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第87話 職場体験1
しおりを挟む――――――――次の日。
朝のリビングは、いつも通りの和やかな空気に包まれていた。焼きたてのトーストの香りと、湯呑みから立ち昇る湯気が心地よく漂っていた。俺はトーストをかじりながら、満足気に「やっぱ朝はパンだな」と独り言を漏らしていた。その瞬間、ふと思いついたことを口に出した。
「なぁ、烏丸天道の妖怪崇拝派と、黒瀬禍月の妖怪殲滅派……あいつらに怯えてるくらいなら、いっそのこと俺たちから会いに行ったほうが早くね?」
――ピタリ。
リビングの空気が凍りついた。さっきまでの温かい雰囲気が嘘のように、全員の視線が俺に集中した。焼きたてのトーストも湯呑みの湯気も、一瞬でどこかに消え去ったようだ。雪華も、焔華も、貴音も、麗華も、静香も全員が「お前、正気か?」と言わんばかりに、俺を見つめている。
「雷丸様……今、なんて言いました?」
雪華がまるで恐る恐る確認するかのように、ゆっくりと尋ねてきた。俺はパンをもう一口かじり、何食わぬ顔で答えた。
「だから、烏丸天道と黒瀬禍月。あいつらにビビってるくらいなら、俺たちから正面突破で会いに行った方が早いだろ?どうせやるなら先手必勝ってやつだ!」
――全員がポカン。まるで時間が止まったかのように、みんなが無言のまま俺を見ている。まるで、俺が唐突に「明日から火星に引っ越す」と言い出したかのような反応だ。
……いや、みんなじゃなかった。焔華だけは違う。目がキラッキラしてる。
「おぉぉ!正面突破じゃと!?戦じゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
焔華は拳を握り、ガッツポーズを決めて興奮している。……が、他の連中はそれとは正反対。
貴音はまん丸に目を見開いて、まるで俺が頭を打ったのかと思ったかのように心配そうな表情。麗華は額に手を当て、ため息をつきながら首を振っている。
「……頭、大丈夫なの?」
いやいや、何でだよ。そんなに驚くことか?俺はただみんなを守りたいだけだっての!
「ほら、怖がってるより先手を打った方が戦略的だろ?敵の本拠地に乗り込むってのは、ハーレム王的にもカッコいいし、俺ならやれるって思うんだよ!」
――その言葉にさらに全員(焔華除く)がドン引き。全員が(言葉には出さないけど)、まるで「雷丸、ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」という空気を醸し出している。
ただ――焔華だけが違う。焔華だけはテンションがぶち上がっている。両拳を突き上げて「うぉぉぉぉぉぉ!!!」と叫びそうな勢いだ。……が、正直、間違ってる感は否めない。
……いや、なんか逆に不安だよな。
焔華だけ賛成ってどうなの?あの、よくテストで周りの成績良い奴と答え違って焦る時あるじゃん?
でも、逆に、いつも成績悪い奴と答えが一致した時に、「これ、ヤバいんじゃね?」ってなるあの感覚。それだ。焔華の賛同がむしろ怖いんだよ!
「いや、焔華……ちょっと落ち着こうか?」
「なに言っとるんじゃ!正面突破じゃ!いざ、出陣じゃああああ!!!」
全力で盛り上がる焔華に、俺は心の中で冷や汗をかきつつ、少し冷静に考え直した方がいいかもなと思い始めた。
リビングの緊張した空気を切り裂くかのように、静香さんがゆっくりと口を開いた。
「……………………なるほど」
その一言に、全員の視線が一斉に集中する。全知全能のハーレム王指南役、冷静沈着な静香さんが、この場面でどう判断するのか――誰もが固唾を呑んで見守っていた。
「悪くないかもしれない」
「――――え?」
俺だけじゃなく、全員が一瞬で静止したように、同じタイミングで静香さんを見つめる。え、俺の案が通るの!?予想外すぎて思考が追いつかねぇ!
静香さんは、その反応を楽しむように、口元にほんの少しだけ微笑みを浮かべながら、冷静に話を続けた。
「彼らは雷丸君を自分たちの陣営に引き込みたいはず。あくまで『陣営選択の参考にしたい』と言って会いに行けば、彼らも無碍にはできないでしょう。」
それを聞いて、俺の心臓がドクンと跳ねた。まさか俺の突拍子もないアイデアが、本当に通るなんて思ってもみなかった。
「それに、彼らも流石に公の場で暴れるわけにはいかないでしょうし、安全も確保されている。百聞は一見に如かずよ。彼らを知るための情報収集の手段としてはアリかもしれないわね」
静香さんが淡々と説明を続ける間、俺は心の中で小さな勝利のガッツポーズを決めた。これは、いけるぞ!ハーレム王のカリスマが光る瞬間だ!
一方、周りのみんなはそれぞれの反応を見せていた。雪華は「えぇ……大丈夫なんですか?」と心配そうに顔を曇らせているし、貴音は「あれ、これ本当に行くの?」とでも言いたげな顔で俺を見ている。麗華は少し眉をひそめたまま、静香さんの言葉を聞いていた。
……そんな中、焔華だけがまるでエンジン全開みたいに元気だ。
「よっしゃあぁぁ!それならば、わしが一緒に突撃するぞ!!この手で烏丸の顔を殴りつけてやるぅぅぅぅ!!」
完全に勘違いしてる。焔華よ、情報収集っていう冷静な計画なんだよ。だが、焔華の肩を掴み、「いやいや、ちょっと待て」と言いかけたところで、彼女の熱気に押されて、俺も思わず「おぉぉぉ!」と気合いが入っちまった。
俺もここで引けない!この勢いに乗るしかねぇ!俺は焔華に向き直って、彼女の肩をガッと掴んだ。
「焔華、俺は最初からお前を信じてたぞ!」
「うむ!それでこそわしの雷丸じゃ!!」
焔華が俺の肩をガッチリ掴み返し、二人で熱い握手を交わす。いや、なんか映画のワンシーンみたいになってない?今度ポスターにでもするか?
一方で、他のメンバーは完全に引き気味。雪華は困惑しながら微笑んでる。麗華も半眼で俺たちを見て、まるで「またバカなこと言い出した……」って感じ。
それでも、俺は胸を張って宣言する!
「よし、行くぞみんな!俺たち、正面突破で敵に会いに行く!」
……と、勢いに乗ったものの、背中でみんなの不安そうな視線を感じながら、俺はほんの少し冷や汗をかいていた。でも、ハーレム王は後には引けねぇんだよな!
そんな俺に向かって、麗華が冷静な声で切り出した。
「さて、次はメンバーをどうするかね。」
俺は少し気合を入れ直しながら提案する。
「黒瀬の元に妖怪の雪華や焔華を連れて行くのは、絶対にやめた方がいいよな。もし連れて行けば、最悪、会話もなく攻撃されるかもしれないし。」
その言葉に、雪華が即座に顔を曇らせながら手を挙げた。
「私も行きたくないです。怖いですから……。」
麗華がそんな雪華に目を向けつつ頷き、さらに冷静な声で補足する。
「その通りね。黒瀬禍月は妖怪に対して容赦ないわ。雪華や焔華を連れて行くのはリスクが高すぎる。」
俺は頭を捻りながら、次のプランを思いついた。
「じゃあ、麗華、静香さん、俺、貴音で行くか?」
しかし、その言葉に麗華はすぐさま首を横に振った。
「それもダメよ。私とお母さんは、鳥丸天道や黒瀬禍月に一緒には行かないわ。」
「えっ、なんでだよ?」
俺が疑問をぶつけると、麗華は鋭い視線をこちらに向け、冷静に説明を始めた。
「そりゃそうでしょ。敵対とは言わないまでも、中立派のトップである私たちが、彼らに直接会いに行くなんて行為、場合によっては挑発だと捉えられかねないわ。」
俺はその言葉に思わず息を飲む。麗華の指摘はもっともだった。
「さらに、中立派の他の家からもよからぬ噂を立てられる危険性があるの。『伊集院家が崇拝派や殲滅派と密会した』なんてことになったら、私たちの立場が揺らぐわ。」
「そ、そうか……それは困るな……。」
俺は慌てて頷いた。確かに、中立派の信用を失うのは最悪だ。麗華の言葉には反論の余地もない。
「じゃあ黒瀬の元へは俺と貴音の二人で行こう。貴音もそれで大丈夫か?」
俺が貴音に目を向けると、彼女は目を輝かせながら元気よく手を挙げた。
「うん!お兄ちゃんと二人で行くの、楽しみ!」
いやいや、楽しむための任務じゃないんだけど……。でも、貴音のやる気満々な様子を見ると、何だか俺まで元気が湧いてくる。
「次に崇拝派、鳥丸天道の元に行くメンバーだな。」
俺は少し気合を込めながら提案した。
「よし、俺、貴音、雪華、焔華の四人で行こう。」
その瞬間――
「待ってました!!」
「やったああぁぁ!!!」
雪華と焔華がほぼ同時に声を上げた。雪華は控えめに手を合わせながらも嬉しそうに微笑み、焔華は拳を突き上げて大興奮。もうテンションが振り切れてる。俺が何か言うより先に、焔華が勢いよく声を張り上げた。
「わしが奴をギャフンと言わせてやるわ!!」
「いやいや、焔華、まずは情報収集だからな。ギャフンとかそういうんじゃなくて――」
「細けぇことはいいんじゃ!戦場では勢いが大事じゃろうが!」
焔華は胸を張って堂々と言い切る。いや、だから戦場じゃないってば!俺はツッコむべきか悩みつつ、隣を見ると雪華がふわりと微笑みながら口を開いた。
「雷丸様と一緒にお出かけできるなんて……とても嬉しいです。鳥丸さんは確かに怖いですが、雷丸様がいれば安心ですから。」
その柔らかな言葉に、俺は思わず頬をかいた。雪華の信頼が伝わってきて、なんだか背筋が伸びる感じがする。
「いや、頼もしいな、雪華。俺もお前がいてくれたら心強いよ。」
すると、貴音が俺たちを見回して、目を輝かせながら声を上げた。
「やった!これで私、皆勤賞だよね!お兄ちゃんと一緒に全部行けるなんて、すごく嬉しい!」
貴音は相変わらず遠足気分だ。でも、その純粋な笑顔を見たら、俺もつい「いいぞ!」って言っちゃうんだよな。
「よし、これでメンバーは決定だな。お前ら気合い入れてけよ!?」
俺が宣言すると、焔華は大声で「おおおぉぉぉ!!」と雄叫びを上げ、雪華は優雅に微笑み、貴音はピョンと小さく跳ねながら喜んでいた。
……なんだか、遠足前夜みたいな空気になってるけど、まぁいいか。俺たちは俺たちのやり方で行くしかないしな!
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