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第85話 呪術師界隈2
しおりを挟む静香さんが一息ついて湯飲みをそっとテーブルに置いた。その動作はゆっくりとしていて、どこか重みを感じさせる。リビングに漂っていた賑やかな雰囲気が、一瞬で静まり返る。全員の視線が自然と静香さんに集中する。
「まぁまぁ、雷丸君が情報収集をしているのは結構なことよ。実際、これから貴方が立ち向かう相手は、想像以上に厄介だから。」
静香さんの声は、いつもの穏やかなトーンながらも、どこか緊張感を含んでいた。その言葉に、俺は背筋を伸ばし、無意識に拳を握る。隣の焔華が「ほう」と興味深げに唸り、雪華はほんのりと眉を寄せながらも静かに頷いている。
「じゃあ、説明するわね。知っていることもあるかもしれないけれど、それはおさらいとして聞いてちょうだい。」
静香さんが穏やかな声で話し始める。
「まず、殲滅派について話すわ。その名の通り、彼らは妖怪を見つけ次第、即座に排除することを信条としているわ。妖怪との会話や交渉なんて一切なし。彼らの行動原理はただひとつ、『妖怪は敵である』という絶対的な信念よ。」
「物騒すぎる!」
俺は思わずツッコむ。静香さんは軽く肩をすくめて微笑みながら続けた。
「彼らにとって、妖怪は人間社会に害をなす存在でしかないの。だから、問答無用で討伐するのが彼らのやり方。『見つけたら斬る』――それが彼らのモットーと言ってもいいわね。」
「怖ぇよ……」
背筋がゾクっとする。この時代にそんな剣呑な集団が本当にいるのかよ?
「殲滅派の中心には、黒瀬家という名門が存在するわ。彼らは代々、妖怪討伐を生業としてきた家系で、圧倒的な実力を誇っているの。」
静香さんの言葉に、思わず背筋がゾクっとする。黒瀬家……その名を聞いただけで、冷や汗が出そうになるのは俺だけじゃないはずだ。
「そして、現在の黒瀬家を率いるのが黒瀬禍月。彼は妖怪討伐のリーダーであるだけじゃなく、現役の政治家でもあるのよ。しかも、次期総理大臣候補として注目されているわ。」
「は、はぁ!?あの冷血漢が政治家だって!?」
俺は思わず箸を止め、驚愕の表情を浮かべた。あの冷血漢が政界で何してんだよ!
思わず声を張り上げてしまう俺。だが、静香さんは落ち着いた様子で微笑む。
「そう、黒瀬禍月はただの戦闘狂ではないの。彼の政策や行動は非常に計算されていて、彼を支持する層も多いわ。妖怪を恐れる人々にとって、彼はまさに『頼れる指導者』なの。」
「いや、でも……」
俺は言葉を詰まらせた
「妖怪を問答無用で斬るとか、そんなの正しいのかよ?」
「正しいかどうかは、立場によって変わるわね。」
静香さんはそう言ってから、視線を少し伏せた。
「ただ、彼らが持つ信念は揺るがない。それが彼らの強さでもあり、怖さでもあるわ。」
俺はその言葉に、妙に納得してしまった。殲滅派……簡単に敵に回せる相手じゃないことだけは分かった。必要だ。
「次に、崇拝派について説明するわ。彼らは殲滅派とは正反対の立場よ。妖怪を神のように崇拝し、妖怪が支配する世界こそが理想だと信じているわ。」
その言葉に、俺は驚きと不安を感じつつも耳を傾けた。すると、貴音が心配そうに顔を上げて尋ねる。
「妖怪の世界……って、それって人間はどうなっちゃうの?」
静香さんはその質問に一瞬の間を置き、深い溜息をついて答えた。
「滅ぶわ。」
その一言の重さが、部屋の空気を一変させた。軽い雑談の延長のようだった雰囲気が、途端に張り詰めたものに変わる。
「滅ぶ……って、冗談じゃないよな?」
俺は思わず静香さんに聞き返した。
静香さんは真剣な眼差しで俺を見つめ、静かに頷いた。
「冗談じゃないわ。崇拝派は人間の存在を必要とはしていない。彼らにとって重要なのは妖怪の繁栄だけ。この世界を妖怪が支配する楽園に作り変えるためなら、人間という種が滅びることさえ厭わないのよ。」
「そんな……」貴音の顔が青ざめ、雪華も目を伏せて黙り込む。麗華は腕を組み、鋭い視線で考え込んでいる。
焔華が苛立たしげに拳を握り締めて口を開く。
「ふざけた話じゃのう……人間を滅ぼして妖怪の楽園だと?そんな連中、放っとくわけにはいかんのう!」
俺もその言葉に強く頷いた。だが、静香さんは落ち着いた口調で続ける。
「崇拝派の中でも、最も危険なのが鳥丸天道よ。彼は呪術師として、妖怪の力を最大限に引き出すことに長けている。そして、妖怪を神として顕現させ、この世界の秩序そのものを覆そうとしているわ。」
「鳥丸天道……!」
俺はあの薄ら笑いを浮かべた顔を思い出し、拳を握り締めた。
「彼の信念は揺るがないわ。人間と妖怪の共存を望む中立派とは違い、彼は明確に人間を排除しようとしている。そして、それを成し遂げるだけの力と影響力を持っているわ。」
静香さんが真剣な顔で続けた。
「そして烏丸天道は、崇拝派の中心人物であり、ある宗教の開祖なの。正式には『天昇教』という宗教を立ち上げているわ。」
その言葉に、俺は一瞬ポカンとしてしまった。だが、すぐにあの男の浮世離れした雰囲気を思い出し、妙に納得する。
「……やっぱり社会人じゃねぇんだな。なんかあいつ浮世離れしてる感じあったもん。」
俺の感想に、焔華が腕を組みながら不機嫌そうに眉をひそめる。
「宗教の開祖じゃと?まったく、人間も妖怪も、ややこしいことをしおるわい。で、その『天昇教』とやらは何を企んでおるんじゃ?」
静香さんは湯飲みを手に取り、少しだけ息を整えてから答えた。
「天昇教の教義は、妖怪を神聖な存在として崇め、人間を下等な存在として排除することにあるわ。表向きは『自然と共に生きる調和の宗教』を掲げているけれど、その実態は人類の淘汰を目的としているの。」
その言葉に、俺は眉間にシワを寄せた。
「表向きは自然との調和……?じゃあ、信者は本当の目的を知らねぇのか?」
静香さんは軽く頷いた。
「多くの信者は天道の真意に気付いていないわ。『天昇教』は穏やかなイメージを保つことで信者を増やし、支持を拡大しているの。でも、信者の中には彼の真の目的に気付いている者もいて……その者たちが、彼の最も危険な部下になっているの。」
貴音が恐る恐る尋ねる。
「その……信者の中には、妖怪もいるのかな?」
静香さんは真剣な目で頷いた。
「ええ、烏丸天道は妖怪を巧みに利用しているわ。彼は呪術を使って妖怪を召喚したり、その力を借りたりして、教団の目的を推進しているの。」
俺は拳を握り締めた。あの男がただの宗教家じゃないことは分かっていたが、これほど厄介な存在だったとは。
「……なんであいつがそんなに妖怪の力を持ってるんだ?妖怪だって簡単に協力しねぇだろ?」
静香さんの目が鋭くなり、彼の背景に迫るような口調で答えた。
「烏丸家は代々、妖怪との接触を通じて呪術を発展させてきた一族よ。天道はその中でも特に才能があり、幼い頃から妖怪と契約を結ぶ術を極めていたと言われているわ。」
静香さんの言葉を聞き、俺は腕を組んでうなった。
「なるほどな……それが奴の強さか。」
妖怪との契約を結ぶ術を極めた一族、その中でも天道は特別だと言われている。静香さんの口調から感じ取れる重みが、天道の実力と恐ろしさを物語っていた。
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