏った マジムン が荒れ狂っている。真紅に輝く瞳が、全てを破壊することだけを目的としているかのようだった。その手が瓦礫を掴むたびに黒煙が立ち上り、周囲の空気が一瞬で重くなる。


 地面には蜘蛛のような手足を広げ、這い回る ピーシャヤムナン。その動きは不気味なほどに滑らかで、獲物を見つけると一瞬で飛びかかる。その影が一瞬でも近づけば、冷たい死の予感が全身を包むような気がした。


 さらにその横には、鼻のない異様な顔で周囲を探る 無鼻の怪。嗅覚を奪うというその能力のせいか、辺りには奇妙な静寂が広がり、全ての音が吸い取られているように感じた。

 
 そして――俺たちの目の前で首里城を蹂躙している巨大な赤い蛇、アカマター。その体は赤く輝き、動くたびに地面を裂き、瓦礫を巻き上げていく。全てを飲み込むような迫力と圧倒的な存在感に、俺は言葉を失った。

 
 他にも、岩の精霊のように硬質なオーラを放つ 龕の精、周囲の空気を歪ませるように漂う ユーリー、巨大な魚の姿を持ちながら宙を舞う 大鯖。さらには、異形の姿をした妖怪たちが次々と現れる。


 ゴリラ女房とゴリラ婿――その名の通りゴリラの姿をした妖怪夫婦は、瓦礫を投げ飛ばして暴れ回り、怪力を見せつけていた。片足で跳ね回る 片足ピンザ の動きは異様に速く、誰もその行方を追えない。


 
「こんなの……どうすれば……」



 麗華が呟く声は、まるで呪文をかけられたかのように力を失っていた。

 
 俺たちは完全に立ち尽くしていた。頭では分かっている――ここで何とかしなければならない。しかし、目の前に広がるこの異形の群れに、一体どう立ち向かえばいいのか。戦う前に心が折れそうになる。


 
「これが、沖縄の伝説の妖怪たち……」



 俺は震える拳を握りしめ、荒れ狂う光景を睨みつけた。こんな状況でも、俺たちは進むしかない。進まなければ、全てが終わる。


 
「……麗華、大丈夫か?」



 俺は隣で震える彼女の手を握りしめた。その手の震えは、恐怖だけじゃない――責任と覚悟が混ざり合ったものだと感じた。

 麗華は唇を噛みながらも、小さく頷く。


 
「……進むしかないわ。この災厄を止めるために。」



 彼女の目に浮かぶ決意を見て、俺も心の中で決意を新たにした。伝説だろうが何だろうが、この場で逃げるわけにはいかない。


 
「よし、やってやるぜ……この異世界帰りの俺が、全力でぶっ潰してやる!」



 俺は握りしめた拳を突き上げ、悪夢のような光景に向かって一歩を踏み出した。戦いの幕が、いよいよ切って落とされる。




 ――――――――――――――

 

 
 目の前では、黒い炎を纏った マジムン が咆哮を上げながら瓦礫を蹴散らし、狂気じみた動きで暴れ回っていた。


 その異形の姿は、人間の輪郭をわずかに残しながらも明らかに「人」ではない。異様に長い四肢と、不自然に歪んだ骨格が、その存在の恐ろしさを否応なしに感じさせる。


 顔にはほとんど表情がなく、ただ真紅に輝く目が存在感を放つ。その瞳は、見た者の心に恐怖を植え付け、まるで精神を刈り取ろうとするかのような鋭さを持っている。


 鼻や口の部分は炎に溶けたように不明瞭で、代わりに黒煙が絶え間なく漏れ出し、周囲の空気を汚染している。


 身体は黒い鱗と炎が交互に覆い、その鱗が光を反射して不気味な輝きを放つ。背中からは曲がりくねった黒い骨のような突起が生え、そこからも炎が噴き出している。


 異常に長い腕には鋭い爪が付き、掴むものすべてを破壊しながら黒煙を巻き上げる。その爪は焼けた金属のように赤く輝き、触れるだけで灼熱の痛みを与えるようだ。


 脚は猛獣のような筋肉で覆われており、その一歩一歩が地面を揺るがす。足元には常に黒い炎が漂い、歩くだけで地面を焦がし、瓦礫を灰に変える。
 


 その場にいるだけで、マジムン の存在が災厄そのものだと理解できた。立ち上る黒煙、耳障りな炎の音、圧倒的な威圧感――その全てが俺たちを圧迫してくる。



 
「飯田君、来るわよ!」



 麗華の鋭い声が、喧騒の中で俺の意識を引き戻した。

 マジムンの暴走列車のような突進が、すさまじい勢いで俺たちを襲う。その瞬間、俺たちは寸でのところでその攻撃を躱した。


 麗華は既に戦闘態勢に入っていた。


 彼女の手に握られているのは、闇を具現化して作り出した薙刀。その刃は黒い波動を纏い、まるで生き物のようにうねっている。彼女の意志が具現化したその武器は、闇の力を自在に操る象徴だった。


 麗華の目には迷いはなく、その鋭い瞳がマジムンをしっかりと捉えている。


 俺も拳を握り締め、自分の中の力を引き出す。


 
「俺力」を高めろ……! 負けるわけにはいかない!



 自分自身にそう言い聞かせながら、目の前のマジムンを睨みつける。


 
「俺はハーレム王を目指す男だ……! こんな奴にビビってる場合じゃねぇ!」


 
 俺は片手を天に掲げ、自分の根源を解放する言葉を紡ぐ。


 
「根源解放――――Level1!!!!」



 その瞬間、全身を包む青白いオーラが一層強く輝き始める。足元から放射状に力が広がり、瓦礫が震え、周囲にバチバチと雷が奔る。雷光が俺の体を纏い、まるで雷神が降臨したかのような雰囲気が漂う。

 
 一方、麗華は闘志を燃やしながら、薙刀を構える。その目には一切の迷いはない。

 

「闇刃舞(やみじんぶ)!」



 彼女の叫びとともに、薙刀が闇の波動を纏い、空を切り裂く音を立てる。黒い刃が生まれ、まるで意思を持つかのように軌跡を描きながら、マジムンに襲いかかる。刃は何本にも分かれ、次々とマジムンを包み込むように降り注いだ。

 
 マジムンはその場で立ち止まると、咆哮を上げながら黒い炎を膨れ上がらせた。闇の刃が次々と炎に呑み込まれ、弾かれていく。だが、それでも麗華は攻撃を止めない。薙刀を振るうたびに新たな刃が生まれ、次々とマジムンに襲いかかる。


 しかし、その巨大な腕が振り上げられ、燃え盛る炎が麗華に向かって叩きつけられようとしていた。


 
「麗華!」



 咄嗟に叫びながら、俺は全力で彼女の前に滑り込む。炎が俺の雷とぶつかり合い、激しい衝撃波が周囲に広がった。瓦礫が舞い上がり、視界が一瞬白く染まる。


 
「闇縛り(やみしばり)!!」
 

 麗華が鋭い声を上げると、マジムンを囲んでいた闇の刃が形を変え、黒い鞭のように奴の身体に絡みついた。その動きは見る間に速度を奪い、奴の異様な長い腕を封じる。


 
「飯田君! 今よ!」



 麗華の指示に応え、俺は迷うことなく拳を握り締める。そして、雷の力を拳に込め、マジムンの胸部へと向けて一気に叩き込んだ。

 
 
「――――雷撃拳!」



 拳から放たれた雷の衝撃がマジムンの黒い炎を切り裂き、その巨体を揺るがした。轟音とともに奴の咆哮が響き渡り、マジムンは一瞬後退する。身体を包む黒い炎が揺らぎ、隙が生じた。


 俺と麗華は互いに目を合わせ、次の攻撃に備える。緊張感がピークに達しながらも、共に戦う決意がその視線の中に確かにあった。

 

「麗華、次で決めるぞ!」

「ええ、やるわよ!」



 激しい鼓動を胸に感じながら、俺たちは次の一手を繰り出すために全力を注ごうとした――その時だった。



「――――――美しいな」



 遠くから低く響く声が聞こえた。その音はどこか柔らかさを伴いながらも、耳を貫くような威圧感があった。


 
「誰だ……?」



 俺がその声の主を探して視線を巡らせると、闇の中からゆっくりと姿を現したのは、首里城の瓦礫にトグロを巻いていた巨大な蛇――アカマターだった。


 その巨体は、ただ見上げるだけでも圧倒的だった。真紅の鱗は月明かりを反射し、鋭く光を放つ。まるで無数の刃を纏っているようなその姿は、ただの「蛇」という言葉では到底表現しきれない異様さだった。


 アカマターの体長は見上げるだけで首が痛くなるほどで、その体が動くたびに地面が震え、空気そのものが揺らぐ。頭部は瓦礫の山を超えるほど高く、黄色の瞳がギラリと光を放ちながらこちらを見下ろしていた。


 その瞳は、ただ見つめられるだけで心を射抜かれるような異常な力を宿している。俺は無意識に息を呑んだ。


 だが――アカマターの視線は俺ではなく、麗華に向けられていた。


 
「麗華と言ったな。お前は、実に美しい。」



 その声はまるで相手を飲み込むような深い響きを持っていた。麗華を見つめるその目は、ただの獲物を見るものではない。それはまるで、欲望と興味、そして何か別の感情が混じり合ったものだった。


 麗華もその視線を受け、驚きのあまり一瞬息を呑む。


 
「――お前、私の妻になれ。」



 その言葉が響いた瞬間、俺は完全に凍りついた。


 アカマターがその巨大な頭部をゆっくりと下ろし、麗華に顔を近づけてくる。その動きは異様に滑らかで、それでいて圧倒的な質量を感じさせるものだった。麗華の背後にいる俺は、思わず後ずさりしそうになるのを必死で堪える。


 アカマターの息がかかるほど近い距離にまで迫ると、その瞳は一層鋭く光を放った。視線だけで飲み込まれそうな恐怖を覚える。


 
「お、おい……お前、何言ってんだよ……」


 
 俺は無意識に口を開いたが、その声は明らかに震えていた。これほどの巨体を目の前にして、平常心を保つなんて到底無理な話だ。


 麗華も目を見開いたまま動けずにいる。その手が微かに震えているのが分かり、俺の胸がざわつく。



「いきなり麗華に妻になれって……お前、ふざけてんのか?」



 俺がなんとか言葉を絞り出すと、アカマターの巨大な瞳がゆっくりと俺に向けられた。その瞬間、冷たいものが背筋を這い上がる。目の奥に宿る絶対的な力――ただの蛇ではない、古の存在そのものを感じた。


 その目は、まるで邪魔な虫を見るかのような軽蔑と、わずかな興味が入り混じったものだった。



「黙れ、口を挟むな。」



 アカマターの声が低く響くと同時に、俺の身体が一瞬で硬直した。手足が重くなり、意識はあるのに一切動けない。まるで金縛りにあったようだった。

 

「――――――!!?」



 何が起きたか理解する前に、全身が見えない力で縛られていることを悟る。足を踏み出そうとするも、まるで地面に根を張られたかのように動けない。


 アカマターは冷然とした声で言葉を続けた。

 

「私と麗華の間に部外者はいらない。消えろ。」



 次の瞬間、アカマターが巨大な尻尾をゆっくりと持ち上げた。その動きはゆったりとしているのに、どうしようもない絶望感があった。そして、その尾が空を切り裂くように振り下ろされる。


 
「――っ!!」



 言葉を発する間もなく、俺の身体に巨大な衝撃が襲いかかった。尻尾が直撃した瞬間、全身に走る痛みと共に宙に舞い上がる。

 

「雷丸君――――――!!」



 麗華の叫びが遠くで聞こえた。しかし、耳に届くそれすらも霞むほどの衝撃に頭がぼやけている。視界の端に、瓦礫や木々が次々と後方へ流れていくのが見えた。


 宙に浮かぶ中、身体は金縛りから解放されたものの、痛みで思うように動けない。遠くの地面が迫ってくるのをぼんやりと見ながら、無意識に身体を丸めた。


 
「ぐっ……!」



 木々にぶつかりながらも、幾度も枝に引っかかって減速し、ようやく地面に転がり込む。全身に痛みが走りながらも、なんとか意識を保っていた。遥か彼方、麗華とアカマターの姿は見えない。


 
「くそっ……飛ばされすぎだろ……」



 息を整えながら、地面に倒れ込んだまま拳を握りしめる。痛みを堪えつつも、心の中で繰り返すのは一つの思い。


 
 ――――――麗華。

 

 麗華を一人にさせるわけにはいかない。その決意だけが、痛みで霞む意識を繋ぎ止めていた。



 
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